近代

ヴァイマル共和政時代のドイツ国 政治体制と選挙制度について

202: 名無し 2008/11/24(月) 20:18:10 0
オットー・ブラウンが何故プロイセン首相で留まっていたかがちょっと分からない。
中央狙える気がするんだけど。

 

203: 名無し 2008/11/28(金) 22:37:37 0
>>202
最初の大統領選挙で社会民主党の候補だったのでは?
一回目の選挙の時にせめてヴァイマル連合の統一候補を擁立出来てたら・・・
まあ歴史にIFを意ってもしょうがないけど

 

208: 名無し 2008/11/30(日) 14:18:14 0

>>203
こちらの見落としだった。Thx
これで連立だったらマルクスが候補になっちゃうだろうなぁ。
ヒンデンブルクには勝てないだろう。
あの老害に勝てる見込みがありそうなのが、
バーデン公マクシミリアン辺りしか思いつかない。

ヒンデンブルクの下じゃ無理だろうけど
ミュラーの後釜には良いと思う。
ラーテナウが生きてれば間違いなくラーテナウだがw

 

217: 名無し 2008/12/03(水) 20:27:44 0
>>208
ヒンデンブルクは一回目は候補者でない
一回目の候補者でないものが二回目の決戦投票選挙に立候補できるというのは
おかしな規定と思うけど

 

218: 名無し 2008/12/04(木) 06:16:35 0
第一回投票で一番票を獲得したのはオットー・ブラウンか。
例えたら日本の国会で首班指名の票が割れた時に野党側が別な議員を一致して首相に推すようなもんか。

 

219: 名無し 2008/12/04(木) 23:37:34 0
>>218
人民党のヤレス

 

220: 名無し 2008/12/07(日) 20:50:29 0

もう一度洗い直してみた。
といっても手元にあるのがネメシスだけなので変だったら適宜修正願う。

第1回目の投票(1925年3月29日)の候補者は以下の七名

カール・ヤーレス(デュイスブルク市長)
→国家人民党・ドイツ人民党など右翼諸政党の共通候補
オットー・ブラウン(プロイセン首相)
→社会民主党
ヴィルヘルム・マルクス(元首相)
→中央党
エルンスト・テールマン(共産党指導者。地位役職不明)
→共産党
ハインリヒ・ヘルト(バイエルン首相)
→バイエルン人民党
ヴィリィ・ヘルパッハ(バーデン首相。博士)
→民主党
エーリヒ・ルーデンドルフ(元参謀次長。国会議員)
→ナチス党

これで一応一回目はヤーレスが取ったけれども、
共産党以外の左翼・中道政党がマルクス一本に意志統一
それだと勝てないのでヤーレス帰れ、となり、
皇太子は無理、ゼークトは極左右両方鎮圧経験有りで受けが良くない
んで、シュトレーゼマンらドイツ人民党の反対を押し切ってヒンデンに、
という流れらしい。

……ゲスラーで良かったんじゃないだろうかw

 

221: 名無し 2008/12/08(月) 00:24:04 0
ゲスラー総統w

 

222: 名無し 2008/12/09(火) 03:55:47 0
そう、ゲスラーなら保守派を取り込める可能性はあるし
彼自身は保守的傾向はあるが理性的で職務に忠実なのは国防相としての事績から証明済
ただ軍を敵視するSPDと、それと別にシュトレーゼマンとの折り合いが必ずしも良くなかった事が響いたのかな?

 

229: 名無し 2008/12/09(火) 20:54:39 0
>>222
共産党は彼が大統領に就任した場合、
フランスが不法軍備についての掴んでる情報を流すだろうとし、
国家人民党はスキャンダルをでっち上げた。
これで流れたんだそうな。
確かに叩けば埃が出る人だったらしいが、馬鹿なことしたと思う。
どっちも自分らの足下すら見えてない党だから仕方ないかもしれないが。
アイクの本にはもうちょっと色々あったと思う。

 

235: 名無し 2008/12/17(水) 12:35:01 0
>>229
大勢の人間の様々な愚考愚行の積み重ねの果てのドイツ亡国か

 

239: 名無し 2008/12/20(土) 21:15:23 0
>>235
エーベルトの死にしたところであれは間接的な殺人だしねぇ。
民主化に民度が追いついてなかったとしか。

 

