歴史書の訳

正史三国志「諸葛恪伝」の全文訳と解説をするで

351: 名無し 2017/12/08(金)20:27:41 ID:zx3
今日は諸葛恪伝や

354: 名無し 2017/12/08(金)20:30:31 ID:zx3
諸葛恪、字元遜、瑾長子也。少知名。

諸葛恪は、字を元遜といい、諸葛瑾の長子である。若くして名を知られた。

355: 名無し 2017/12/08(金)20:31:33 ID:zx3
弱冠拜騎都尉、與顧譚張休等、侍太子登、講論道藝、並爲賓友。從中庶子、轉爲左輔都尉。

弱冠(二十歳)にして騎都尉となり、顧譚、張休らと、太子孫登に侍り、道義や技芸を講論し、並んで賓友となった。中庶子から、左輔都尉に転じた。

356: 名無し 2017/12/08(金)20:32:35 ID:zx3
恪父瑾、面長似驢。孫權、大會羣臣、使人牽一驢入、長檢其面、題曰、諸葛子瑜。

諸葛恪の父諸葛瑾は、面長で驢馬に似ていた。孫権は、群臣を大いに会させ、人に一頭の驢馬を引っ張ってこさせ、その面に長い札を貼り、題をつけた、諸葛子瑜と。

357: 名無し 2017/12/08(金)20:33:36 ID:zx3
恪跪曰「乞請、筆益兩字」因聽與筆。恪續其下曰「之驢」舉坐歡笑、乃以驢賜恪。

諸葛恪は跪いて言った「お願いします、筆で二字を加えさせえてください」それを聞き入れて筆を与えた。諸葛恪は続けてその下に書いた「之驢(の驢馬)」座の者は笑い、こうして驢馬を諸葛恪に賜った。

358: 名無し 2017/12/08(金)20:34:38 ID:zx3
他日復見、權問恪曰「卿父與叔父、孰賢?」對曰「臣父爲優」

後日また相見えると、孫権は諸葛恪に問うた「卿の父と叔父は、どちらが賢いか?」答えた「臣の父の方が優れております」

360: 名無し 2017/12/08(金)20:35:39 ID:zx3
權問其故、對曰「臣父知所事、叔父不知。以是爲優」權又大?。

孫権がそのわけを問うと、答えた「臣の父は仕えるべき所を知っておりますが、叔父は知りません。そのため優れております」孫権はまた大笑いした。

362: 名無し 2017/12/08(金)20:37:00 ID:zx3
命恪行酒、至張昭前、昭先有酒色、不肯飲、曰「此、非養老之禮也」

諸葛恪に命じて酒を注ぎに行かせ、張昭の前に到ると、張昭はすでに酔った顔色をしており、飲もうとせず、言った「これは、老人を養う礼ではない」

363: 名無し 2017/12/08(金)20:38:01 ID:zx3
權曰「卿、其能令張公辭屈、乃當飲之耳」恪難昭曰「昔、師尚父、九十、秉旄仗鉞、猶未告老也。

孫権は言った「卿が、張公を言葉で屈させれば、飲むであろう」諸葛恪は張昭を論難した「昔、師尚父(※)は、九十にして、旗を持ち鉞を杖とし、なおも老いたと言いませんでした。

※太公望のこと

364: 名無し 2017/12/08(金)20:38:48
スープ―シャン「師尚!師尚!」

365: 名無し 2017/12/08(金)20:39:01 ID:zx3
今軍旅之事、將軍在後。酒食之事、將軍在先。何謂不養老也?」昭卒無辭、遂爲盡爵。

今軍事については、将軍は後方に置かれております。酒食の事は、将軍は先頭に置かれております。どうして老人を養っていないと言われるのですか?」張昭はすぐに言葉が出でず、遂に杯を飲み干した。

366: 名無し 2017/12/08(金)20:39:53
老人に酒を強要する鬼畜

370: 名無し 2017/12/08(金)20:40:56 ID:zx3
>>366
孫権は酒が大好きで
部下に無理やり飲ませたり
諌められて止めたって逸話が結構残ってたりする

372: 名無し 2017/12/08(金)20:41:25
>>370
虞翻さんェ…

379: 名無し 2017/12/08(金)20:42:55 ID:zx3
>>372
酒から逃れようとしただけで殺そうとするって
どうなのよ

382: 名無し 2017/12/08(金)20:43:20
>>379
虞翻さんにも非はあります(真顔)

368: 名無し 2017/12/08(金)20:40:25
ホンマ格はレスバ強いな

373: 名無し 2017/12/08(金)20:41:49 ID:zx3
>>368
レスバも強いし軍事も出来る
ただ人格が残念と評されてる

369: 名無し 2017/12/08(金)20:40:27
孫権内心やったれやったれ!
ワイは口では負けるから
代わりに負かせろくらい思ってそう

373: 名無し 2017/12/08(金)20:41:49 ID:zx3
>>369
絶対そう思ってるやろ

367: 名無し 2017/12/08(金)20:40:11 ID:zx3
後、蜀使至、羣臣並會、權謂使曰「此、諸葛恪、雅好騎乘。還告丞相、爲致好馬」

後に、蜀の使者が到り、群臣が並び会すと、孫権は使者に言った「この、諸葛恪は、常に騎乗を好んでいる。帰って丞相に告げ、良馬を送らせてくれ」

371: 名無し 2017/12/08(金)20:41:06 ID:zx3
恪因下謝、權曰「馬未至而謝何也?」恪對曰「夫、蜀者陛下之外?、今有恩詔、馬必至也。安敢不謝?」恪之才捷、皆此類也。

