食の歴史

【食】煮魚とか味噌醤油以前は塩だけ?&江戸時代の屋台について

553: 名無し 2006/08/06(日) 23:50:38

煮魚とか味噌醤油以前は塩だけ?
釜の蓋を開けずに米を焚くのは日本人だけ?

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556: 名無し 2006/08/07(月) 10:43:21
梅酢とか?
味醂はどの時期からあったんだろう。

 

557: 名無し 2006/08/07(月) 13:00:05
まず、味噌(飛鳥時代~)と醤油(鎌倉?~)では時代が違う。
醤油は諸説あるようだ。(豆醤時代~・味噌のたまり由来~等)
味醂も飲用としての歴史は古いが調味料としては江戸時代かららしい。
まぁ普通に考えると、魚醤(いしる等)・潮汁(魚介の持つ塩分のみ)ってとこだろうな。

 

558: 名無し 2006/08/07(月) 20:31:59
梅系の調味料は結構古かったかも

 

559: 名無し 2006/08/08(火) 05:00:24
塩梅って言葉があるぐらいだから古いよね。

 

560: 名無し 2006/08/08(火) 09:32:12

飛鳥か奈良時代だと思う。

その頃、梅の花を愛でる習慣が中国から入ってきた。
ひょっとしたらもっと古いかもだけど。
孔明が、喉が乾いた兵士達に「梅の木がある」と言って唾を出させることで喉の渇きを我慢させたって逸話が。
(梅が酸っぱい味の代名詞だった証拠)

 

561: 名無し 2006/08/08(火) 12:29:36
>>560
それは曹操じゃなかったか?

 

565: 名無し 2006/08/09(水) 22:29:05

梅は元々工業用の酸を取るため(塩に漬けて梅酢を作る)の技術と薬用や調味料としての烏梅の技術が飛鳥くらいに入ってきたのが始まりかと

製法や利用法が合流して梅干と言われるようになったのが室町くらい

 

564: 名無し 2006/08/09(水) 21:01:02
ところで江戸の町で深夜に屋台をかついでそばを売る絵があるけど
あれっ火も使えないからどんな蕎麦だったんだろう?

 

567: 名無し 2006/08/09(水) 23:35:30
>>564
薪で沸かせるぜ。

 

569: 名無し 2006/08/10(木) 01:39:46
>>564
天麩羅の屋台だってあったんだよ。
薪は火持ちがしない(燃え尽きるのが早い)から炭を使うと思う。
それも備長炭のように堅めのやつで。
小型の七輪ですむしね。
家庭や店の竈なら薪でもいいけど、屋台の場合はねぇ。

 

570: 名無し 2006/08/10(木) 19:36:45
>>569
なるほど備長炭で暖めていたという事は
当時の深夜の出店そばはかけそばみたいな感じだったのでしょうか
冬なのに風鈴をつけて客に来た事を知らせていたようですが

 

572: 名無し 2006/08/10(木) 21:00:53
>>570
そうみたい。熱々のダシをかけて客に渡したらしい。
幕末になると、鍋焼きうどんもあったそうだよ。

 

572: 名無し 2006/08/10(木) 21:00:53

>>569さんが書いてる通りで、七輪に小鍋だと意外と楽みたいです。炭の燃焼カロリーはプロパンガスより高いから少量で高温になる。

焼き魚などで炭を使うといいのは、水素を含んでない(少ない)から水蒸気が発生しにくいのでパリッと焼きあがるところだね。

 

571: 名無し 2006/08/10(木) 19:43:49
炭火で天ぷらって凄いね。
ガスコンロでも火加減に手間取ってるのに。

 

574: 名無し 2006/08/10(木) 23:32:29
元々衛生環境の整わない屋台食で、如何にして食あたりを防ぐかの工夫が天麩羅であり、酢締め・酢飯(寿司)だったんだっけ。

 

575: 名無し 2006/08/11(金) 00:08:21
>元々衛生環境の整わない屋台食で、
それ以前にてんぷらは日本には無かったし、握り寿司だって生魚じゃ無かったよ。

 

576: 名無し 2006/08/11(金) 06:15:14
江戸時代で屋台の衛生環境云々は問題になるかなぁ

 

577: 名無し 2006/08/11(金) 09:50:45
>>576
食材の傷みによる「食あたり」はあっただろうし、それを防ぐ手立ては必要だったんじゃないの?今みたいに冷蔵技術がある訳でもなし、酢締めか火を入れる形で食あたりを防いでたんじゃないの?