224: 名無し 2008/12/09(火) 19:44:53 0
ヒンデンブルクって帝政復活したがってたはずなのに、とうとう死ぬまで実行しなかったな。
非常大権を行使しまくってた二期目のブリューニング内閣あたりで、さっさと帝政復活しとけば
自らの老耄による迷走もヒトラー内閣の出現も避けられたのにな。

 

225: 名無し 2008/12/09(火) 20:10:39 0
>>224
帝政を復活させられるほどの民意も基盤も政治力も存在しなかった>ヒンデンブルグ
彼の帝政復活志向は、個人的な願望以上の物ではなかった。

 

230: 名無し 2008/12/09(火) 21:03:01 0
>>224
あの御仁は他人の尻馬には乗るけど自分では動かない。
成功は俺の物責任はお前の物なあまり近づきたくないタイプの人だと
個人的には思っている。

 

226: 名無し 2008/12/09(火) 20:14:47 0

素人考えなんだけど、シャイデマンが先走って帝政廃止を宣言したりせず、
立憲君主制の下でエーベルト内閣で乗り切っておけば、極右が暴れることもなかったんじゃないの?

ゼークトがいれば、とりあえず軍部はなんとかなったろうし、極左は鎮圧できるし。

 

227: 名無し 2008/12/09(火) 20:20:52 0

>>226
> 素人考えなんだけど、シャイデマンが先走って帝政廃止を宣言したりせず、
> 立憲君主制の下でエーベルト内閣で乗り切っておけば、

極左が大暴れして革命起こっただろうねどのみち。

 

230: 名無し 2008/12/09(火) 21:03:01 0
>>226
ロクな奴が居ないホーエンツォレルン家で
その皇帝に誰が座るかが大問題だけど、
帝政廃止は先走りだというのには同意。
でも、ゼークトは頭の良い自分の組織第一人間なので
排除した方が良いと思う。

 

231: 名無し 2008/12/13(土) 22:34:56 0
やっぱり帝政は廃止すべきじゃなかったな。
もしカイザーがベルギーの大本営から軍隊率いて、すぐにベルリンに飛んで帰ったら、
どんな状況になったろうか?

 

233: 名無し 2008/12/14(日) 01:35:08 0
>>231
この時点での軍隊の統制は上官によって辛うじて維持されてたが
カイザー自身は負け戦を始めたということで怨嗟の的

 

232: 名無し 2008/12/14(日) 00:53:04 0
君主制は廃止するべきではなかったと思うが、帝政は廃止してよかったと思う
っつーか帝政廃止しないと講和できないでしょ

 

236: 名無し 2008/12/20(土) 09:43:17 O

>>232
それではバイエルン王と同等ということか
帝制にした一つの理由はドイツ領内の諸王、諸候の上に立つ者の意味があると思うが

イギリスでは英国王がスコットランド王位を兼ね
英皇太子がプリンス・オブ・ウェールズの称号を帯びる
英王室がブリテン島唯一の王権であるような環境とドイツのような既存の王国、公国が存在する連邦的帝権という環境では違いがある

 

237: 名無し 2008/12/20(土) 10:59:37 0
何を言っているのかわからんが、帝政廃止はウィルソンが提示した講和条件の一つだよ。

 

239: 名無し 2008/12/20(土) 21:15:23 0
>>237
テイラー先生の本が出てこないからちょっとそこまで見られないんだが
具体的にどういう条件だったか分からない。
確かそう言うのがあったと思うし、バーデン公内閣がその第一歩だと思うんだが、
14箇条には入ってないんだよねぇ。
立憲君主制という形での帝室存続は可能なんだろうか?

 

240: 名無し 2008/12/20(土) 21:44:34 0
それは可能だろう。
ただし、ウィリーIIは絶対に退位。これは鉄板。

 

241: 名無し 2008/12/31(水) 20:22:17 0

バイエルン王が先走ってまっさきに退位したりしなければ、
ドイツ諸侯の王冠が失われることはなかったと思う。

バイエルンで王制が倒れたのが、ドミノ現象をおこしたのだから。

 

243: 名無し 2009/01/01(木) 04:31:24 0
>>241
クルト・アイスナーとその一派が武装蜂起を始めてたんだから仕方ないよ。
まあそのせいでバイエルンが右翼過激派、ひいてはナチ党の地盤になったんだが。
一遍左翼過激派の支配を経験すると徹底的な反共になるよな。
極端な左翼が権力振るう資格がないのが良く分かる。

 

