歴史書の訳

正史三国志「公孫瓚伝」の全文訳と解説をするで

302: 名無し 2017/12/04(月)20:28:31 ID:sXr
今日は公孫賛伝をするで

303: 名無し 2017/12/04(月)20:30:14 ID:sXr
公孫賛、字伯珪、遼西令支人也。爲郡門下書佐。

公孫賛は、字を伯珪といい、遼西郡令支県の人である。郡の門下書佐となった。

304: 名無し 2017/12/04(月)20:31:12 ID:sXr
有姿儀、大音聲、侯太守器之、以女妻焉。遣詣?郡盧植、讀經。後復爲郡吏。

容姿に威儀があり、大声であったため、侯太守は重んじ、娘を嫁がせた。?郡の盧植の元に遣わし、経書を読ませた。後にまた郡吏となった。

305: 名無し 2017/12/04(月)20:32:18 ID:sXr
劉太守坐事、?詣廷尉。賛爲御車、身執徒養。及劉徙日南、?具米肉於北芒上、祭先人。

劉太守が事件に連座し、廷尉に召喚された。公孫賛は車の御者となり、自ら人夫となって養った。劉が日南に移されると、公孫?は米、肉を北芒の山上に供え、先祖を祭った。

306: 名無し 2017/12/04(月)20:33:16 ID:sXr
舉觴祝曰「昔爲人子、今爲人臣、當詣日南。日南瘴氣、或恐不還。與先人辭於此」

杯を挙げて祈った「昔は人の子でしたが、今は人の臣で、日南に行こうとしております。日南には瘴気があり、あるいは帰れない恐れがあります。先祖とここでお別れいたします」

307: 名無し 2017/12/04(月)20:34:22 ID:sXr
再拜慷慨而起。時見者莫不歔欷。劉、道得赦還。

再拝し慷慨して起った。この時これを見た者でむせび泣かぬものはなかった。劉は、道中で赦免されて帰った。

308: 名無し 2017/12/04(月)20:34:53
わい三国志武将プレイ時は必ず夏侯惇から始める

310: 名無し 2017/12/04(月)20:35:52 ID:sXr
>>308
三国志やと夏侯惇は統率と武力があるからええ武将だよな
ワイはちなみに玄徳か孔明で始める

309: 名無し 2017/12/04(月)20:35:14 ID:sXr
賛以孝廉爲郎、除遼東屬國長史。嘗從數十騎、出行塞、見鮮卑數百騎。?乃退入空亭中。

公孫賛は孝廉に挙げられて郎となり、遼東属国長史に任じられた。かつて数十騎を従え、塞を出て行くと、鮮卑数百騎を見かけた。公孫はかくして空虚な亭の中に撤退して入った。

312: 名無し 2017/12/04(月)20:36:23 ID:sXr
約其從騎曰「今不衝之、則死盡矣」賛乃自持矛、兩頭施刃、馳出刺胡、殺傷數十人。

従騎を纏めて言った「今これに突撃せねば、皆死ぬぞ」公孫賛はかくして自ら矛を持ち、両側の頭に刃をつけ、馳せ出で異民族を刺し、数十人を殺傷した。

314: 名無し 2017/12/04(月)20:37:47 ID:sXr
亦亡其從騎半、遂得免。鮮卑懲艾、後不敢復入塞。遷爲?令。

またその従騎の半分を亡くしたが、遂に免れた。鮮卑は懲りて止め、後にはまた塞に入ろうとしなかった。?の令に昇進した。

315: 名無し 2017/12/04(月)20:38:40 ID:sXr
光和中、涼州賊起。發幽州突騎三千人、假賛都督行事傳、使將之。

光和(178-84年)中、涼州で賊が蜂起した。幽州の突撃騎兵三千人を発し、公孫に都督行事の割符を貸し与え、これを率いさせた。

316: 名無し 2017/12/04(月)20:39:22 ID:sXr
軍到薊中。漁陽張純、誘遼西烏丸丘力居等叛、劫略薊中、自號將軍。略吏民、攻右北平遼西屬國諸城、所至殘破。