 

579: 名無し 2006/08/11(金) 19:08:08
>>577
ていうかね、今と同じような衛生観念が当時にあったかってことでしょ。
夏の冷蔵技術なんて概念すら無い時代なんだし。

 

580: 名無し 2006/08/11(金) 19:28:17
>>579
そりゃアンタ、今と同じような形での衛生概念はないだろうけど、少なくとも「あたらない」程度の配慮はするでしょうよ、てことよ。

 

578: 名無し 2006/08/11(金) 12:27:49
食う側の耐性も今よりは高かっただろうしね

 

581: 名無し 2006/08/12(土) 00:40:53
もちろん、握り寿司のネタは火を通したお魚だったよ。
煮アナゴはその名残。

 

583: 名無し 2006/08/12(土) 05:39:10

マグロも"づけ"にして少しでも腐敗を防ごうとしたっけ?

結果 江戸時代とか明治初期は赤身が人気で トロ,オオトロなんか人気ないどころか捨てられたときいた・・・

割と近代だよねトロ,オオトロのような油こぃいネタが好まれるようになったの・・・

 

584: 名無し 2006/08/13(日) 19:28:56

今でもさぁ、どっちがマグロの味がするかって言うと絶対に赤身。中トロくらいまでは脂身の旨味も楽しめるけど、大トロまでいくと脂臭いだけで旨味はないように思うよ@俺の舌

ああ、一度でいいから本当の江戸時代の味を味わってみたいね。でも醤油も味噌も、下手したら塩までも味が変わってるんだろうし、完全な再現はできないのかね。

 

585: 名無し 2006/08/13(日) 19:36:57
>>584
文献や伝統的な製法その他で、完全な再現はできるかもしれない。
だが、それが完全な再現かどうかは誰も判断できない。
江戸時代を生きた人は今、ひとりも生存していないから。

 

586: 名無し 2006/08/13(日) 21:07:13
そうだな、当時のレシピ本では、調味料の分量とかも適当だし、
当時のスタンダードな、味の濃さとかも不明だし。

 

587: 名無し 2006/08/13(日) 21:17:27
醤油や味噌の味も変わってるだろうし、もし完璧なレシピがあって同じように作ったとしても、微妙に違う味になりそう。

 

588: 名無し 2006/08/13(日) 22:11:19
空気や水から違うだろうからな

 

589: 名無し 2006/08/13(日) 23:16:06

味噌なんか作ってる家ごとに味がちがうしねえ。

昔、親父の実家で自家製味噌の味噌汁を出されたけど、
やたらと塩っ辛くて色の薄い味噌汁だったなあ。
あれは豆をケチった味噌だったのかなあ。

江戸時代にもそんな味噌があったかもしれない。

 

590: 名無し 2006/08/13(日) 23:22:08
いやそれは、たっぷり塩を奢った明治以降の味噌

 

591: 名無し 2006/08/13(日) 23:28:10
たぶん味噌や醤油は江戸時代のより今のものの方が美味しいと思うよ。

 

592: 名無し 2006/08/14(月) 00:00:24
江戸時代には塩のほうが貴重だったの?

 

593: 名無し 2006/08/14(月) 01:03:24

豆や米よりかなり貴重だった。

そのため、塩を使わない乳酸発酵による保存食品(漬物、熟鮨など)も発明されている。

 

594: 名無し 2006/08/14(月) 02:56:35
日本は意外と塩を手に入れにくい国土だからね

 

595: 名無し 2006/08/14(月) 05:42:51
入り浜式塩田は広い砂浜が必要だし
何より労力が大変
新入り浜式が開発されたのは源内さんの
時代だから(別に彼が開発したわけじゃないけど)
その頃までの塩は貴重だったんだろうな

 

