世界史総合

世界史上最高の君主って誰?

1: 名無し 2011/12/05(月) 21:00:37.35 0
軍事的だけでなく
政治的にも文化的にも多大な影響を後世に及ぼした
名君は誰なのか? 

候補・・・
ギリシア・ローマ ローマ皇帝・トラヤヌス
イスラム 正統カリフ・ウマル
東アジア 趙匡胤
西欧 ヴィクトリア女王

2: 名無し 2011/12/05(月) 21:01:24.00 0
ちなみにチンギス・ハーンやティムールのような
文化的に後世に悪影響を与えたような人物は除外した

52: 名無し 2011/12/06(火) 20:38:49.20 0
>>2
チンギスハーンが後世に残した遺産→ソ連(ロシア)中国、朝鮮

219: 名無し 2013/09/07(土) 11:39:05.75 0
>>52
ロシアはバシレイオス2世やリューリク等の影響の方がでかかろー

5: 名無し 2011/12/05(月) 21:18:55.64 0
インドや東南アジアや中央ユーラシアやアフリカや、
南北アメリカやオセアニアの名君は選出しないの?

僕は東南アジアやアフリカやオセアニアについては、
詳しくないんで何ともいえないけどインドとアメリカと、
中央ユーラシアでそれぞれ1人ずつ選出するとしたら、

インド:アクバル
中央ユーラシア:チンギス
南北アメリカ:ペドロ2世

あたりになるかな。まぁ僕の主観がかなり入ってるけど。

6: 名無し 2011/12/05(月) 21:21:44.88 0
>>5
チンギス・ハーンはダメですよ 
とてもじゃないけど名君じゃない
ティムールやチンギス・ハーンはダメですよ 

7: 名無し 2011/12/05(月) 21:25:01.90 0
>>6
まぁ、そこら辺は何を持って名君とすべきかという定義によるから、
人によって意見が別れると思うけど。一国家の君主という観点で、
見ればモンゴル帝国繁栄の礎を築いたチンギスは普通に名君と、
言えると思うよ。まぁ、文化面を考慮するならティムールのほうが、
チンギスより上回ってるとは良く言われるけどチンギスもアリかな。

9: 名無し 2011/12/05(月) 21:27:11.65 0
>>7
軍事 文化 政治 人格
すべてを考慮するとチンギス・ハーンはただの蛮族の親分だから除外されます
ティムールもダマスカス市民を虐殺しているので除外されます

14: 名無し 2011/12/05(月) 21:36:48.67 0
>>9
その項目で考えるなら軍事と政治は普通に名君と言って差し支えない気がする。
まぁ文化面でのチンギスの功績は確かに少ない気がするけど。人格に関しては
正直何とも言えないけどチンギスが特別ひどい人格だったという印象はないなぁ。
彼が蛮族の親分だから云々というのは単なる遊牧文化圏への偏見に聞こえるし。
都市を虐殺したかどうかが名君の基準となると両方とも外れるだろうけどね。

8: 名無し 2011/12/05(月) 21:27:09.72 0
ヘレニズム文化で大乗仏教や、ミトラ教を地中海世界に広めてクリスマスなど
後のキリスト教文化にも影響を与え、アジア、エジプト、ローマに多大な影響を
与えたアレクサンドロスが余裕でトップだろ。

10: 名無し 2011/12/05(月) 21:28:53.22 0
ギリシア アレクサンドロス大王
ローマ トラヤヌス
イスラム ウマル
中国 趙匡胤
東南アジア 該当なし
インド アクバル大帝
ブラックアフリカ 該当なし

以上

14: 名無し 2011/12/05(月) 21:36:48.67 0
>>10
中央ユーラシアと南北アメリカも一応入れて欲しいです。
それと東南アジアやブラックアフリカも名君はいたでしょ。
まぁ僕は詳しくないんで実際に誰かは挙げられないけど。

547: 名無し 2018/01/02(火) 19:52:07.00 0
>>10
東南アジアはチュラロンコン大王

12: 名無し 2011/12/05(月) 21:31:38.18 0
西欧なら、神聖ローマ皇帝のフリードリヒ2世とか。
どういう行動を名君のものとするかも、時代により変わってまいりますが。
中世の模範的キリスト教徒からすれば、当然名君にはなりませんし。