軍が薊中に到った。漁陽の張純は、遼西の烏丸丘力居らを誘って背き、薊中で略奪し、自らを将軍と号した。吏民をさらい、右北平、遼西の属国の諸城を攻め、到る所で破った。

317: 名無し 2017/12/04(月)20:40:17 ID:sXr
賛、將所領追討純等、有功。遷騎都尉。

公孫賛は、領する兵を率いて張純らを追討し、功があった。騎都尉に昇進した。

320: 名無し 2017/12/04(月)20:41:18 ID:sXr
屬國烏丸貪至王、率種人詣賛、降。遷中郎將、封都亭侯。

属国の烏丸の貪至王が、部族の人を率い公孫賛の元に行って、降伏した。中郎将に昇進し、都亭侯に封じられた。

321: 名無し 2017/12/04(月)20:42:20 ID:sXr
進屯屬國、與胡相攻?五六年。丘力居等鈔略青徐幽冀。四州被其害、?不能禦。

進んで属国に駐屯し、異民族と攻?し合って五、六年となった。丘力居らは鈔略青、徐、幽、冀で略奪した。四州はその被害を受けたが、公孫?は防げなかった。

322: 名無し 2017/12/04(月)20:43:22 ID:sXr
朝議。以宗正東海劉伯安、既有德義。昔、爲幽州刺史恩信流著、戎狄附之。若使鎭撫可不勞衆而定。乃以劉虞爲幽州牧。

朝廷で評議があった。宗正である東海の劉伯安(劉虞)には、徳義があった。昔、幽州刺史となると恩信が著しく、戎狄はこれになついた。鎮撫させれば労せずに衆を定められるとした。かくして劉虞を幽州牧とした。

323: 名無し 2017/12/04(月)20:44:37 ID:sXr
虞到。遣使至胡中、告以利害。責、使送純首。丘力居等聞虞至、喜。各遣譯、自歸。

劉虞が到った。使者を異民族の中に遣わし、利害を告げた。責め、張純の首を送らせようとした。丘力居らは劉虞が到ったと聞くと、喜んだ。各々通訳を遣わし、帰服した。

324: 名無し 2017/12/04(月)20:45:33 ID:sXr
害虞有功、乃陰使人徼殺胡使。胡知其情、閒行詣虞。虞上、罷諸屯兵。但留?、將?騎萬人屯右北平。

公孫賛は劉虞が功を立てるのを阻害しようとし、かくして密かに人を遣わして異民族の使者を殺させた。異民族はこの実情を知り、隠れて劉虞に会いに行った。劉虞は上奏し、諸所の駐屯を止めさせた。ただ公孫?を留め、歩騎一万人を率いさせて右北平に駐屯させた。

325: 名無し 2017/12/04(月)20:46:30
公孫賛けっこうセコイなw

327: 名無し 2017/12/04(月)20:47:11 ID:sXr
>>325
演義のイメージだといい人やけど
正史やと割とやべーやつだったりする

326: 名無し 2017/12/04(月)20:46:34 ID:sXr
純、乃棄妻子逃入鮮卑。爲其客王政所殺、送首詣虞。封政爲列侯。

純張は、かくして妻子を棄てて鮮卑に逃げ入った。食客となっていた王政に殺され、首は劉虞に送られた。王政は列侯に封じられた。

328: 名無し 2017/12/04(月)20:47:54 ID:sXr
虞以功?拜太尉、封襄賁侯。會董卓至洛陽、遷虞大司馬、賛奮武將軍、封薊侯。

劉虞は功により太尉となり、襄賁侯に封じられた。たまたま董卓が洛陽に到り、劉虞は大司馬に昇進し、公孫賛は奮武将軍となり、薊侯に封じられた。

329: 名無し 2017/12/04(月)20:48:49 ID:sXr
※劉虞、劉和のくだりがあるので省略
袁紹、韓馥は劉虞を皇帝にしようとするが劉虞は受けず
天子は董卓の元から脱走しようと考え、劉和を遣わし劉虞を呼ぼうとする
劉和が道中袁術に相談すると袁術は劉虞を利用しようとして劉和を引き留め、書を劉虞に送る
公孫賛は袁術に異心があると見抜き劉虞を止めるが劉虞は従わず軍を派遣する
その後公孫賛は劉和を捕らえて劉虞の軍勢を奪おうとしたため劉虞とますます険悪になる

330: 名無し 2017/12/04(月)20:49:51 ID:sXr
是時、術遣孫堅屯陽城拒卓。紹使周昂奪其處。術遣越與堅攻昂、不勝。

この時、袁術は孫堅を遣わし陽城に駐屯させて董卓を拒んだ。袁紹は周昂を遣わしてその場所を奪った。袁術は公孫越と孫堅を遣わして周昂を攻めさせたが、勝てなかった。

335: 名無し 2017/12/04(月)20:52:52
>>330
この公孫家と孫家を顎で使える袁術ってのは
さぞかし偉大なんやろなあ…

337: 名無し 2017/12/04(月)20:53:36 ID:sXr
>>335
偉大(才能と人徳があるとは言ってない)

