五代十国 宋 元 明

【ティムール】人種、出自、明&オスマン帝国との戦いについて

60: 名無し 2007/12/20(木) 12:54:32

ティムールって人種的には、今の何民族に近いんだろうね。

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61: 名無し 2007/12/20(木) 13:37:01
普通にモンゴルとトルコ系の混血。

 

62: 名無し 2007/12/27(木) 21:16:00
ティムールは、地元では一介の羊飼いからのスタートという説が有力で、秀吉的(+信長+家康)な英雄

 

63: 名無し 2007/12/27(木) 22:31:10

>>62
没落貴族ではなかったのかねえ。

そうだとすると、朱元璋と世代的にも同じだし、気が合ったりして。
どっちもモンゴル帝国の後継者的な面を持っているし。

 

68: 名無し 2008/02/13(水) 20:42:56
年齢や中国側の事情からみてティムールの勝機は建文帝の時代、特に末期だと思われる
インドから余計な使者が来ず、モンゴル高原方面に進出していたとしたら状況次第で中国本土に侵攻したかも
ただ、明は長江以南で生き残ったとは思うが

 

69: 名無し 2008/02/13(水) 23:44:14

靖難の変の最中に攻めて来られたら、明は大ピンチだな。

建文帝の朝廷は、ティムールの動きにはそれなりに注意を払っていたんだろうか?
それとも全く無関心?

 

70: 名無し 2008/02/14(木) 01:35:21
詳しいヒトの解説に期待するけど
印象としてはティムール側の方が中国人より
広範囲の情報を敏感に収集しているかんじがする
建文帝の周辺が中央アジア方面にまで関心を持っていたとは思えないなあ
燕王も

 

78: 名無し 2008/05/10(土) 10:03:02
ティムールが延命したとして明に攻めいる前に明と対立関係にあったタタールと同盟し明に多正面作戦を強いる策が最もティムール側として望ましいと思えるが

 

79: 名無し 2008/05/11(日) 12:07:34
ティムールが、モンゴル帝国の後継者として認められるかどうかにかかっているだろうな。
内陸アジアの遊牧民を糾合できればいいけど。

 

82: 名無し 2008/05/22(木) 00:13:02

>>79
ティムールとその息子たちは
チンギス・ハンの血をかなり意識していたと思える

ティムール自身、キュレゲン(ハン家の娘婿)の称号により国書など発していた
ティムールの息子たちもハン家の血を引く女性たちと婚姻していました

長庶子ウマル・シャイフは1394年に戦死ないしは事故死しましたが、彼の妻でチャガタイ・ハン傍系ヒズル・オグランの娘マリカトをわざわざレヴィレート婚させ四男シャールフに嫁がせたほどです

また同じく次男で嫡男のジャハーンギールの妻でジョチ・ウルスの血を引くソユン・ベグを三男アミーラーンシャーにレヴィレート婚させてます

 

80: 名無し 2008/05/13(火) 03:26:07

本家モンゴルと比べるとチムール政権は中央アジアが根拠地だから
そのままでは少なくとも江南までは取れなかったと思う

元も南宋を滅ぼしたのは、東だけが分離したクビライの時代だし
当時の明は南京を首都とする経済システムが機能していたから

華北も長期占領維持できたか微妙だが
もし北で占領時代にムスリム化が進んだとしたら
北と南が別民族化して近代を迎えた可能性もあるんじゃないか

 

83: 名無し 2008/06/05(木) 16:10:20

ティムールは1397年に対明遠征のため、前哨地域となるモグーリスタンに兵站基地を作り、増産命令により作られた穀物をそこへ備蓄し、4万の先遣隊を既に駐留させていた

ティムールが急拠、明ではなくインド遠征に変更したため明遠征は幻になったが、もしこの時、明に遠征されていたならば明は太祖が気が触れたような粛清により軍が弱体化していたため、明にとりかなり苦しい状況となったのは確実だと思う

 

86: 名無し 2008/06/13(金) 03:57:18
>>83
その場合、永楽帝が北明を建国したりして

 

84: 名無し 2008/06/06(金) 13:22:56

明は陝西と黄河以北は失陥しても、江南、四川は維持できるんじゃないか。

ティムールも、秦嶺~淮水の線より南はなかなか侵攻しづらいだろう。

 

90: 名無し 2008/08/13(水) 02:35:29
ティムールの生涯を知りたいんだけど何読めばいい?