19: 名無し 2011/12/05(月) 21:50:04.72 0
>>12
フリードリヒ2世は現代の視点で見ても名君かどうか微妙な気がするなぁ。
あくまで単なる変人だったというだけで、アイユーブ朝との和平にしたって、
恒久的なものではなかったし、教皇との諍いとか見ててもそんなに政治が、
上手いタイプとは思えない。単に親イスラムの変わり者だっただけだと思う。

13: 名無し 2011/12/05(月) 21:36:40.20 0
北アメリカ リンカーン

南アメリカ シモン・ボリバル

ヨーロッパ社会形成のプロセスで言うと
古代はアッテッラ、グローバルでレーニン

17: 名無し 2011/12/05(月) 21:43:23.84 0
>>13
リンカーンもボリバルも「君主」ではないから該当しないと思うよ。
僕は南北アメリカの名君ならブラジルのペドロ2世を推したいね。
他にも古代だったらインカ帝国のワイナ・カパックとかを挙げる。
後、僕は詳しくないんだけど古代オリエントやオセアニア方面の、
名君も誰か挙げられないかな。そこら辺も多分名君いるだろうし。

42: 名無し 2011/12/06(火) 02:59:53.55 0
>>17
ワイナ・カパックってマンコ・カパック2世のオヤジかw 
後継者育成には失敗してねーか。
ちなみに創業者のマンコ・カパック1世ってイマイチなのか?

15: 名無し 2011/12/05(月) 21:37:18.41 0
ウマルがいなかったら後のイスラム文化は誕生していなかったし
アレクサンドロスがいなかったら
ヘレニズム文化は誕生していなかった

チンギス・ハーンがいなかったら
中央アジアやイスラムや中国の文化が破壊されることはなかった

42: 名無し 2011/12/06(火) 02:59:53.55 0
>>15
真の意味でイスラムを定着させ文化爛熟の起点になったのは
アブド・アルマリクだと思う。

16: 名無し 2011/12/05(月) 21:39:38.44 0
ギリシア アレクサンドロス大王
ローマ トラヤヌス
イスラム ウマル
中央アジア・インド アクバル大帝
中国 趙匡胤
東南アジア 該当なし
ブラックアフリカ 該当なし
新大陸 該当なし

以上

19: 名無し 2011/12/05(月) 21:50:04.72 0
>>16
東南アジア、ブラックアフリカ
新大陸に該当者なしは流石にないと思う。
後、アクバルは先祖を辿れば確かに中央ユーラシアのティムールまで、
遡るけど活躍の地はほとんどインドだから中央ユーラシアと同じ分類に、
するのは何かしっくりこない。中央ユーラシアは別枠にすべきだと思うよ。

18: 名無し 2011/12/05(月) 21:47:34.15 0
アメリカを創ったり、世界中を制服し影響を与えたのならイギリス。
その意味で言うとノルマン公ウィリアム。
ノルマン・コンクエストはイングランドの歴史の分水嶺となり、
奴がいなかったら世界の歴史が変わってたかも。

20: 名無し 2011/12/05(月) 21:54:21.69 0
>>18
はぁ? 河合塾の引っ掛け問題か?
君主と言う言葉にこだわるなら何も言えんな。レーニンさえも?
遊牧土人のチンギスが君主で、文化精神的にローマを意識してるっぽい
実質、世界に睨みを利かしてるアメリカ大帝国の大総統が外れるのか?

21: 名無し 2011/12/05(月) 21:59:41.73 0
>>20
いや、そんなこと言われても
一応スレタイには「最高の君主」と書いてあるから、
その範囲でやらないとスレ違いになるんじゃないの。
アメリカの大統領あたりも、含めたいのならば、
「最高の統治者」とかに変えれば問題ないんじゃないかな。

25: 名無し 2011/12/05(月) 22:29:18.56 0
チンギス・ハーンを英雄っていうのには抵抗がある
アレクサンドロス大王や正統カリフ・ウマルのような理性を感じられない
単なる破壊者だ 

43: 名無し 2011/12/06(火) 04:30:47.31 0
>>25
アレクサンドロスやウマルだって
征服の過程で何かしらの破壊は行なってると思うけど。
チンギスだけ理性を感じられないというのは単なる偏見のような気がする。

26: 名無し 2011/12/05(月) 22:33:29.01 0
じゃあアーサーあたりで落ち着けばいいんじゃないですか

27: 名無し 2011/12/05(月) 22:35:27.38 0
アーサー王?
アーサー王が何か生み出したかw?
当時ど田舎のイギリスでちょこまか動いただけw