331: 名無し 2017/12/04(月)20:50:55 ID:sXr
越、爲流矢所中死。賛怒曰「余弟死、禍起于紹」遂出軍屯磐河、將以報紹。紹懼。

公孫越は、流れ矢に当たって死んだ。公孫賛は怒って言った「余の弟が死に、禍は袁紹から起こった」遂に軍を出して磐河に駐屯し、袁紹に報復しようとした。袁紹は恐れた。

332: 名無し 2017/12/04(月)20:51:24
白馬陣(笑)の時間だあああああ

333: 名無し 2017/12/04(月)20:51:48 ID:sXr
>>332
袁紹「ダメです」

334: 名無し 2017/12/04(月)20:51:54 ID:sXr
以所佩勃海太守印綬、授從弟範、遣之郡。欲以結援。範、遂以勃海兵助?。破青徐?巾、兵益盛。

(袁紹は)もっていた勃海太守の印綬を、公孫賛の従弟公孫範に授け、郡に遣わした。これをもって盟を結んで援助させようとした。公孫範は、勃海の兵で公孫?を助けた。青、徐の黄巾を破り、兵は益々盛んになった。

336: 名無し 2017/12/04(月)20:52:57 ID:sXr
進軍界橋。以嚴綱爲冀州、田楷爲青州、單經爲?州、置諸郡縣。

界橋に進軍した。厳綱に冀州を治めさせ、田楷に青州を治めさせ、単経に?州を治めさせ、諸郡県(長官を)に置いた。

338: 名無し 2017/12/04(月)20:53:51 ID:sXr
紹、軍廣川。令將?義先登與戰、生禽綱。軍敗走勃海、與範?還薊。於大城東南築小城。與虞相近、稍相恨望。

袁紹は、広川に駐屯した。麹義を先鋒として公孫賛と戦わせ、厳綱を生け捕った。公孫軍は勃海に敗走し、公孫範と共に薊に帰った。大きな城の東南に小さな城を築いた。劉虞と接近し、だんだん恨み合うようになった。

341: 名無し 2017/12/04(月)20:56:11
>>338
敗走した上
2正面で敵作るとかあかんやん
あと公孫越は普通に戦死しとるんやね

343: 名無し 2017/12/04(月)20:57:52 ID:sXr
>>341
まさにそうで公孫賛は敵作りまくって滅んでる
公孫越は演義やと暗殺だけど正史やとそうやね

339: 名無し 2017/12/04(月)20:54:57 ID:sXr
虞懼、賛爲變。遂舉兵襲賛。虞爲賛所敗、出奔居庸。賛攻拔居庸、生獲虞、執虞還薊。

劉虞は公孫賛が変を起こすのを恐れた。かくして挙兵して公孫賛を襲った。劉虞は公孫賛に敗れ、居庸に逃げた。公孫賛は居庸を攻め抜き、劉虞を生け捕り、劉虞を護送して薊に帰った。

340: 名無し 2017/12/04(月)20:55:53 ID:sXr
會卓死、天子遣使者段訓、增虞邑督六州。?遷、前將軍封易侯。

偶然董卓が死ぬと、天子は使者段訓を遣わし、劉虞の邑を増やし六州を督させた。公孫?は前将軍に昇進し易侯に封じられた。

342: 名無し 2017/12/04(月)20:56:53 ID:sXr
賛、誣虞欲稱尊號、脅訓、斬虞。?上訓、爲幽州刺史。賛、遂驕矜、記過忘善、多所賊害。

公孫?は、劉虞が帝号を称そうとしたと誣告し、段訓を脅し、劉虞を斬った。公孫?は段訓を上奏し、幽州刺史とした。公孫賛は、かくして驕慢になり、過ちを覚え善を忘れ、多くの者を害した。

346: 名無し 2017/12/04(月)21:00:11 ID:sXr
言い忘れてたけど
この劉虞ってのは東漢の光武帝の末裔
すなわち公孫賛は皇族を殺めたことになる
演義ではこういった面みえないけど
かなりやべーやつ

344: 名無し 2017/12/04(月)20:58:02 ID:sXr
虞從事漁陽鮮于輔齊周、騎都尉鮮于銀等、率州兵、欲報賛。以燕國閻柔、素有恩信。共推柔、爲烏丸司馬。

劉虞の従事で漁陽の鮮于輔、斉周、騎都尉鮮于銀らは、州の兵を率い、公孫賛に報復しようとした。燕国の閻柔には、元より恩徳と信頼があった。共に閻柔を推挙し、烏丸司馬とした。