諸葛恪は(席を)下りて感謝したので、孫権は言った「馬がまだ来ていないのに感謝するのはどうしてだ?」諸葛恪は答えた「そもそも、蜀は陛下の外の厩で、今恩ある詔があれば、馬は必ず来ましょう。どうして感謝しないわけにいきましょうか?」諸葛恪の才覚は、皆この類であった。

374: 名無し 2017/12/08(金)20:42:03
>>371
うーんこの煽りカス

375: 名無し 2017/12/08(金)20:42:08 ID:zx3
權甚異之、欲試以事、令守節度。節度、掌軍糧穀、文書繁猥、非其好也。

孫権はこれを甚だ異才だと思い、試しに実務をさせようとし、節度を兼任させた。節度は、軍の糧食や穀物を掌握し、文書の仕事が煩雑で、好みではなかった。

381: 名無し 2017/12/08(金)20:43:08
>>375
リゲン「食糧の管理もできない奴wwww」

378: 名無し 2017/12/08(金)20:42:44
節度の癖に人格の節度が足りてないのはなぜなのか

380: 名無し 2017/12/08(金)20:43:07 ID:zx3
恪、以丹楊山險、民多果勁、雖前發兵、徒得外縣平民而已、其餘深遠、莫能禽盡。?自求、乞爲官出之、三年可得甲士四萬。

諸葛恪は、丹楊の山が険しく、民の多くは強いが、以前兵を徴発しても、いたずらに外の県の平民を得られただけで終わり、その他の深遠な地(にいる者)は、尽くを捕らえられなかったことから、何度も求め、地方の官僚になろうとし、三年で武装兵四万を得られるとした。

383: 名無し 2017/12/08(金)20:44:21 ID:zx3
※人々の議論があるが省略
地形において不利、住人は武装し戦いに慣れている、蜂のように群がり鳥のように逃げる戦法で服従させ難いといった理由で困難だとした

385: 名無し 2017/12/08(金)20:45:24 ID:zx3
恪父瑾聞之、亦以事終不逮、歎曰「恪不大興吾家、將大赤吾族也」

諸葛恪の父諸葛瑾がこれを聞くと、彼もまた事が終いまで遂げられないと思い、嘆いた「恪は我が家門を大いには興さぬ上に、我が一族を大いに空しくしてしまおう」

389: 名無し 2017/12/08(金)20:47:08
>>385
親父に見切られるとか趙活かな?

399: 名無し 2017/12/08(金)20:51:53 ID:zx3
>>389
趙括は馬謖と諸葛恪を足したような人物やな

405: 名無し 2017/12/08(金)20:54:09
>>399
つまり糞野郎かつ口だけのろくでなしで
功績はあるんやな(すっとぼけ)

407: 名無し 2017/12/08(金)20:56:00 ID:zx3
>>405
すまん馬謖と諸葛恪の悪いところを足した人物
って言いたかったんや

410: 名無し 2017/12/08(金)20:56:51
>>407
パパはすごいのになぁ...

417: 名無し 2017/12/08(金)20:58:36 ID:zx3
>>410
廉頗藺相如列伝読むたびに
かわいそうになってくる

388: 名無し 2017/12/08(金)20:46:31 ID:zx3
恪、盛陳其必捷。權、拜恪撫越將軍、領丹楊太守、授?戟武騎三百。拜畢、命恪備威儀、作鼓吹、導引歸家。時年三十二。

諸葛恪は、盛んに必ず勝つと述べた。孫権は、諸葛恪を撫越将軍と、丹楊太守とし、?戟(儀仗用の戟)を持った騎兵三百を授けた。拝命が終わると、諸葛恪に威儀を備えさせ、太鼓や笛を鳴らさせながら、引導をつけて家に帰した。この時年は三十二であった。

390: 名無し 2017/12/08(金)20:47:33 ID:zx3
恪到府、乃移書四郡屬城長吏、令各保其疆界、明立部伍、其從化平民、悉令屯居。

諸葛恪は府に到ると、かくして書を四郡に属す城の長吏に届け、各自に境界を守らせ、部隊を明確に作らせ、教化されている平民は、尽く駐屯に住まわせた。

392: 名無し 2017/12/08(金)20:48:40 ID:zx3
乃分?諸將、羅兵幽阻、但繕藩籬、不與交鋒、候其穀稼將熟、輒縱兵芟刈、使無遺種。

かくして内地に諸将を分け、険阻に兵を配置し、籬を修繕させ、鋒先を交えさせず、穀物が熟すのを待ち、すぐさま兵を放って刈り取らせ、種すら残させなかった。

396: 名無し 2017/12/08(金)20:49:47 ID:zx3
舊穀既盡、新田不收、平民屯居、略無所入、於是、山民飢窮、漸出降首。

元の穀物は尽き、新たな田に収穫はなく、平民は駐屯に住み、(平民から略奪しても)ほとんど手に入らなかったため、こうして、山民は飢えて窮まり、だんだんと出て降伏した。