28: 名無し 2011/12/05(月) 22:36:24.57 0
史上最高の君主と呼ばれるからには
彼の登場以降に世界の政治や文化や軍事の概念が
大きく転換したくらいでなければならないわけである

32: 名無し 2011/12/05(月) 22:44:52.71 0
逆境を乗り越えたヒーローとしては
後ウマイヤ朝初代アミールのアブドラッフマーンをあげてもよい

31: 名無し 2011/12/05(月) 22:44:26.34 0
総合力で言えばユリウス・カエサルなんだけど、
彼は終身執政官であって君主ではないしなぁ

33: 名無し 2011/12/05(月) 22:45:49.14 0
史上最高の統治者という概念でいけば
カエサルも該当するが

カエサル アウグストゥス トラヤヌス 
甲乙付けがたい

45: 名無し 2011/12/06(火) 11:44:26.26 0
史上最高かどうかはわからないが、
トラヤヌスよりハドリアヌスではないだろうか。
トラヤヌスは外敵を作ることで国内引き締め政策をとった点で
レーガンやブッシュJrみたいなもんだろ。
しかも彼は半年もの祝祭を実施し、財政を蕩尽している。

戦争やめてローマ法の法典化を行い
(一部がテオドシウス法典やユスティニアヌス法典に引き継がれている)
戦争無しでも安定した統治を築き、
全国を視察して至る所で建設を行い、
現地人に「ローマ市に搾取される」という意識から
「ローマ国」としての意識(幻想)を植え付けた。
かなりな名君だと思うが。

彼の場合、元老院議員の処刑を行ったことが、
当時の史家層である元老院議員層の反感を受けたから暴君と評され
トラヤヌスはドミティアヌスとの対比で
「最高の君主」の称号を元老院から送られた。
前任者が酷いと相対的に評価はよくなるもの。

更にトラヤヌスは後継者もきちんと決めておかなかったが、
ハドリアヌスはピウスとマルクスの二代まで指定して死んだ。

54: 名無し 2011/12/06(火) 21:54:05.77 0
>>45
ドミティアヌスは元老院議員の処刑を行ったりしたから、
当時の知識人である元老院議員に暴君扱いされただけで、
近年では統治者としては意外に有能だったと見直されてきている。

46: 名無し 2011/12/06(火) 12:03:26.01 0
アレクサンドロスは、
「軍事的だけでなく、政治的にも文化的にも多大な影響を与えた」
まではその通りなんだけど、名君だったかどうかは疑問。
「文化的」というのも結果的にそうなっただけだし。
アジアとギリシアの民族融合は成果がでなかったし。
結局ギリシア人は元ペルシア領土に建設した都市に篭り、
現地人との融合はなかった。

アレキサンドリアの文化的影響は多大なものがあるが、これもムーセイオンを
建設したプトレマイオス朝君主の業績であって、
アレクサンドロスの功績といえるかどうか。

「軍事的だけでなく、政治的にも文化的にも多大な影響」というのなら、
ナポレオンも外せないのではないだろうか。名君では全くなかったと
思うが、フランス革命の成果を欧州全体に広めた業績は大きい。

47: 名無し 2011/12/06(火) 12:20:18.08 0
「軍事的だけでなく、政治的にも文化的にも多大な影響を後世に及ぼした」
という定義だと始皇帝も入るな。彼の場合文化的にマイナス影響を後世に
及ぼしたわけで名君ではないと思うが。

煬帝も
「軍事的だけでなく、政治的にも文化的にも多大な影響を後世に及ぼし」
ているな。
陳朝統一軍総司令官だったわけだし、統一後も征服戦争を行っている。
運河建設は政治的に文化的にも多大な影響を後世にもたらした。
反乱が起こる前に死去していれば、始皇帝くらいの評価になったかも知れない。

48: 名無し 2011/12/06(火) 20:04:35.48 0
逆に趙匡胤が高すぎる。途中で死んだから天下を取ったわけでもないし、
文化事業なんかも特筆するほどのものでもないし、
まあ、柴氏を残したあたり、人格は良かったんだろうけど

49: 名無し 2011/12/06(火) 20:32:56.05 0
中国は光武帝だろ
趙匡胤は善人だけど弱腰すぎる

50: 名無し 2011/12/06(火) 20:35:13.37 O
康熙帝じゃないの?