345: 名無し 2017/12/04(月)20:58:56 ID:sXr
柔、招誘烏丸鮮卑、得胡漢數萬人。與賛所置漁陽太守鄒丹、戰于?北。大破之、斬丹。

閻柔は、烏丸、鮮卑を招き、異民族と漢族の数万人を得た。公孫賛の置いた漁陽太守鄒丹が、?北で戦った。これを大破し、鄒丹を斬った。

347: 名無し 2017/12/04(月)21:00:17 ID:sXr
袁紹又遣?義及虞子和將兵、與輔合、?賛。賛軍數敗、乃走還易京、固守。

袁紹もまた麹義及び劉虞の子劉和に兵を率いさせ、鮮于輔と会合させ、公孫賛を攻撃させた。公孫賛軍は何度も敗れ、かくして逃げて易京に帰り、固守した。

348: 名無し 2017/12/04(月)21:01:05 ID:sXr
爲圍塹、十重。於塹裏築京、皆高五六丈、爲樓其上。中塹爲京、特高十丈。自居焉、積穀三百萬斛。

周囲の塹壕を、十重にした。塹壕の内に京を築き、皆高さは五、六丈で、その上に楼を作った。中央の塹壕の京は、特に高さが十丈であった。自らの居所とし、穀物三百万斛を積んだ。

352: 名無し 2017/12/04(月)21:02:54
>>348
これが蒼天に出てきたやつの元ネタか

354: 名無し 2017/12/04(月)21:03:47 ID:sXr
>>352
せやで
ちなみに演義にもある

351: 名無し 2017/12/04(月)21:02:29 ID:sXr
賛曰「昔、謂天下事可指麾而定。今日視之、非我所決。不如休兵、力田畜穀。

公孫賛は言った「昔、天下の事は指揮すれば定められると言った。今日これを見ると、私に決められることではない。兵を休ませ、農業に努め穀物を蓄えた方がよろしい。

353: 名無し 2017/12/04(月)21:03:21 ID:sXr
兵法『百樓不攻』、今吾樓、櫓千重。食盡此穀、足知天下之事矣。」欲以此、弊紹。紹、遣將攻之、連年不能拔。

兵法にも『百楼は攻めず』とあり、今我が楼は、櫓が千重だ。ここの穀物を食べ尽くすまでには、天下の事を十分知れる。」これをもって、袁紹を疲弊させようとした。袁紹は、将を遣わしてこれを攻めたが、連年しても抜けなかった。

355: 名無し 2017/12/04(月)21:04:25 ID:sXr
建安四年、紹悉軍圍之。賛遣子求救于黑山賊。復欲、自將突騎直出、傍西南山、擁黑山之衆、陸梁冀州、橫斷紹後。

建安四年(199年)、袁紹は全軍でこれを囲んだ。公孫賛は子を遣わして黒山賊に救援を求めた。また、自ら突撃騎兵を率いて真っ直ぐと出で、西南山に拠り、黒山の衆を擁し、冀州で横行し、袁紹の後方を断とうとした。

356: 名無し 2017/12/04(月)21:05:20 ID:sXr
※長史関靖が公孫賛を説得するが省略
出陣すると重鎮がいなくなり易京が危うくなると進言
公孫賛は出陣をやめる

357: 名無し 2017/12/04(月)21:06:26 ID:sXr
救至、欲?外攻紹。遣人與子書「刻期兵至、舉火爲應」紹侯者、得其書。

救援が来たら、内外から袁紹を攻撃しようとした。人を遣わして子に書を与えた「期を決め兵が到れば、火を挙げて呼応せよ」袁紹の斥候が、その書を手に入れた。

358: 名無し 2017/12/04(月)21:07:25 ID:sXr
如期舉火。賛以爲救兵至、遂出欲戰。紹設伏?、大破之。復還守。

期になると火を挙げた。公孫賛は救援が来たと思い、出陣して戦おうとした。袁紹は伏兵を設けて攻撃し、大破した。また帰って守った。

359: 名無し 2017/12/04(月)21:08:33 ID:sXr
紹爲地道、突壞其樓、稍至中京。賛、自知必敗、盡殺其妻子、乃自殺。

袁紹は地下道を作り、楼を突き壊し、だんだんと中京に近づいた。公孫賛は、自らが必ず敗れると悟り、妻子を殺し尽くし、自殺した。

360: 名無し 2017/12/04(月)21:09:27 ID:sXr
評曰。公孫賛、保京、坐待夷滅。

評に曰く。公孫賛は、京を保ち、座して族滅を待った。

361: 名無し 2017/12/04(月)21:10:12 ID:sXr
これで公孫賛伝は終わりや

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