項羽と劉邦 漢

劉邦が皇帝になってから矢石を冒して前線で督戦したのって、どんなのがありますか?

2022年7月17日

573: 名無し 2007/05/11(金) 11:42:52
だいたいの皇帝たちは、即位前は前線で槍とか振るって戦うけど、即位したとたんやらないもんだし。
あの趙匡胤でさえ、親征して前線の督戦には出るけど、自ら先頭に立つことはしなくなったようだ。

 

574: 名無し 2007/05/11(金) 12:13:28
>>573
劉邦の死因は矢傷
少なくとも英布の乱の時に矢玉を冒す場所にいて指揮してたことになる

 

575: 名無し 2007/05/11(金) 13:36:14
>>574
サンクス
そういえば項羽の対面のときも、矢に刺さったんだっけ。勇敢だ。
どうも項羽敗死以降を知らないから、劉邦のイメージは卑怯者なんだよな。

ニュース


576: 名無し 2007/05/11(金) 13:37:19
初代皇帝の多くは皆、歴戦のつわもので
前線に出て指揮する者が多かったが
普通は皇帝に即位すると都を空けるのを自重して
将軍どもに遠征させるものな。
劉邦みたいに親征しまくるのは少ないよね。
でも、それが祟って呂氏に天下を奪われたんだから
自業自得と言えば自業自得だ。
遠征できる若い将校達を手許で育て
都の中枢で権力組織のバランスをとったり
どのように皇帝に権力の集中をはかるかに精力の大半を注ぎ込んでれば
呂氏に天下を簒奪される可能性は少なかったはず。

 

577: 名無し 2007/05/11(金) 13:53:38

>>576
劉邦の場合、最大の敵項羽を倒して、皇帝就任したけど
実質は劉邦を宗主とした封建領主のあつまり、に近い感じだったんじゃないのかな?
そのへん、よくわからんのだけど、帝国として中央強化、周辺弱化はなされていないから
いわば死に際の劉邦もまだまだ建国途上だったのじゃないだろうか。

ふと頭をよぎったことなんで、たわごとだけどね。

 

578: 名無し 2007/05/11(金) 18:08:48
韓信を短気に罰しなければ匈奴征伐にとても大きな戦力として使えたかもしれないし
ゲイフの反乱も起きなかったのにね。

 

579: 名無し 2007/05/11(金) 18:38:35

韓信は遠征先で王を名乗ろうとしたり、
肝心な時に軍を動かそうとせず、
加増の約束をしてようやく動き出すような危険人物。

早めに消しておいたのは正解だったと思う。

 

581: 名無し 2007/05/11(金) 21:11:31
旗揚げ時よりの功臣はほとんど潰してないし、危険どころを選んで消してるとも取れる
ショウカとかにでもカマかけてたみたいだし、大物外様はなお危険か

 

582: 名無し 2007/05/11(金) 21:36:40
韓信、彭越、英布の三人は遅かれ早かれ消される運命だったと思う

 

583: 名無し 2007/05/11(金) 23:06:59
最下層から皇帝になったとこや功臣をやたら粛正したりしてるところが
明の朱元璋とだぶるね。
劉基が劉邦の真似をしろと言ってたんだけど、
粛正まで真似をするとは予想してたのかな?
張良は上手に切り抜けたが、劉基は切り抜ける努力をするも結局殺されちゃったし。

 

585: 名無し 2007/05/12(土) 08:10:44
韓信はもう少し政治の駆け引きを知ったほうが良かった。

 

587: 名無し 2007/05/13(日) 01:12:38

>>585
知らなかったから強かったんだと思うよ。

最後まで武人で通せば、劉邦在命中は
ああはならなかったと思うんだな。
中途半端に欲を出したからいかん。

 