836: 名無し 2009/12/22(火) 22:49:53 0

>>241
超遅レスだが、バイエルンがドイツ諸邦の中でまっさきに王政が倒れたのは、
やっぱり築城マニアの狂王ルードウィヒ以降、精神的におかしな王様が続いてたりして、
王家そのものが信望をなくしてたからじゃないのかね。

ドイツ一保守的な土壌というわりに、とうとう君主制は復活しなかったし。

 

242: 名無し 2008/12/31(水) 20:57:15 O
比例代表制度も混乱の原因だろう?
安定期ならともかく混沌とした時期に実施したのは不味かった気が。
保守層が安定した勢力を保っていればナチスの台頭は防げたかも。

 

245: 名無し 2009/01/03(土) 07:52:28 0

>>242
戦勝国なのに、イタリアもそれで政情不安に陥ったね

でも、オランダでは不思議とそういうことがなかった

 

247: 名無し 2009/01/11(日) 00:20:49 0
>>245
イタリアの政情不安は経済不振からだと思う。
回収出来ないと思ったからか戦争終結前に米の借款が停止してた。
大企業の賃金未払いとかもあったようだし。

 

250: 名無し 2009/01/11(日) 21:33:33 0
完全比例代表制だと、日本みたいに候補者個人が土下座選挙やる必要がない。
だから、「私は国会議員になるには上品すぎる」と言って、政党政治家を蔑視していた
ゼークト閣下も選挙運動なんぞしなくても人民党の国会議員になれた。

 

251: 名無し 2009/01/12(月) 04:00:33 0
選挙演説なんか下手そうなヒムラーもライヒ議会の議員になれるわけだよな。
党首がガッポリ票を掻き集めて来るんだから。

 

252: 名無し 2009/01/12(月) 12:22:09 0
戦前の政党政治期の日本も、政党指導者は貴族院議員になりたがってたらしいね。
選挙がいやだから。

 

253: 名無し 2009/01/12(月) 21:52:59 0

アメリカ式のお祭り騒ぎや日本式の土下座選挙見てると、
こんなの政治家の本来やるべきことじゃないだろって思うよな。

政局より政策ってのは正論だ。

 

254: 名無し 2009/01/12(月) 22:54:02 0

比例代表制の選挙制度は当然政党の存在が前提
政党は政策が一致した者の集団(建前はそうだが人と人の繋がりだから現実にはそう単純では無い)
候補者の選定でもおのおのの政党の内部事情によって国民から見て不都合な人が混じることもあろう
直接候補者を選ぶ方式では少しは緩和される
残念だが歴史的に比例制で議会が機能した例はほとんど無い

土下座したから投票するという民度の国民は(昔から言われてることだが)それに相応した政治家しか持てない

 

259: 名無し 2009/01/15(木) 19:11:49 0

>>254
スイスやオランダ、オーストリアが半世紀以上、比例代表ですが。
第二次大戦後のイタリアも、長らく比例代表制(90年代に廃止されたが、近年復活)。

議会が機能しないということはない。

 

261: 名無し 2009/01/15(木) 19:24:32 0

>>254
>土下座したから投票するという民度の国民は(昔から言われてることだが)それに相応した政治家しか持てない

さすがにそういう層は、日本でも、昔より減ってきていると思うぞ。

 

475: 名無し 2009/08/16(日) 12:59:17 0

>>254
5%条項とかもうけて、ミニ政党排除すれば、なんとなるでしょ
ポーランドもそうしてる。

オランダ、オーストリアもいまだに比例代表制。

 

255: 名無し 2009/01/12(月) 23:13:29 0

ていうか、アメリカや日本の選挙見てたら、
選挙自体に無駄な労力と時間を浪費してるようにしか思えない。

乱痴気騒ぎで時間とカネとエネルギー使うくらいなら、
本来の政治をきちんとやってくれ。

 

260: 名無し 2009/01/15(木) 19:13:59 0

>>255
任期を長くすれば、ある程度弊害を抑えられる。

たしかにアメリカの下院の任期の2年は短すぎるな。

 

262: 名無し 2009/01/15(木) 19:26:01 0
>>260
アメリカの下院は、当のアメリカ人ですら何やってるかさっぱりわからんって言ってるからな。
日本の参議院より存在感が薄い。

 

263: 名無し 2009/01/16(金) 04:09:48 0
>>262
2年はホントになあ
歴史があるからなんとか機能するかもしれないが・・・
上院も最初は直接選挙でなく連邦政府に対する単なる州代表の役割だったようだが

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