51: 名無し 2011/12/06(火) 20:37:50.67 0
光武帝 李世民 趙匡胤 康熙帝
中国最高君主四英傑

53: 名無し 2011/12/06(火) 21:34:21.67 0
李世民の文化的影響ってなんだろう?彼の場合、晩年余計な外征したり、
凡庸な後継者を指定したりしているので、中国史上でさえ”最高”とは
いい難い。しかも歴史書の統制を行い、演出に腐心した。もちろんこうした
演出も有能さの一部だとは思うが。

しかし、欧州人が出入りしていて、欧州人の記録が残っていて、国内の
史書統制が李世民の頃より遥かに難しくなっている17-18世紀にあって、
康熙帝はずば抜けている。国内統一戦争を戦い、長い治世後半を統治し、
創業と守成を両立させ、康煕字典を編纂し、更に名君の雍正帝を後継者に
した。まさに中国史上最高の名君と言える。

しかしこのスレの規定である、「後世の影響」という点の政治に関しては、
自己脚色が多いとはいえ、現在に至るまで中国で政治の教科書として
読まれている「貞観政要」を編纂した点で、康熙帝より李世民が勝っている
かも知れない。

56: 名無し 2011/12/06(火) 21:58:33.60 0
>>53
康煕字典や古今図書集成やその他膨大な文化事業は無視かい

57: 名無し 2011/12/06(火) 22:00:38.27 0
>>53
康熙帝は西欧の文化の導入など行なっておらず
学問といっても朱子学だけであって保守的である

55: 名無し 2011/12/06(火) 21:58:03.53 0
1だがまとめる
単に戦争に強いだけの野蛮人は理想的な統治者とは認めません
チンギス・ハーンとかティムールとかヴァンダル族みたいなの

ローマ ハドリアヌス 属州からの戦略的撤退を実施しローマの繁栄に貢献
ギリシア アレクサンドロス大王 ヘレニズム文化を創出
イスラーム 正統カリフ・ウマル イスラム教の基礎をつくる
インド アクバル 宗教の融和による政治力を評価
中央アジア 該当無し 
東アジア 趙匡胤 中国歴代史上最も文化的に繁栄した宋の理念をつくる
東南アジア 該当無し
西欧 ヴィクトリア女王 大英帝国の全盛期の女帝
アメリカ トーマス・ジェファーソン 共和国としてのアメリカの理念をつくる
ブラックアフリカ 該当無し
新大陸 該当無し

73: 名無し 2011/12/07(水) 03:52:15.22 0
>>55
チンギスやティムールだって
ちゃんと政治面でもそれなりに有能なところがあるよ。
決して戦争が強いだけではないでしょ。
ティムールは文化面もわりと保護してたし。

それと、アメリカと新大陸を分けてるのが意味分からない。
せめてラテンアメリカと、アングロアメリカみたいな感じで分けるか
一緒のカテゴリーにすべきでしょ。
しかも、アメリカで挙がってるジェファーソンは君主ではないし。
東南アジアと中央アジアと、ブラックアフリカと新大陸に該当者なし
っていうのもひどいし。
オセアニアや東欧や、北欧辺りは書かれてすらいないし。
何かかなり偏りを感じるまとめになってると思う。

91: 名無し 2011/12/08(木) 03:01:30.70 0
>>55
チンギス・ハンは
モンゴル族の制度を劇的に改変して統治体制を構築した統治の功績、
ユーラシア諸国の経済を繋げて一大経済圏を築いた経済的な功績があって
文化的には立ち遅れていたけど偉大な統治者だぞ

ティムールはそのチンギス・ハンの制度をさらに発展させ制度を整え
文化的にはサマルカンドを発展させたりと軍事一辺倒ではないよ

モンゴル帝国の繁栄は伊達じゃない

あとフビライ入れろ

93: 名無し 2011/12/08(木) 09:21:05.05 0
>>91
モンゴル帝国歴代ハーン中だと
フビライは内政はトップクラス、戦争も上位だな

113: 名無し 2011/12/24(土) 08:37:37.91 0
>>55
もう現在は、チンギスハンがただの破壊しただけの蛮族ではなく、
高度な遊牧文明を継承しており、しかも後の世界の新しい鋳型を築いた
無比の帝王であることがわかってきた。
逆にアレクサンドロスの「ヘレニズム時代」というのは、
ギリシアにアイデンティティを求めるのちのヨーロッパが、
古代世界で無数に存在した文化伝播のなかからギリシア文化の伝播のみを
趣味でピックアップしたものにすぎず
しかもアケメネス時代からすでにあった。