 

91: 名無し 2008/08/13(水) 03:53:11
小説だと森下研の「草原の彗星チムール」がいいと思う。

 

93: 名無し 2008/08/14(木) 03:42:33
>>91
今も売ってますかね?
まあ古本屋でのんびり探します

 

96: 名無し 2008/08/15(金) 06:37:18
>>93
図書館で取り寄せしたらあると思う

 

92: 名無し 2008/08/13(水) 15:44:09
ティムールは特に日本語の資料が少ないね。

 

97: 名無し 2008/09/07(日) 18:34:07
動員兵力という点で中華王朝に適う国はないだろう。
勝敗は戦う場所次第だと思う。

 

98: 名無し 2008/09/09(火) 14:00:50
明は万暦年間には、大幅な定員割れで実質兵力が五十万人以下になっていたようだけど、永楽年間には、それなりに定員を充足した二百万人ぐらいの兵力は擁していたのかな

 

101: 名無し 2008/09/15(月) 22:22:17
もしティムールは明を占領できないまでも、野戦で永楽帝を敗走させていれば、軍事面で世界史上最強の称号を得られただろうね

 

102: 名無し 2008/09/20(土) 20:30:26

アンカラの戦いで敗れたバヤジットにしても、コソボの戦いを制し、ニコポリス十字軍を撃破して、ヨーロッパ勢を圧倒していた軍事天才だからね

それを一撃で粉砕したティムールは驚異的

 

104: 名無し 2008/10/03(金) 15:13:15
>>102
しかしそのアンカラの戦いでオスマン側として最も奮戦したのはセルビア人騎兵部隊という皮肉

 

103: 名無し 2008/10/03(金) 04:49:32
西方=中央アジア、勢力による中国本土(含モンゴル高原)への大侵攻というと、14世紀初頭にカイドゥがクビライ没後の大元ウルス崩壊を狙ってしかけたやつが有名だけど、ティムールの時とどっちが兵力多いかな?カイドゥ指揮下の兵に加え、チャガイ家のドゥア、アリク・ブカ一門の領袖メリク・テムルらを従えた大軍だったみたいだし。

 

105: 名無し 2008/10/03(金) 22:55:05

>>103
ティムールも帝国全域に強固な支配を敷いているわけでもないだろうから、東征軍は、中央アジア、旧チャガタイ・ハン国の地域の軍勢が中心だろうね

それにモンゴル高原の遊牧部族の参加が期待されるって感じかな

 

106: 名無し 2008/10/04(土) 10:45:01

ティムール配下の軍の中核となった主要部族は
・オイラート族
・コンキラト族
・オルナウト・ケレングト族
・スルドゥス族
・バルラス族―ティムールの出身部族
・ドゥクラト族
・ベスト族
・エルチギデイ族
・ヤサウリー族

これら部族はモンゴルが出自だが、ティムール時代には民族的文化的に完全にテュルク化されている

エルチギデイ族とヤサウリー族は他にカウチン族、ウズベク族、ブダド族とともにかつてはモンゴル時代には一つの部族だったようだ

 

107: 名無し 2008/10/29(水) 02:34:20
ティムールってモンゴル人?トルコ人?

 

108: 名無し 2008/10/29(水) 13:37:06
>>107
簡単に言えば民族的組成や文化・言語がテュルク化イスラム化したモグール人

 

109: 名無し 2008/10/31(金) 03:42:56
モグール人って何人?

 

110: 名無し 2008/10/31(金) 06:13:06
>>109
ペルシャ語でモンゴル人のこと

 

111: 名無し 2008/10/31(金) 12:07:43
人種的にはどうだっただろうね?
モンゴロイドとコーカソイドのどちらに近かっただろうか

 

112: 名無し 2008/10/31(金) 12:38:24
>>111
微妙なとこだ
中央アジアはテュルク、モンゴルが入ってくる以前は全くイラン系の世界
それにセム系のアラブがイスラムひっさげ入ってきて混沌としたからね
確実な話ではないが、コーカソイドの血が混じったモンゴロイドで妥協したら?

 

113: 名無し 2008/10/31(金) 19:29:09
チンギスハーンもモンゴル人だしモンゴルは歴史的な名将が二人もいるじゃん

 

114: 名無し 2008/11/01(土) 22:23:48
このレベルだと歴史的なだけじゃなく世界的だな

 

115: 名無し 2008/11/02(日) 07:57:47
バトゥもモンゴル人の歴史的名将だろ

 

116: 名無し 2008/11/02(日) 11:02:06
スブタイは?

 

117: 名無し 2008/11/02(日) 16:38:13
おいおい、クビライを忘れるなよ。

 

119: 名無し 2008/11/04(火) 12:33:17
チンギスは軍人としてはそれほどでもないだろ
軍政家としては世界的なチートだが

 

120: 名無し 2008/11/04(火) 20:07:37
ティムールは軍事なら人類史でも最強候補の1人と言ってもよさそうだ

 

121: 名無し 2008/11/04(火) 21:15:31
ティムールは軍事的才能よりも
ドラマチックないかにも英雄的な生き様が凄いと思ふ

 

122: 名無し 2008/11/05(水) 01:37:57
確かにティムールの功績は認めるが
彼の死後、直ぐに反乱が起きたからな
忠誠がティムール自身のカリスマ頼りというのはかなりマイナスと言わざるを得ない

 

124: 名無し 2008/11/08(土) 23:03:03

ティムールはむしろ韓信クラスと比べるべき

当時の明では、対騎馬民族戦術が、その担い手もろとも太祖自身の手によって破壊されてしまったから、軍の数としても勝てなかっただろう。まして臨機応変機略縦横のティムールに勝てる天才将校がいたか?永楽帝では荷が重いぞ。

 

132: 名無し 2008/11/12(水) 10:02:42
つか、バイバルスやサラディンとティムールならどっちが勝つかな?