398: 名無し 2017/12/08(金)20:51:02 ID:zx3
恪乃復敕下曰「山民、去惡從化、皆當撫慰、徙出外縣。不得嫌疑有所執拘」

諸葛恪はかくしてまた命を下した「山民が、悪を捨てて教化に従えば、皆慰撫し、外の県に移せ。拘束して嫌疑させてはならない」

400: 名無し 2017/12/08(金)20:51:58
>>398
平民から物資を略奪した将が
そんな命令出していいんですかねぇ…

401: 名無し 2017/12/08(金)20:52:01
孫堅、孫権
魯粛、魯淑
張昭、張承
呉はちょっと同じ読みの親子多すぎんよ

403: 名無し 2017/12/08(金)20:52:53
>>401
発音が違うからな
同じ言葉でも4種類くらい違う発音するし

412: 名無し 2017/12/08(金)20:57:04
>>403
日本語だとすべて同じ読みになっちゃうからね
仕方ないね

402: 名無し 2017/12/08(金)20:52:07 ID:zx3
臼陽長胡伉、得降民周遺。遺、舊惡民、困迫暫出、?圖叛逆。伉、縛送、言府。

臼陽の長胡伉は、降伏した民周遺を捕らえた。周遺は、元は悪人で、迫られて出て来たが、内心叛逆を図っていた。胡伉は、縛って諸葛恪の府に送った(※)。

※「言府」がわからないが後の状況からとりあえずこう訳す
諸葛恪は字を元遜で、「言」と「遜」の文字は陸「遜」―伯「言」のように対応しているから、もしかしたら諸葛恪の旧名は諸葛言だったのかもしれない
情報求む

404: 名無し 2017/12/08(金)20:53:32 ID:zx3
恪、以伉違教、遂斬以徇、以?表上。民聞、伉坐、執人被戮、知官惟欲出之而已。於是、老幼相攜而出。

諸葛恪は、胡伉が命を違えたとし、斬って公布させ、実情を上表した。民は胡伉が人を捕らえたことにより殺されたと聞くと、官人はただ出て来てほしいだけだと知った。こうして、老幼は互いの手を引いて出て来た。

406: 名無し 2017/12/08(金)20:54:39 ID:zx3
?期、人數皆如本規。恪、自領萬人、餘分給諸將。

期限の年、人数は皆元々定めた通りとなった。諸葛恪は、自ら一万人を領し、その他は諸将に分け与えた。

408: 名無し 2017/12/08(金)20:56:13 ID:zx3
※孫権が功を慶賀して尚書僕射薛綜を遣わし軍を慰労する
薛綜が先んじて諸葛恪らに書を送るが長いので省略

409: 名無し 2017/12/08(金)20:56:26
孫権は人生楽しそうですこ

411: 名無し 2017/12/08(金)20:57:00
部下は楽しくなさそうやな

416: 名無し 2017/12/08(金)20:58:12
同じ酔っ払いでも曹操のがすこ

414: 名無し 2017/12/08(金)20:57:34 ID:zx3
拜恪威北將軍、封都?侯。

諸葛恪を威北将軍とし、都郷侯に封じた。

418: 名無し 2017/12/08(金)20:58:45 ID:zx3
恪、乞率衆佃、廬江、皖口。因輕兵、襲舒、掩得其民而還。復遠遣斥候、觀相徑要、欲圖壽春。權以爲不可。

諸葛恪は、衆を率いて、廬江、皖口で屯田を行うことを求めた。軽装兵で、舒を襲い、その地の民をさらって帰ろうとした。また遠くに斥候を遣わし、小径や要地を見させ、寿春を図ろうとした。孫権はさせなかった。

419: 名無し 2017/12/08(金)20:58:54
諸葛恪は才能はあるけど
全部人格でダメにしてるよね

420: 名無し 2017/12/08(金)20:59:29
>>419
いるよなそういう人

424: 名無し 2017/12/08(金)21:00:25
>>420
能力があるだけましなケースもあるのが悲しいなぁ

423: 名無し 2017/12/08(金)21:00:11
孫静の曾孫たちといい
なぜ呉の人格者の子孫は国を傾けるような破綻者ばかりなのか

426: 名無し 2017/12/08(金)21:00:51
>>423
なんだかんだ孫堅の代からろくでもない気がする

422: 名無し 2017/12/08(金)20:59:42 ID:zx3
赤烏中、魏司馬宣王、謀欲攻恪。權方發兵應之、望氣者以爲不利、於是徙恪屯於柴桑。

赤烏(238-251年)中、魏の司馬宣王(司馬懿)が、諸葛恪を攻めようと謀った。孫権が兵を発して応戦しようとすると、運気を見る者が利がないと言ったため、こうして諸葛恪を移して柴桑に駐屯させた。

427: 名無し 2017/12/08(金)21:00:56 ID:zx3
※諸葛恪が丞相陸遜に書を与えるが長いので省略
諸葛恪は陸遜が自分の欠点を嫌っているのを知っていたため、書で欠点があっても大所高所から見てそれを責めてはならないと述べる

428: 名無し 2017/12/08(金)21:01:18
>>427
自分でいうなし

430: 名無し 2017/12/08(金)21:01:44
>>427
これは草

433: 名無し 2017/12/08(金)21:02:02 ID:zx3
會遜卒、恪遷大將軍、假節、駐武昌、代遜領荊州事。

たまたま陸遜が亡くなり、諸葛恪は大将軍に昇進し、仮節となり、武昌に駐屯し、陸遜に代わって荊州の事を領した。

435: 名無し 2017/12/08(金)21:02:24
>>433
たまたま…?