596: 名無し 2006/08/14(月) 08:01:03

根本的な塩不足は戦後しばらくまで解決してないよ。終戦間際なんか海沿いに配置された軍人の主な仕事は本土決戦に備えて陣地を築く以上に塩作りがメインだったくらいだし。

日本は暑い時は降雨が多く台風まで来て塩田を壊滅させるし乾燥してる時は気温が低いし、塩田を止めた昭和30年代まで日本人は塩不足での死と隣りあわせだったと言っていいよ

 

613: 名無し 2006/08/15(火) 22:03:55

>>596
>終戦間際なんか海沿いに配置された軍人の主な仕事は

当時の内地での塩の自給率は1/4程度。
昭和20年5月末の総力戦会議では、穀類と塩の輸入が最優先とされたそうだが、その基礎となった大蔵省専売局の報告では、

・秋ごろには家畜への配給が不可能となり、家畜の斃死が始まるだろう
・来年には、一般家庭に配給できるかどうかも不明で、国民の上にも家畜と同じ運命が訪れないとは保障し得ない
ということだそうですね。(大井篤「海上護衛戦」より)

 

597: 名無し 2006/08/14(月) 08:11:17
岩塩が取れない時点で不利だよな。

 

598: 名無し 2006/08/14(月) 08:20:05
温泉から少しでも取れないか、とか試してるしね

 

599: 名無し 2006/08/14(月) 09:02:01
髪の長い少女を海にもぐらせて
日光浴させれば、髪の毛に塩が吹くだろ
そんな簡単に塩は集められるのに、なんでそうしなかったんだろう?

 

600: 名無し 2006/08/14(月) 10:52:40
ワロタw
藻塩の作り方はそんな感じだけど、効率悪くて大量生産は無理だ。

 

601: 名無し 2006/08/15(火) 00:46:31

>昭和30年代まで日本人は塩不足での死と隣りあわせだったと言っていいよ

うそだろう、今とは発刊を伴う労働形態が違うとはいえ、
日本人は塩漬け民族だったはず

 

603: 名無し 2006/08/15(火) 09:59:25

少々の塩不足で人間は死にはしない

それに塩田がなくなったのは昭和40年代だ

 

604: 名無し 2006/08/15(火) 13:09:33

日本の場合は内陸部での塩の確保が大変だったんでしょ。
沿岸部だったら各家庭で海水を煮詰めて塩を作ることもできるだろうけど、岩塩が取れない土地柄だと内陸部では塩を安定的に確保することは難しい。

確かに漬物やら何やらで塩はよく使ってるけど、これにしても内陸部では粕漬けや味噌漬けで代用したりしてる訳で、「ないところにはない」のが、当時の塩だったんでそ。

 

605: 名無し 2006/08/15(火) 13:30:59
にがり分が多い塩は簡単に潮解するから、保存するのは大変だったんだ。
だから、粕、味噌、という形にするか魚を塩漬けにしたりすることで塩そのものも保存していた。

 

606: 名無し 2006/08/15(火) 13:35:35
潮解しても変質するわけでも無いし、無問題では?

 

607: 名無し 2006/08/15(火) 14:05:26
変質しやすくなるよお。それに、素焼きの壷とかだと漏れちゃうし

 

608: 名無し 2006/08/15(火) 14:35:07
当時、塩俵といって塩は俵で運んでたの?

 

609: 名無し 2006/08/15(火) 17:36:50
俵だと、余計にもれるな。溶けたお塩だもん

 

610: 名無し 2006/08/15(火) 18:04:09

ある程度もれるのは覚悟して運んでたと思うよ。

たしか、東北か信州の山間部だったかなぁ?
吊るした塩入袋の下に皿をおいて、無駄にしないようにしてたのは。
あちこちでやってそうだが。

 

611: 名無し 2006/08/15(火) 21:03:30
古墳時代から奈良時代にかけては、前出の藻塩ってのが中心だったのかな?
調(献上品)として都に運ばれたりしたんだろうか。
確か海草に海水をかけて乾燥したものを煮詰めるんだっけ?
カリウムとかヨードとか含んでて味わい深そうだ。

 

