畠山重忠の無実を理由に時政を非難した義時。でも、畠山家を復興するどころか重忠の遺児を謀反の容疑で処刑してて草も生えない。
でも稲毛ってりくの娘が嫁いでるんだよね
頼朝が落馬する前に参加した橋の落成式ってその娘の供養で作られたものだし
畠山の従兄弟でありながら時政派になりうる存在でしょ
義時「この際だから畠山、稲毛ら秩父一族みんな潰しちゃえ!」
りくではなく前妻の娘
あ、ごめん
勘違いしたかも
ドラマの中の配置だけで遺児?従兄弟の稲毛じゃなくて?って思ったんだ
>>282
重忠の遺児ってコイツのことやで↓
畠山 重慶(はたけやま ちょうけい、生年未詳 - 建保元年(1213年)9月)は、鎌倉時代前期の僧。大夫阿闍梨重慶(たいふあじゃりちょうけい)。平姓畠山氏の一族。鎌倉幕府の御家人であった畠山重忠の末子。
父重忠と兄重秀・重保ら一族は、元久2年(1205年)の畠山重忠の乱で北条氏率いる幕府軍によって滅ぼされ、畠山氏の名跡は北条氏縁戚であった足利義純が継承し、平姓畠山氏は断絶した。
乱の8年後の建保元年(1213年)9月19日、日光山別当の法眼弁覚より、幕府に「故畠山重忠の末子である大夫阿闍梨重慶が、当山の麓に籠居して牢人を集め、また祈祷を行っており、謀反を企てている」という使者が送られる。将軍源実朝の御前に報告され、その場に祗候していた長沼宗政に重慶を生け捕るように命が出されると、宗政はその日のうちに郎党9名を連れて下野国に出発した。
7日後の26日、下野国から鎌倉に戻った宗政は重慶の首を斬って持参した。将軍実朝は「重忠は元々罪なくして誅殺された。その末子の法師がたとえ陰謀をめぐらしたとしても、何事があろうか。命に従い、まずその身を生け捕りにして陰謀の如何によって処分すべきであった」と述べて嘆き、宗政の出仕を止めた。それ伝え聞いた宗政は眼を怒らし「この件は叛逆の企てに疑い無し。生け捕って参れば、女等の申し出によって必ず許しの沙汰が有ると考え、首を梟した。今後このような事があれば、忠節を軽んじて誰が困ろうか」と述べたという。(wikiより)
また長沼さんがやらかす模様。
義時よ、重忠の友()なら長沼を止めろよw
血統は全く無関係
室町畠山は足利一門で武名の高かった平氏畠山を仮冒しただけ
ニュース
あんまりやるとキングダムみたいになるからな
遠目にも北条と三浦が来たというだけで絶望感はあるだろ
ゲースロやロードオブリングの合戦シーン見た後に大河見るとチープ過ぎて悲しくなる
一年やって合戦が1つだけならできたかもな
人間ドラマがメインだしその挙げてるやつなんか演出効果盛り盛りでこの大河の合戦の方が実際の雰囲気に近いかもよ
そこそこスケール感でていたと思う
放送終わった後の由来の解説があるのならなおさら
NHK にはまともな殺陣師がいないのか?と疑問に思った
>>276
組み打ちはあったけれども柔術にまで昇華されるのはもっとあとの時代では
あと重忠は戦で小四郎を殺す気はなかったけれどもぶん殴らないと気が済まないってのはあったからボコったという流れかと
わざわざ泰時のところに行って義時を引き摺り出してたし
・第33回「修善寺」感想
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