612: 名無し 2007/06/16(土) 10:26:21

項羽が四面楚歌された後にぐ(←字がわからん)の前で歌った漢詩を、白文のままで教えて下さい

書き下し文で『~駿行かず ぐやぐやなんじをいかんせん』みたいなやつです。

垓下の歌

613: 名無し 2007/06/16(土) 10:33:38

>>612

no title
ググレカス(Gugurecus, 生没年未詳) 古代ローマの思想家

帝政ローマの時代に現在のアルバニアあたりで生まれたといわれている。
父は役人で、家の巨大な書斎にはあらゆる本が並べられていた。
このため物心ついた頃から興味を持ったものは何でも検索する習慣がつき
13歳頃からはほぼ一日中図書館で過ごすようになった。
それ以来さまざまな発見をしては、それを地元の図書館で検索するという日々を続けていた。
だが20代になると、故郷の図書館の蔵書はすべて制覇したのか、図書館通いに飽きてしまいローマに移住する。
ローマでも毎日多くの事柄を発見しては図書館で検索しており、その探究心と教養を買われて役人として出世する。
何でも知っていたググレカスは人々の注目を集めたが
やがて図書館で少し調べればわかるような事柄を質問されると即座に「ググれカス」という返答をすることが習慣となってしまった。
このため人々の反感を買い、ググレカスはローマで孤独に一生を終えた。

 

651: 名無し 2007/09/03(月) 00:08:48
>>613
たかがローマ時代の若造がこのスレに来ていいとでも?

 

614: 名無し 2007/06/16(土) 21:20:42

>>612

力拔山兮氣蓋世。
時不利兮騅不逝。
騅不逝兮可奈何。
虞兮虞奈若何。

力は山を抜き気は世を蓋(おお)う。
時、利あらず、騅逝(ゆ)かず。
騅逝ず、いかにすべき。
虞や虞やなんじをいかにせん。

『司馬遷 史記 4 逆転の力学』(徳間文庫)

 

615: 名無し 2007/06/17(日) 10:23:57
>>614ありがとうございますた!

 

620: 名無し 2007/06/20(水) 11:44:25
この時代も光栄が無双化してくれたりしたらもっと人気が出るんだろうけどなあ

 

621: 名無し 2007/06/20(水) 16:44:53
無双の設定を盲信するにわかが増殖したところで嘆かわしいことにしかならない。

 

622: 名無し 2007/06/20(水) 22:59:03
蕭何が活躍するようなゲームになるんなら
興味ぶかい

 

624: 名無し 2007/06/21(木) 02:15:50

いかにゲームとは言え、項羽とは戦いたくないな。

>>622
ビームは張良だろうから、
麦でも投げるのかな?

 

627: 名無し 2007/06/23(土) 23:23:13

>>624
竹簡投げではいかがでしょう
南京玉すだれみたいに

陳平は葬式の肉をわけるのがうまかったそうだから
ナタと、あと効くのが遅いのが欠点の毒攻撃

「長城のかげ」みたいな、周辺の人々にスポットをあてた
作品をもっと読みたいなあ。ありませんかね?

 

638: 名無し 2007/07/28(土) 01:29:57
史記漢書以外の史料から字が分かる人物って曹参以外にいないんですかね?

 

639: 名無し 2007/08/01(水) 09:37:49
前漢時代は字はほとんど書いてないね。列仙伝に出てくる仙人や、それに
近い感じの王同(字は子中)くらいじゃないかな。
有名なヤツじゃ彭越(字は仲)しか分からん。

 

640: 名無し 2007/08/01(水) 22:52:45
>>639
半ば以降の人物は大抵漢書に字載ってる

 

641: 名無し 2007/08/04(土) 16:24:33
項羽が強いのは分かるけど
弓で遠距離攻撃すればいいだけじゃないかな

 

642: 名無し 2007/08/04(土) 16:31:29
>>641
相手は止まってなどいない。

 

643: 名無し 2007/08/04(土) 16:33:10
>>641が言いたいのは何千人が一斉射撃するっていうことじゃないか?
でも運が良くないと当たらないしな

 