130: 名無し 2012/01/08(日) 01:49:21.57 0
>>113
アレクサンドロス大王は趣味でピックアップしたもんじゃないだろ
ギリシア除く中東各地でアレクサンドロス大王の伝説が残っていたんだからな

58: 名無し 2011/12/06(火) 22:01:50.69 0
康熙帝が改革を行わなかったことが
後の時代の衰退を真似ているのだろう
当時すでに優れた西欧学問に触れる機会があるのに
旧態依然たる体制の変革を行なっていない

60: 名無し 2011/12/06(火) 22:15:45.26 0
西欧世界との接触があったのに
西欧から何も学ぼうとしないのが全然ダメだな
康熙帝は

65: 名無し 2011/12/06(火) 22:39:43.76 0
>>58>>60
康熙帝の時代はまだ、西欧に負けてなかったから、
国家として学ぶ必要が無かった。
個人的には彼は西欧の学問を学習している。
そして地図作成など、必要と認めた技術は導入している。
しかし、当時としては国の全面的な西欧化は必要無いと
考えたから改革しなかったのだろう。

そもそもルイ14世は当時に中国の官僚制や専制君主制を理想視していた。
必要も無いのに無理な改革をすると国が混乱する。
そうした資質も名君の資質のひとつ。

63: 名無し 2011/12/06(火) 22:29:35.35 0
康熙帝は西洋文化でも何でも役立つものであれば
何でも自分たちの文化に取り入れる度量の広さがあった

64: 名無し 2011/12/06(火) 22:33:22.14 0
それは、モンゴル帝国にもいえる。
むしろ中国文化を相対化した分、フビライの方が柔軟だ。

67: 名無し 2011/12/06(火) 22:43:58.89 0
ヴィクトリア女王は伝記を読んでる限りでは名君とは程遠いイメージ。
有能な人物を登用するのは名君の資質とはいえ、
英国は当時既に議会制が根付いていたので、
彼女が大嫌いなグラッドストーンとか任命しなかったら、
どんな騒ぎになっていたか。

そもそもロンドンにあまりおらず、国民からも
「もう王家はいらない」とか世論が出たりしたこともあったそうだし、
女王が齎した政治的文化的影響って何かあるのだろうか。
しかも治世末期には産業経済力では米国に抜かれており、
経常収支の大半が海外投資収益という、金融経済に移行していた。
まあ、金融経済という現在の状況を先取りしていると言えるし、
なんだかんだで結果的に立憲君主制を根付かせたと言えなくも無いが。

ところで、ジェファーソンとワシントンの関係は、
趙匡胤と匡義との関係に似ている気がする。

71: 名無し 2011/12/06(火) 23:06:55.44 0
思うに、君主の伝記とか読むと、家臣や親族の権力争いに会い、
相当苦労して即位し、更にその後も王位継承者や家臣の争いに悩み、
外国の侵略にあったりして、 王位の維持どころか、
国の存亡も危うい状況にあって、国を立て直し、
様々な改革を行った名君の話を読むと、
ルイ14世とか恵まれ過ぎだろ、と思う。

そういう点も含め、ポーランドのカジミェシュ三世は傑出した名君だったと思う。

軍事
→タタール(キプチャク汗)を撃退し、現在の西ウクライナまで勢力を伸ばした

政治
→法典を整備し、チェコ、ハンガリーと三国同盟を結び、
チェコ王の王位要求を破棄させた。
農民王の異名を持つほど農民の為の改革を行った

文化
→ドイツ人、ユダヤ人を招来して経済を梃入れし、都市を多数建設し、
木造の都市を石造の都市に変えた。ポーランド最初の大学を設置した。

若干の基礎は父王の時代からあったとはいえ、彼がいなかったら、
ポーランドは早いうちに消滅していたかも知れない。
彼がポーランド史上唯一の大王と称されるだけのことはあると思う。
ただし、ポーランド史上最高の君主ではあっても、
世界史上での議論にはならないかも知れないが。
殆ど唯一とも言える欠点は後継者だろう。

201: 名無し 2012/02/11(土) 21:07:53.55 0
名君としてフリードリヒ大王を挙げる人は多いが
親父のフリードリヒ・ヴィルヘルム1世の方が名君だと思うわ

204: 名無し 2012/02/18(土) 19:11:21.68 0
>>201
同意、兵隊王はもっと評価されるべきだな
内財政、外交においては大王以上
大王が兵隊王より明らかに優れてるのは文化的素養ぐらい

