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【戦国いい話11】竹中半兵衛「小便をその場で垂れ流せ」&京都所司代として活躍した板倉勝重

2022年7月14日

286: 名無し 2008/04/04(金) 18:32:51

名将言行録にあった竹中半兵衛の話

ある日、半兵衛が人々の前で合戦の話をしていると、その最中に息子の左京(後の竹中重門)が座を立って退出し、しばらくしてから戻ってきた。
戦物語の途中に座を立つことがあるか、と、半兵衛が息子に対して叱りつけると、左京は小便に行っていたのです、と言い訳した。
すると、半兵衛は「ならなぜ小便をその場で垂れ流さないのか。竹中の子が合戦の話に夢中になるあまり、小便をもらす粗相をしたと言われるのは当家にとって名誉なことだ」
と、言った。

 

287: 名無し 2008/04/04(金) 22:12:48
ノブヤボ天下創世やってるとどこでも起こるあのイベントか。

ニュース


289: 名無し 2008/04/05(土) 18:09:17

ちょっといい話というより、ちょっと悪い話。

悪逆な戦国武将として名高い松永久秀が織田信長のもとで活躍していたころ、久秀は信長に陣中の兵士について訴えた。
「兵士たちがたびたび陣を抜け出して近くの町に入り浸り、乱暴狼藉を働くので風紀が乱れています」
これを聞いた信長は秩序を取り戻すために、陣中の兵士たちが町の中に入ることを禁じた。
町へ買い出しに行くこともできなくなった兵士たちは困り果てた。そこへ松永久秀は直属の部下をひそかに町に派遣してまんじゅうを買い占めさせ、そのまんじゅうを陣中の兵士たちに売りつけると、飛ぶように売れた。調子にのった松永久秀は娯楽に飢えた兵士たちに遊女を世話することまでして大いに儲けた。
信長が発した町への立ち入りを禁ずる命令がうまく利用されてしまったわけである。

 

290: 名無し 2008/04/05(土) 21:40:23
さすが松永久秀w

 

291: 名無し 2008/04/05(土) 22:43:47

竹中半兵衛には逸話が多いよね。

ある時、黒田官兵衛が「秀吉様から恩賞として約束頂いた領地が、いっこうに頂けない。約束の書状が溜まるばかりだ。」
それを聞いた半兵衛は、ではその書状を見せて欲しいと言った。
官兵衛から書状を受け取った半兵衛は、そのまま囲炉裏に放り込み、すべて灰にしてしまった。
唖然とする官兵衛にこう言った。
「この様な書状があるから、欲が出て秀吉様に疑心を抱く事になります。
秀吉様にあらぬ嫌疑を抱かれぬ様、ご懸念致して下され。」
さすがに官兵衛はその意味を悟り、黙ってうなずいた。

 

292: 名無し 2008/04/05(土) 23:18:34
なんか政宗の百万石の書状の話に似てるな。
家康以下の偉大なやつらがみんな死んだ後に政宗が百万石の話を蒸し返して脅したら井伊の息子が激怒して書状を破いて「こんなものは御家の為になりません」と威圧されて
政宗が恥じ入ってショボーンした話。

 

293: 名無し 2008/04/05(土) 23:38:01

江戸初期だが…
諸藩が二条城の普請を命じられたとき、彦根藩では軍学者岡本半介が奉行となった。
これは実質諸藩の競争だった。
堀を掘るときに排水が問題となり、諸藩は必死に排水を行ったが、半介は休むよう命じた。
その後作業を再開したときには既に彦根藩の受け持ちの部分の水は
もっと深く掘った藩のほうへ流れ排水されていたので簡単に掘り進めることが出来た。
また、諸藩が堀の底を平らにしているときに半介は何もしなかった。
幕府の目付けが理由をきくと、「これは甲州流で、敵が底を移動しにくいようにわざと底をデコボコにしてある」といった。
せっかく平らにした諸藩もまたデコボコに直さねばならなくなった。

次に江戸城の彦根藩普請総奉行の際、岡本は作業を遅くやらせ、諸藩が天井を完成させると言うときに、
また天井造りに取り掛かっていなかった。
そのとき、岡本は幕府の目付けを呼んで天井を造るので裏を確認してほしいと頼んだ。
当時、本多正純失脚をめぐって『宇都宮釣り天井事件』の風聞が流れていたので、
目付けたちは不覚だったと天井の奥を確認することになり、諸藩はせっかく完成させた天井をまた剥さねばならなくなった。
その隙に半介は天井を完成させた。

 

295: 名無し 2008/04/06(日) 05:48:02

多分、史実じゃないけどちょっと良い話。

明智光秀の父が亡くなり、盛大に葬儀が営まれた。
焼香が始まり、家臣達の番になった。家臣の中に立派な風格を持った者がいて、彼の順番は三番目であった。
だが、彼の焼香の作法は立派な武将のそれとは違い、
刀を置き、頭を床に擦り付ける、まるで農夫の様な振る舞いであった。
周囲の者は「なんと立派な武士と思ったが、まるで作法がなっておらん。
これでは故人も、うかばれぬぞ。」と冷笑した。

それを聞いた光秀は立ち上がり、周囲に言った。
「この者は明智家の重臣だ。もちろん作法の心得もある、だが元は農夫だった彼を見込んで、父が武士に取り立てたのだ。彼はその時の恩を忘れずに、皆に笑われようが農夫の作法で焼香したのだ。これが真の忠義では無いのか。」
冷笑した者達は深く恥じ入り、顔を伏せた。

 

298: 名無し 2008/04/07(月) 00:07:47
>>295
時代の違いといえばそれまでだが、何がいい話なのかわからん。
まあ作り話だとは自分も思うからつっこむだけ野暮だが。

 

299: 名無し 2008/04/07(月) 06:36:13
>>298
まあ要するに、出世して偉くなったからといって
身分の低かった頃の恩を忘れてはいません…て事を家臣は光秀の父に伝えたかったんじゃない?

 

300: 名無し 2008/04/07(月) 14:21:09
恥という概念がないと判りにくい話かもね

 

301: 名無し 2008/04/07(月) 14:48:29
まあ、少なくとも今の感覚なら、立派に武士のなりを見せて、
お陰様でこうして立派に武士として振る舞うことができるようになりましたって姿を見せてナンボだと思うよな。

 

296: 名無し 2008/04/06(日) 07:49:46

大坂冬の陣、夏の陣の頃に幕府の京都所司代として活躍した板倉勝重の話。

板倉勝重が若い頃、近所の家に強盗が押し入って家の者を殺害し、そして、それをごまかすために家に火をつけるという事件が起きた。
焼けた家と焼死体を見た近所の人たちは、火の不始末か何かで火事が起こり、逃げ遅れて焼け死んだのではないかと推測したが、ただ一人、勝重だけは
「これは殺人だ。何者かに殺された後に火をつけられたんだ」と主張した。近所の人たちがその根拠をたずねると、勝重は、
「焼けた被害者の鼻の穴には火事によるスス汚れが全然ない。生きている間に火事が起きたのなら大量のススや煙を鼻に吸い込んでいるはずだ」と、答えたので、人々はなるほどと感心した。
その後、殺人の線で捜査が進められると程なくして下手人が捕まり、事件は無事に解決した。

297: 名無し 2008/04/06(日) 15:15:41
板倉勝重「ペロッ、これは青酸カリ!」

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