439: 名無し 2017/12/08(金)21:03:16
>>435
孫権「たまたま死んでしまったんや、何故やろ」

440: 名無し 2017/12/08(金)21:03:22
陸遜は労災やろ(すっとぼけ

441: 名無し 2017/12/08(金)21:03:43
パワハラも労災のうちやしな

438: 名無し 2017/12/08(金)21:03:04 ID:zx3
久之、權不豫、而太子少。乃?恪、以大將軍、領太子太傅。中書令孫弘、領少傅。

久しくして、孫権は不予となり、太子は若かった。かくして諸葛恪を召喚し、大将軍のまま、太子太傅を兼任させた。中書令孫弘には、少傅を兼任させた。

444: 名無し 2017/12/08(金)21:04:05 ID:zx3
權疾困、召恪、弘及太常滕胤、將軍呂據、侍中孫峻、屬以後事。

孫権は病で危篤となると、諸葛恪、孫弘及び太常滕胤、将軍呂拠、侍中孫峻を召し、後事を託した。

445: 名無し 2017/12/08(金)21:04:39
孫峻……

446: 名無し 2017/12/08(金)21:05:04 ID:zx3
翌日、權薨。弘、素與恪不平、懼爲恪所治、祕權死問、欲矯詔除恪。

翌日、孫権が死んだ。孫弘は、平素より諸葛恪と仲が悪く、諸葛恪に処断されるのを恐れ、孫権の訃報を秘匿し、詔と偽って諸葛恪を除こうとした。

447: 名無し 2017/12/08(金)21:05:32
>>446
どっちも救えないやつで草も生えない

451: 名無し 2017/12/08(金)21:06:26
>>446
どっちも死ね感半端ない戦い

450: 名無し 2017/12/08(金)21:06:03 ID:zx3
峻、以告恪。恪、請弘咨事、於坐中誅之、乃發喪制服。

孫峻は、その事を諸葛恪に告げた。諸葛恪は、孫弘に事を諮問する名目で呼び、座の中で誅殺し、その後喪を発して服させた。

452: 名無し 2017/12/08(金)21:06:50
なお孫峻は諸葛恪に殴られる夢を見て
病に倒れ亡くなる模様

455: 名無し 2017/12/08(金)21:08:23
>>452
夢でも面倒な男である
エルム街の悪夢みたいなやつ

456: 名無し 2017/12/08(金)21:08:26
呉って身内どうしで殺し合いし過ぎやろ

457: 名無し 2017/12/08(金)21:08:50
>>456
はしりは孫権と張昭の喧嘩やろか

453: 名無し 2017/12/08(金)21:07:02 ID:zx3
※弟で公安の督の諸葛融に書を送るが長いので省略
自分は重責を受けたので親族の君が助けてくれと言う

454: 名無し 2017/12/08(金)21:08:10 ID:zx3
恪、更拜太傅。於是、罷視聽、息校官、原逋責、除關?。事崇恩澤、衆莫不悅。恪?出入、百姓延頸、思見其?。

諸葛恪は、改めて太傅となった。こうして、監察を止め、校官を廃止し、債務から逃れるのを許し、関税を廃止した。諸事に恩恵を施したので、衆で喜ばぬ者はなかった。諸葛恪が出入りするたびに、百姓は首を伸ばし、様子を見ようと思った。

458: 名無し 2017/12/08(金)21:09:21 ID:zx3
初權、?龍元年、遷都建業、二年築東興?、遏湖水。後、征淮南、敗以?船、由是廢、不復脩。

当初孫権は、黄龍元年(229年)に、建業に遷都し、二年(230年)に東興?を築き、湖水をせき止めた。後に、淮南を征伐すると、壊して内に船を入れ、そのため廃され、再びは直されていなかった。

459: 名無し 2017/12/08(金)21:09:28
元々気性がおかしい地域なんか?呉は?

460: 名無し 2017/12/08(金)21:09:54
>>459
中原の人とは文化が違いそうな気はする

461: 名無し 2017/12/08(金)21:10:34
豪族の連合体だからしゃーない
孫策時代にもう陸家と一悶着あったし

463: 名無し 2017/12/08(金)21:10:40 ID:zx3
魏は魏で内乱起こしまくりやし
皇帝殺しまであったからな
蜀は平和とはいえ朝廷は乱れていたそうな

464: 名無し 2017/12/08(金)21:10:45 ID:zx3
恪以、建興元年十月、會衆於東興、更作大?、左右結山、?築兩城、各留千人。使全端、留略、守之、引軍而還。

諸葛恪は、建興元年(252年)十月、衆を東興に集め、改めて大きな堤を造り、左右の山まで続かせ、それを挟むように二つの城を築き、各々に千人を留めた。全端、留略に、これを守らせ、軍を引き連れて帰った。

470: 名無し 2017/12/08(金)21:13:55
>>464
留略の親父もキャラ濃いよな

474: 名無し 2017/12/08(金)21:14:57
>>470
歌大すこのびっこおじさん

466: 名無し 2017/12/08(金)21:11:51 ID:zx3
魏、以?軍入其疆土、恥於受侮、命大將胡遵、諸葛誕等、率衆七萬、欲攻圍兩塢、圖壞?遏。

魏は、呉軍を領土に入らせ、侮りを受けたのを恥じ、大将胡遵、諸葛誕らに、衆七万を率いさせ、二つの塢を包囲させ、堤を壊そうと図った。

467: 名無し 2017/12/08(金)21:12:53 ID:zx3
恪、興軍四萬、晨夜赴救。遵等、敕其諸軍、作浮橋度、陳於?上、分兵攻兩城。城在高峻、不可卒拔。

諸葛恪は、軍四万を起こし、朝夜救援に赴いた。胡遵らは、諸軍に命じ、浮橋を作って渡り、堤の上に陣を敷き、兵を分けて二つの城を攻めさせた。城は高く険しく、にわかには抜けなかった。

468: 名無し 2017/12/08(金)21:12:59
絵にかいた餅おじさん

469: 名無し 2017/12/08(金)21:13:43
>>468
小狗系おじさんやぞ

476: 名無し 2017/12/08(金)21:15:04 ID:zx3
>>468
諸葛恪は才能はあるんや
あるんやけど人格がちょっとな

471: 名無し 2017/12/08(金)21:14:05 ID:zx3
恪、遣將軍、留贊、呂據、唐咨、丁奉、爲前部。

諸葛恪は、将軍の留賛、呂拠、唐咨、丁奉らを遣わし、先鋒とした。

473: 名無し 2017/12/08(金)21:14:55
>>471
そうそうたる面子やな

479: 名無し 2017/12/08(金)21:16:18 ID:zx3
>>473
そう
そしてこれだけは言いたいけど
無双の丁奉見てガイジ扱いするのやめてほしい

482: 名無し 2017/12/08(金)21:16:47
>>479
丁奉って無双だとガイジなんか?