644: 名無し 2007/08/04(土) 23:33:41
>>643
一斉射撃ですね
後半の少数の時などは一斉射撃すればいいのにと思うんですけどね
そんな命中率が悪いんですか

 

647: 名無し 2007/08/05(日) 11:05:30
>>644
一斉射撃じゃ誰が討ち取ったかわからんから
みんな首が欲しかったから無駄に殺され続けたのでは?
現代みたいに統制とれてなさそうだし

 

648: 名無し 2007/08/16(木) 03:32:50
>>644
何千人と相手にするための武器を一人を殺すために用いるなんて経済性の無い事やってたら負けると思う。

 

649: 名無し 2007/08/16(木) 12:57:03
孫ピン「………」

 

661: 名無し 2007/10/25(木) 14:36:37
項羽と劉邦ってよく言うけど、
どうして項羽が先に来るんだろう

 

662: 名無し 2007/10/25(木) 16:21:36
語呂がいいからでは
たぶん長与善郎の戯曲が初出

 

674: 名無し 2007/12/29(土) 17:56:47
章邯の軍って囚人中心の軍だよね
その頃に秦の正規軍ってなにやってたんだ?

 

677: 名無し 2008/01/01(火) 03:44:11

>>674
項羽が章邯に黒星つけた邯鄲包囲戦だと
秦の正規軍が章邯の指揮下に戦っているんだよな

この正規軍は今まで何やっていたんだろ
オルドスを放棄して回されてきた軍なのか?

 

678: 名無し 2008/01/01(火) 12:38:39

>>677
それは邯鄲でのうて鉅鹿のような

正規軍は蒙恬の死後に王離に委譲された兵という推測も

 

679: 名無し 2008/01/01(火) 15:40:34
>>678
邯鄲じゃなくて鉅鹿でした
初歩的なミスを犯すとは恥ずかしい。指摘ありがとう

 

681: 名無し 2008/04/27(日) 17:38:40
俺は項羽派
実力があるほうが上司として尊敬できるし
黒い噂もあるが虞が最後まで愛した事を考えると
言うほど悪い人だとは思えない

 

682: 名無し 2008/04/28(月) 02:36:22

 韓信は項羽の事を匹夫の勇・婦人の仁と酷評をしているが、
出世出来なかった事、見い出されなかった事を恨んでいるだけ。

逆に言えば

項羽の才能一つがあれば韓信の存在自体が無意味だった。
凡才は天才を憎む。韓信のあの潔くない言動、最後を取っても
無頼の劉邦以下の人格・人凡であることは疑いようも無い。

さらには項羽にやけについて回る悪評自体がどうも胡散臭い。
漢朝が無理矢理に付加した可能性もある。史記の成立も、項羽の死後すぐに成立したものでは無いせいもある。…歴史は王朝により歪められるのは大陸の常でもある。(剛直な司馬遷の例もあるが)

忌々しいが、韓信の言葉『匹夫の勇・婦人の仁』を噛み締めてみると、とても人間的魅力に溢れた英雄のような感が項羽にはある。
劉邦のバケモノ染みた不気味さなど微塵も無い。爽やかな若者なのだ。

31歳で死を迎えるに当たって、彼は満足して逝ったのだろうか?
自らの手で六国の天下を元に戻して、それを頑なに維持しようとして、奔命し、ついに果てた。劉邦に付いた彼の元部下達は、泉下で彼に顔向けが出来たろうか? …彼が戦国覇者の一部を取った『覇王』と呼ばれた意味を深く考える時がきっと来るに違いない。

彼はただ、平和だった『古き良き時』を取り戻したかっただけなのだと。

 

684: 名無し 2008/04/29(火) 01:01:22

>>682
項羽は六国を戻してないよ
元の王族からは国を取り上げたり半分にしたりしてて、ほぼ全ての領域で争いや遺恨を生んでいる

爽やかだけど迷惑な若者だったろうな

 

683: 名無し 2008/04/29(火) 00:57:58
漢の敵だから悪評が追加されてるのは当然だろうね

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