205: 名無し 2012/02/20(月) 04:18:14.00 0
>>204
軍事面は圧倒的に大王
兵隊王は内政の鬼

206: 名無し 2012/02/20(月) 22:47:03.56 0
確かに結果から見れば大王の軍事面での業績は見事だがね

オーストリア継承戦争は良いとしても
七年戦争は誰が見てもプロイセンが勝てる戦争ではない
エリザヴェータがあと数年存命するか後継のピョートル3世が
お人好しの大王信奉者じゃなかったら
プロイセンはポーランドの二の舞になってた。
大王がいくら戦術レベルで卓越していても
七年戦争を戦わざるを得ない状況に追い込まれた時点で
戦略家としてアウトだ

兵隊王は戦術家としては未知数だが、軍政家としては一流
小国プロイセンが強大な常備軍を維持する基礎を作ったし
大王得意の機動戦も兵隊王時代からの訓練の行き届いた
精強なプロイセン軍だから可能だった
どれもこれも兵隊王の遺産だよ

戦略面でも堅実派の兵隊王なら、少なくとも大王のような
冒険主義的戦略はとらない
堅実というか、まぁ単に可愛い兵士を失うのが嫌だったのかもしれんが
七年戦争でのプロイセン軍の損耗を見たら卒倒しただろう

207: 名無し 2012/02/22(水) 04:13:17.64 0
>>206
ただ歩兵の整備はしたものの、王個人の趣味で作った巨人兵、
騎兵はオーストリア継承戦争初期で役立たず
前者は解散以外の選択肢はなかったし、後者は大王による再編成が必要で
兵隊王は「軍の構築者」としては褒められたもんじゃない

やはり人には得手不得手ってもんがあるよ

209: 名無し 2012/02/26(日) 22:35:57.71 0
>>207
確かにオーストリア継承戦初期でのあの騎兵は拙い
でもその弱体騎兵を補うに足る歩兵を作り上げたのは兵隊王
まぁ実際軍を調錬したのは老デッサウだが
あと巨人軍はマスコットだから実戦で期待しちゃいけないw
あれでも平時においては多少なりとも虚仮脅しに使えたし

208: 名無し 2012/02/24(金) 00:41:19.18 0
ここまでロシアのピョートル大帝抜きですか。
軍事……は単なる粘り勝ちという部分もありそうだけど
政治的・文化的影響力は抜群でしょう。

209: 名無し 2012/02/26(日) 22:35:57.71 0
>>208
機動力があって兵站を必要としない遊牧騎馬民族には
遅滞戦術、焦土戦術、冬将軍が通用せず、アッサリ蹂躙されるけどね
確かにピョートル大帝は名君だけど
跳び抜け過ぎて臣下がついていけなかった印象が

211: 名無し 2012/03/08(木) 23:28:16.20 0
ピョートルがいなければ現代にいたるまでロシアは後進国だっただろう
というか再びポーランドに占領されてたんじゃないだろうか
あの状況からヨーロッパの一流国入りできたのはすごい手腕だと思う
エカテリーナやアレクサンドルと比べても、
少なくともロシア史上最高の君主だったことは間違いない

212: 名無し 2012/03/12(月) 03:08:24.08 0
一流国入りしたのは早くともエカチェリーナの時代だろうね。

213: 名無し 2012/03/12(月) 03:15:06.16 0
それでもエアチェリーナの治世中、
西欧諸国では絶えて久しい農奴制は残っていたわけだが。
ロシアが西欧列強と真の意味で同列になったことはないのではないかと思う。
そういう下地があったればこそ、
大統領と首相が交互に任命されるという異常な事態も生じ得るのだろう。

214: 名無し 2012/06/27(水) 04:22:32.52 0
あれれ
ラメセス2世がないぞ?

軍事・政治ともに一時代を築いた
唯一の失敗は長生きしすぎたことw

後をつぐべき有能な息子が先に死んで(それでも60歳いってたけどなw)
やっと後を継いだ13番目の息子も老齢だった

217: 名無し 2013/06/06(木) 02:02:05.05 P
アウグストゥスかな
急がば回れじゃないけど、着々と皇帝作りを行った点がいい

カエサルは英雄
ヒーローだけどアウグストゥスは皇帝というのがしっくりくる

218: 名無し 2013/09/07(土) 07:57:06.02 0
>>217
アウグストゥスが世界史上最高の名君だろな
その後の全盛期200年てのが破格すぎる

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