487: 名無し 2017/12/08(金)21:18:15 ID:zx3
>>482
見た目がパワー系だったから
最初に情報出たとき池沼池沼言われてた
今はいうやつあまりいないか

491: 名無し 2017/12/08(金)21:19:29
>>487
サンガツ

493: 名無し 2017/12/08(金)21:19:49
無双丁奉見た時のワイのアッネ「人喰ってそう」

477: 名無し 2017/12/08(金)21:15:16 ID:zx3
時天寒雪、魏諸將會飲、見贊等兵少、而解置鎧甲、不持矛戟、但兜?刀楯、?身?遏、大笑之、不?嚴兵。

この天候は寒く雪が降り、魏の諸将は酒宴をしていたが、留賛らの兵が少なく、鎧や甲冑を脱いで置き、矛や戟を持たず、ただ兜、刀、楯だけで、裸身でよじ登ろうとするのを見ると、これを大笑いし、即座に兵を厳重にしなかった。

481: 名無し 2017/12/08(金)21:16:29 ID:zx3
兵得上、便鼓譟亂斫。魏軍、驚擾散走、爭渡浮橋、橋壞?、自投於水、更相蹈藉、樂安太守桓嘉等同時?沒、死者數萬。

兵は上れると、ただちに太鼓を騒がせ乱れ斬った。魏軍は、驚き乱れて離散し、浮橋を争って渡ると、橋は壊れ、自ら水に落ち、さらに踏み合ったため、楽安太守桓嘉らは同時に没し、死者は数万であった。

486: 名無し 2017/12/08(金)21:17:59
>>481
こいついつも騒がせてんな

489: 名無し 2017/12/08(金)21:18:47
>>481
地獄やな

485: 名無し 2017/12/08(金)21:17:31 ID:zx3
故叛將韓綜、爲魏前軍督、亦斬之。獲車乘牛馬驢騾各數千、資器山積、振旅而歸。

昔反した将韓綜は、魏の前軍督となっていたが、これもまた斬った。車、牛、馬、驢馬、騾馬を各数千獲得し、物資、武器を山積みし、軍旅を振るわせて帰った。

489: 名無し 2017/12/08(金)21:18:47
>>485
韓当が泣いてるぞ

488: 名無し 2017/12/08(金)21:18:32 ID:zx3
進封恪陽都侯、加荊揚州牧、督中外諸軍事、賜金一百斤、馬二百匹、繒布各萬匹。

諸葛恪を陽都侯に封爵を進め、荊、揚州牧を加え、内外の諸軍事を督させ、金百斤、馬二百匹、絹と布を各一万匹を賜った。

496: 名無し 2017/12/08(金)21:20:12
>>488
呉ってどうしても二代目に育成に失敗するよね

成功したのは陸遜くらいかな?

498: 名無し 2017/12/08(金)21:21:06
>>496
孫登「早死にするという育成失敗」

501: 名無し 2017/12/08(金)21:22:21 ID:zx3
>>496
むしろ陸抗が特例だと思う

492: 名無し 2017/12/08(金)21:19:41 ID:zx3
恪、遂有輕敵之心。以十二月戰克、明年春、復欲出軍。

諸葛恪は、こうして敵を軽んじるようになった。十二月の戦いに勝ち、翌年の春、また出陣しようとした。

504: 名無し 2017/12/08(金)21:22:40
>>492
フラグが経ったな

494: 名無し 2017/12/08(金)21:20:00
丁奉っていま顔あり武将なんやな
このスレ見てると
いつも無双やりたくなんねんけど
終わると満足してまうねんな

504: 名無し 2017/12/08(金)21:22:40
>>494
ワイも鄧艾伝終わった後
無双8やりたいって思ったけど
冷静になって
どうせ面白くないからええわってなって辞めた

497: 名無し 2017/12/08(金)21:20:34 ID:zx3
諸大臣以爲、數出罷勞、同辭諫恪、恪不聽。中散大夫?延、或以固爭、扶出。

諸大臣は、何度も出陣して疲労していることから、言葉を揃えて諸葛恪を諌めたが、諸葛恪は聞かなかった。中散大夫蒋延が、あるいは強く論争すると、連れ出された。

499: 名無し 2017/12/08(金)21:21:34 ID:zx3
※諸葛恪が論を著し衆を諭したが長いので省略
古今では座して動かず敵を強大にさせてしまった例が多くあるとし、今出陣しなければならないと主張
衆は皆諸葛恪の意思の固さを知り反論しなくなってしまう

510: 名無し 2017/12/08(金)21:24:49
>>499
実際国力差が開きすぎてる上に
呉は二宮でボロボロだから
戦える時に戦わないとじり貧で詰むんだよな
この時点でほぼ詰んでるけど