 

133: 名無し 2008/11/12(水) 13:23:14
戦闘力はサラフ・アッディーン(サラディーン)
組織力、非情さはティムール
冷酷さ、不誠実ぶりはバイバルス

 

136: 名無し 2008/11/13(木) 21:45:03
そういやバヤジットって帝国を一時崩壊させたのに評価高いよな
それだけ相手が悪かったってことなんだろうけど
アンカラの戦いさえなければこの人はオスマン帝国最盛期だったかもしれない

 

140: 名無し 2008/11/15(土) 10:24:25
>>136
負けた相手がティムールだからな

 

138: 名無し 2008/11/14(金) 13:13:35

>>136
バヤジットにもラッキーな部分も多い

まずビサンティンの弱体化が著しかったこと
第二にバルカンの大国だったセルビアが小国分裂していたこと
(アンゴラの戦いでオスマン側で一番勇戦したのはセルビア騎兵)

そして第三に13世紀後半から次世紀にかけ勇名をはせたキリスト教陣営最強の傭兵団アルモガバルスがいなくなっていたこと
〔かつてはこのアルモガバルスにオスマン軍は連戦連敗し小アジアを散々に荒らされたところが戦闘には滅法強いが、暴走するアルモガバルスに手を焼いた雇い主のビサンティンが頭領を謀殺。怒ったアルモガバルスが領内のギリシアで独立国家をつくり反乱を起こしビサンティンの弱体化に拍車をかけた。もともとの雇い元のカスティリアも扱いに手を焼き厄介払いしていた傭兵団だ。アルモガバルスはキリスト教国だけでなく、モロッコにあったイスラム教国マリーン朝にも雇われ活躍している〕

 

147: 名無し 2009/01/13(火) 18:23:48
明との戦いに関してティムールサイドには補給の問題があるというが、遊牧民だから、補給はそこまで大きく影響がないかもしれんな。

 

148: 名無し 2009/02/08(日) 12:44:46
七年も準備した遠征だから補給は万全・・・でも寿命が尽きた

 

156: 名無し 2009/04/03(金) 21:18:23
永楽帝の事をあまり語らないけど
彼は中国史上唯一、モンゴルまで自ら軍を率いて5度も戦った皇帝だぞ
しかも明の最盛期をもたらした史上最高の皇帝とされている

 

157: 名無し 2009/04/03(金) 22:17:37
でも戦果あったの最初1-2回だけで
3-5回は対した戦果なかったぞ

 

158: 名無し 2009/04/04(土) 23:12:45
総大将が朱元璋
副将が朱棣
中堅が徐達
次鋒が李文忠
先鋒が常遇春
これならティムールに勝てる

 

159: 名無し 2009/10/22(木) 20:24:58

ティムール>>>朱元璋
シャールフ>>永楽帝
ウルグベク=建文帝

なんだ、ティムール帝国の圧勝じゃん

 

160: 名無し 2010/08/03(火) 21:19:24
永楽帝は中華史上最強の皇帝だけど
ティムは、世界史上最強の漢だからね

 

164: 名無し 2011/01/13(木) 16:03:59
ティムールって戦術に限ればハンニバル以上でアレクサンドロス、スブタイクラスの超絶チート武将
大勢力になって以降の後半生はガチで負け無しだからな
しかもバヤジット、トクタミシュとそれなりの才幹を持ってる相手にも圧勝してて雑魚ばかりとやって勝ち星稼いだわけじゃない
バヤジットはそれなりどころかオスマン屈指の軍人皇帝だし
少なくとも戦闘では永楽帝には負けないだろうな

 

168: 名無し 2011/01/30(日) 00:26:07
>>164
前半生はトゥグルクやホージャに負けっぱなしだけどな
バヤジットにしてもトクタミシュにしても内紛に付け込んだだけだし
到底名将と言うには程遠いしょせん成吉思汗のパチモン

 

172: 名無し 2012/05/20(日) 22:40:53.79
>>168
「泥沼の戦い」で一度負けただけじゃないの?
自身が手足に重傷を負う惨敗だったけど

 

174: 名無し 2012/11/18(日) 19:07:07.80

遊牧民出身の創業者は初期の戦歴は同じ遊牧騎兵同士の遭遇戦か奇襲略奪がほとんどで、勝敗にどの程度まで大将個人の才幹に関わるか微妙だから評価は付けづらい

ジンギスカンにしろまともな軍隊を率いるようになったのは40以降だろうしそれ以降に限れば戦績は史上最高レベル

初期の戦歴をどの程度考慮するかで遊牧民系の指導者の評価はだいぶ変わると思う

-五代十国 宋 元 明

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