514: 名無し 2017/12/08(金)21:26:09 ID:zx3
>>510
今回略しちゃったけど
言ってることは正論なんだよね
諸葛恪伝全部訳そうとすれば多分日をまたいでしまうから
かなり省略させてもらったけど

502: 名無し 2017/12/08(金)21:22:38 ID:zx3
※丹楊太守聶友が諌めるが長いので省略
諸葛恪は上記の論を書き写して聶友に渡し、読んで納得してもらおうとした
諸葛恪は結局二十万の軍を発し、百姓を騒がせ人心を失ってしまう

507: 名無し 2017/12/08(金)21:23:35
>>502
この辺姜維とやってること同じだな

511: 名無し 2017/12/08(金)21:24:52 ID:zx3
>>507
実績出してから驕って没落
今回は鄧艾もそうやし姜維や諸葛恪とそういう人物ばっかりやな

508: 名無し 2017/12/08(金)21:23:57 ID:zx3
恪意、欲曜威淮南、驅略民人。而、諸將或難之曰「今引軍深入、疆?之民、必相率遠遁、恐兵勞而功少。

諸葛恪の意は、威を淮南に輝かせ、民人を略奪することにあった。しかし、諸将のある者が論難した「今軍を引き連れて深く入れば、国境の民は、必ず互いを率いて遠くに遁走し、恐らく兵は苦労しても功は少ないでしょう。

513: 名無し 2017/12/08(金)21:25:33
>>508
本当呉は人口不足だなぁ
呉三国志とかいう本でも
ずっと後半その事ばっかやってたわ

519: 名無し 2017/12/08(金)21:27:05
>>513
船出して日本まで人さらいに来ようとしてたんやで
無理やったけど

512: 名無し 2017/12/08(金)21:25:12 ID:zx3
不如、止圍新城。新城困、救必至。至而圖之、乃可大獲」

止まって新城を囲んだ方がよろしいでしょう。新城が困窮すれば、救援が必ず到ります。到ってこれを図れば、大きな利を得られます」

516: 名無し 2017/12/08(金)21:26:19 ID:zx3
恪從其計、迴軍還圍新城。攻守連月、城不拔。士卒疲勞、因暑飲水、泄下流腫、病者大半、死傷塗地。

諸葛恪はその計に従い、軍を回らせて帰って新城を囲んだ。連月攻守したが、城は抜けなかった。士卒は疲労し、暑さのため水を飲み、下痢や脚気になり、大半が病人になり、死傷者は地を覆った。

522: 名無し 2017/12/08(金)21:27:47
>>516
こいつらいつも合肥で負けてんな

525: 名無し 2017/12/08(金)21:28:38
>>522
劉馥がすごかっただけや

518: 名無し 2017/12/08(金)21:26:35
どうでもええけど
無双8の公式サイトのシナリオが三国鼎立まで
ってどういうことやねん
舐めてるのか

524: 名無し 2017/12/08(金)21:28:38 ID:zx3
>>518
晋の勢力がいるから
晋の成立まではやるんやない?

534: 名無し 2017/12/08(金)21:31:02
>>524
どうせなら蜀滅亡までやるべきやろ
姜維プレイなら
演義さながらの周り全部敵な感覚が楽しめるぞ!

538: 名無し 2017/12/08(金)21:32:48 ID:zx3
>>534
なんやそれ悲しすぎるやろ
味方になってくれるプレイアブルキャラって
夏侯覇くらいしかおらんやん

546: 名無し 2017/12/08(金)21:35:59
>>538
でもワイは鄧艾使って蜀滅ぼしたいし…
後キャラクター欄にカコウハいなくね?

てか袁紹軍誰もいなくて草
ワイの好きな武将全然いねえじゃん

552: 名無し 2017/12/08(金)21:36:56 ID:zx3
>>546
覇ってリストラなの!?
味方誰もおらんやん

565: 名無し 2017/12/08(金)21:39:30
>>552
晋におったわすまんな
マスク被ってんのは三大リスペクトなんか…?

572: 名無し 2017/12/08(金)21:41:04 ID:zx3
>>565
三大知らんから調べてみたら
マスクとかいうレベルやなくて草

520: 名無し 2017/12/08(金)21:27:25 ID:zx3
諸營吏日白病者多、恪以爲詐、欲斬之。自是莫敢言。恪、?惟失計、而恥城不下、忿形於色。

諸営の吏は毎日病人が多いと申したが、諸葛恪は偽りだとし、斬ろうとした。それより言おうとする者はいなくなった。諸葛恪は、内心失計だと思い、しかも城を下せぬのを恥じ、怒りが表れた。

527: 名無し 2017/12/08(金)21:29:38
>>520
大見得切って出てきたから戻れんやろなあ
いっそ魏に降伏すれば

523: 名無し 2017/12/08(金)21:28:17
合肥は八百長レベルで負ける呉サイドにも問題がある

528: 名無し 2017/12/08(金)21:29:41
合肥は当たってあとは流れで……

526: 名無し 2017/12/08(金)21:28:53 ID:zx3
將軍朱異、有所是非。恪、怒立、奪其兵。都尉蔡林、數陳軍計、恪不能用、策馬奔魏。魏、知戰士罷病、乃進救兵。恪、引軍而去。

将軍朱異が、是非を述べた。諸葛恪は、立腹し、その兵を奪った。都尉蔡林が、何度も計を述べたが、諸葛恪に用いられず、馬に鞭打って魏に走った。魏は、兵士が疲れて病となっていると知り、かくして救援の兵を進めた。諸葛恪は、軍を率いて退却した。

531: 名無し 2017/12/08(金)21:30:04 ID:zx3
士卒傷病、流曳道路、或頓仆坑壑、或見略獲。存亡忿痛、大小呼嗟。而、恪晏然自若。

士卒は傷病し、道中で流離い、ある者は穴や溝に倒れ、ある者は捕らえられた。生者も死者も悲憤し、貴人も賎民も怨嗟した。しかし、諸葛恪は泰然自若としていた。

533: 名無し 2017/12/08(金)21:30:48
>>531
面の皮コロコロコミックやな

535: 名無し 2017/12/08(金)21:31:10 ID:zx3
出、住江渚一月、圖起田於潯陽。詔召相銜、徐乃旋師。由此、衆庶失望、而怨黷興矣。

出でて、長江の岸辺に一月留まり、潯陽で屯田をしようと図った。召還の詔が続き、ようやく軍を戻した。これらから、衆に失望され、怨みと非難が興った。

536: 名無し 2017/12/08(金)21:32:12 ID:zx3
秋八月軍還、陳兵導從、歸入府館。?召中書令孫?、厲聲謂曰「卿等、何敢妄數作詔?」?、惶懼辭出、因病還家。

秋八月軍を帰し、兵を並べて先導、従者とし、帰って府館に入った。即座に中書令孫?を召し、声を荒げて言った「卿らは、どうして妄りに何度も詔を作ったのだ?」孫?は、恐れて辞去すると、病となって家に帰った。

539: 名無し 2017/12/08(金)21:33:11 ID:zx3
恪征行之後、曹所奏署令長職司、一罷更選。愈治威嚴、多所罪責、當進見者、無不竦息。又、改易宿衞、用其親近。復敕兵嚴、欲向青徐。

諸葛恪は出征の後、選曹が上奏して任命した令、長、職、司を、一斉に罷免して改めて選んだ。威厳を増そうとし、多く者の罪を責め、謁見する者で、息を潜めぬ人はいなかった。また、宿衛を改め、親しい者を用いた。また兵を整えるよう命じ、青、徐に向かおうとした。

542: 名無し 2017/12/08(金)21:34:23 ID:zx3
孫峻、因民之多怨、衆之所嫌、搆恪欲爲變、與亮謀、置酒請恪。

孫峻は、民の多くが怨み、衆が嫌っていることにより、諸葛恪に(策を)講じて変事を起こそうとし、孫亮と謀り、酒を用意して諸葛恪を呼んだ。

543: 名無し 2017/12/08(金)21:34:59
>>542
孫峻さんもたいがいですねぇ…

544: 名無し 2017/12/08(金)21:35:11
>>542
どの口で言うのか

545: 名無し 2017/12/08(金)21:35:28 ID:zx3
恪、將見之夜、精爽擾動、通夕不寐。

諸葛恪は、会見の前夜、精神が乱れ、夜を通して眠れなかった。

548: 名無し 2017/12/08(金)21:36:08
だいぶ前から乱れてると思う

549: 名無し 2017/12/08(金)21:36:26 ID:zx3
明將盥漱、聞水腥臭、侍者授衣、衣服亦臭。恪、怪其故、易衣易水、其臭如初、意惆悵不悅。

明けて顔を洗おうとすると、水が生臭く、従者が衣を渡すと、衣服もまた臭かった。諸葛恪は、そのわけを怪しみ、衣を換え水を換えたが、その臭いは初めと同じく、恨み嘆いて喜ばなかった。

556: 名無し 2017/12/08(金)21:37:30 ID:zx3
嚴畢趨出、犬銜引其衣、恪曰「犬、不欲我行乎」還坐。頃刻乃復起、犬又銜其衣、恪令從者逐犬、遂升車。

支度を終えて進み出ようとすると、犬がその衣をくわえて引っ張ったので、諸葛恪は言った「犬よ、私を行かせようとしないのか」帰って座った。しばらくしてまた起つと、犬はまたその衣をくわえたので、諸葛恪は従者に犬を放逐させ、遂に車に乗った。

558: 名無し 2017/12/08(金)21:38:05
>>556
護身完成かな?

561: 名無し 2017/12/08(金)21:38:33 ID:zx3
初、恪將征淮南、有孝子著?衣、入其閤中。從者白之、令外詰問、孝子曰「不自覺入」時、中外守備、亦悉不見、衆皆異之。

当初、諸葛恪が淮南を征討しようとすると、孝行者が喪服を着て、閤の中に入っていた。従者がそれを申し、外に出して詰問させると、孝行者は言った「自覚せずに入っておりました」この時、中外の守備兵は、誰も見ておらず、衆は皆不思議に思った。

566: 名無し 2017/12/08(金)21:39:34 ID:zx3
出行之後、所坐廳事屋、棟中折。自新城、出住東興、有白虹見其船。還拜?陵、白虹復繞其車。

出行の後、勤めていた役所の屋根の、棟が真ん中から折れた。新城から、東興に出て留まると、白虹がその船に現れた。帰って蒋陵(孫権の墓)に参拝すると、白虹がまたその車を囲んだ。

580: 名無し 2017/12/08(金)21:41:59
>>566
こいついつもフラグ立てられてんな

570: 名無し 2017/12/08(金)21:40:36 ID:zx3
及將見、駐車宮門。峻、已伏兵於帷中、恐恪不時入事泄、自出見恪曰

会見に及び、車を宮門に停めた。孫峻は、すでに兵を帷の中に伏せ、諸葛恪がすぐ入らねば事が漏れると恐れ、自ら出で諸葛恪に会って言った

574: 名無し 2017/12/08(金)21:41:18
こんなにフラグ立ってんのに気づけよ諸葛恪

579: 名無し 2017/12/08(金)21:41:56 ID:zx3
「使君、若尊體不安、自可須後。峻、當具白主上」欲以嘗知恪。恪答曰「當自力入」

「使君、もしお体が不調なら、後でもよろしいです。孫峻が、主上につぶさに申し上げましょう」諸葛恪が察知しているか探った。諸葛恪は答えた「入るよう努める」

584: 名無し 2017/12/08(金)21:43:14 ID:zx3
散騎常侍張約、朱恩等、密書與恪曰「今日張設非常、疑有他故」恪、省書而去。

散騎常侍張約、朱恩らが、密書を諸葛恪に与えた「今日の(酒宴の)用意は普通ではなく、他意を疑えます」諸葛恪は、書を省みて去った。

586: 名無し 2017/12/08(金)21:44:29 ID:zx3
未出路門、逢太常滕胤。恪曰「卒腹痛、不任入」

路門を出ぬうちに、太常滕胤に会った。諸葛恪は言った「にわかに腹が痛くなったので、入れない」

590: 名無し 2017/12/08(金)21:45:37 ID:zx3
胤、不知峻陰計、謂恪曰「君、自行旋未見。今上、置酒請君。君已至門、宜當力進」

滕胤は、孫峻の密計を知らず、諸葛恪に言った「君は、行って帰還してからまだ拝謁をしておりません。今上は、酒を用意して君を招いております。君はすでに門まで来ているので、進むよう努めるのがよろしいでしょう」

592: 名無し 2017/12/08(金)21:47:05
>>590
滕胤ナイスやで

591: 名無し 2017/12/08(金)21:46:50 ID:zx3
恪、躊躇而還、劍履上殿、謝亮、還坐。

諸葛恪は、躊躇して戻り、剣を帯び靴を履いたまま殿に上り、孫亮に感謝し、座についた。

596: 名無し 2017/12/08(金)21:47:46 ID:zx3
設酒、恪疑、未飲、峻因曰「使君、病未善平、當有常服藥酒。自可取之」恪、意乃安、別飲所齎酒。

酒を用意されると、諸葛恪は疑い、飲まず、孫峻はこうして言った「使君の、病はまだ良くなっていないので、常に服している薬酒がございましょう。取って来られては」諸葛恪は、安心し、別に持ってきた酒を飲んだ。

599: 名無し 2017/12/08(金)21:48:43 ID:zx3
酒數行、亮還?。峻、起如廁。解長衣、著短服、出曰「有詔、收諸葛恪!」恪、驚起、拔劍未得而峻刀交下。

酒が数度巡ると、孫亮は内に帰った。孫峻は、起き立って厠に行った。長い衣を脱ぎ、短い服を着、出て言った「詔があり、諸葛恪を捕らえよ!」諸葛恪は、驚いて起き立ったが、剣を抜かぬうちに孫峻の刀が交々と下った。

603: 名無し 2017/12/08(金)21:49:50 ID:zx3
張約、從旁斫峻、裁傷左手。峻、應手斫約、斷右臂。武衞之士、皆趨上殿、峻云「所取者恪也、今已死」悉令復刃。乃除地、更飲。

張約、傍らから孫峻を斬り、左手を傷つけた。孫峻は、手に応じて張約を斬り、右肘を切断した。護衛の士が、皆殿に駆け上がると、孫峻は言った「捕らえるべき諸葛恪は、今すでに死んだ」ことごとく刃を収めさせた。かくして地面を掃除し、改めて飲んだ。

607: 名無し 2017/12/08(金)21:50:26
よっしゃ飲んだろ!

609: 名無し 2017/12/08(金)21:50:50 ID:zx3
※これより先に童謡で諸葛恪が石子岡に葬られることが予言されるが省略
諸葛恪は実際石子岡に遺体を棄てられる
後に遺体を埋葬することを許されるがそのくだりも省略する

611: 名無し 2017/12/08(金)21:51:58 ID:zx3
評曰。諸葛恪、才氣幹略、邦人所稱。然驕且吝、周公無觀、況在於恪。矜己陵人、能無敗乎。

評に曰く。諸葛恪は、才気と謀略を、国の人に称えられた。しかしながら驕慢かつ物惜しみし、それがあれば周公ですら見るに堪えず(※)ましてや諸葛恪ならなおさらである。己を誇り人を凌辱し、敗れないわけがない。

※周公は周の時代の政治家
立派な人物としてよく名前が挙がるが、ここでは諸葛恪のような欠点があれば周公ですら見るに堪えなくなるというように諸葛恪を批判する目的で使用されている

615: 名無し 2017/12/08(金)21:53:12 ID:zx3
若躬行所與陸遜及弟融之書、則悔吝不至、何尤禍之有哉。

もし自ら陸遜及び弟諸葛融に与えた書のように行っていれば、後悔はせず、どうして禍が起こったであろうか。

617: 名無し 2017/12/08(金)21:54:50
>>615
辛辣で草

620: 名無し 2017/12/08(金)21:57:22
才能と性格兼ね備えるとか難しすぎんだよなぁ…
光武帝助けて!

624: 名無し 2017/12/08(金)21:58:25
両方兼ね備えてるのは難しいから
仲のいい同僚や君主に助けてもらわなきゃいけないんだけど
そういうのいなかったからね

622: 名無し 2017/12/08(金)21:57:59 ID:zx3
これで諸葛恪伝は終わりや
見てくれた人サンガツ

626: 名無し 2017/12/08(金)21:59:01
>>622
乙やで~

627: 名無し 2017/12/08(金)21:59:04
>>622
乙やで

-歴史書の訳
-

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