612: 名無し 2006/08/15(火) 21:23:48

藻塩焼きは最初は干して焼いただけのもの
海藻の灰そのものを使用しており灰塩といった

時代が下がると灰塩を海水に溶いて煮詰める
焼かずに干した海藻と海水を混ぜ煮詰める

と進歩していった

 

614: 名無し 2006/08/15(火) 22:51:59
終戦後もけっこうやばかった。
船舶不足、国共内戦や朝鮮戦争による中国からの輸入途絶
朝鮮特需による工業用需要の増加で世界的な価格高騰など
貴重な闇米で闇塩を買ってたっていうからな

 

615: 名無し 2006/08/15(火) 23:09:14

>>614
なるほどそんなこともあったのですね。
物心ついた頃から専売公社の食卓塩が常に常備されていたので、思いもよりませんでした。ありとあらゆるものが不足して闇で扱われていたってことだけは知ってますから、塩だって、そうなのだったかなくらいな気持ちしかないです。

話変わって
藻塩って海岸で採取した藻を干して焼いて灰にして固めるだけでいいんでしょうか?
本多勝一氏の『ニューギニア高地人』では山中の塩水の泉に枝や草を浸し、それを焼いて灰を固めて、塩として流通させているとありましたから、藻塩も同じようにやればいいとは思いますが。
私事で申し訳ないですが、子供の夏休みの自由研究にちょうどよいかと思っております。

 

618: 名無し 2006/08/16(水) 07:15:01
にがり分を取り除かないと、塩としては味が酷く悪いものになってしまうんじゃなかった?

 

620: 名無し 2006/08/16(水) 22:10:30
>>618
化学塩乙

 

621: 名無し 2006/08/16(水) 22:49:18
一般には5%前後がバランスのいい味といわれてるね、ニガリなど他のミネラル分
ところで>>620は今のイオン透析膜による製塩法がニガリ分を削るとでも思ってるのかな?
ニガリをとるのは遠心分離によってで製塩法の変化とはあまり関係ないんだが

 

622: 名無し 2006/08/17(木) 07:25:04
>>621
5%でしたか、いい事聞いた。

 

622: 名無し 2006/08/17(木) 07:25:04

>>620
海水をそのまま煮詰めて、出来た結晶を舐めてみると面白いよ。

にがりを完全に取り除くと味気ないけど、ある程度は除かないと苦くてしょうがないんだよ。死海の水が不味い理由だね。夏休みの間に一度試してみては?

 

623: 名無し 2006/08/17(木) 10:40:25
>>620
伝統的製塩でもニガリを分離する。塩水を煮詰めて、ある割合まで塩の結晶が析出したら麻布で水分を分離する。
「ある割合」ってのが当時の製塩の秘伝になってる部分で、腕の良い職人ならかなり純粋な塩が製造できたようだ。
濾した時の水分が豆腐製造に使うニガリになるのは言うまでも無い。

 

624: 名無し 2006/08/26(土) 18:17:19
江戸時代の酒は、今よりくどい味だったみたいだね。それに毎年の味が安定せず、かなり「当たりはずれ」が大きかったらしいね。

 

625: 名無し 2006/08/26(土) 19:29:57
精米技術のせいかな、それとも熟成させた酒が多かったからかも

 

626: 名無し 2006/08/26(土) 20:07:05
精米の問題もあるが
玉割できる酒が歓迎されたので、そういう味を狙った。

 

629: 名無し 2006/09/03(日) 20:49:31
水増しすんじゃね、たぶん・・・酒と醤油は輸入品だったから江戸初期は。

 

633: 名無し 2006/09/04(月) 13:01:27
>>629
そうだったんだ。その当時、日本では作ってなかったの?

 

634: 名無し 2006/09/04(月) 15:29:29
>>633
江戸・関八州は清酒や醤油を上方や紀州から輸入していたってぇ話ですね。

 

630: 名無し 2006/09/03(日) 21:41:49

アルコール度数も測定法も無い時代であり、製造もお天気任せ
価格と味を安定させる為に問屋でブレンドし玉割して小売へ、そこでまた玉割
だから、原酒は濃い味である必要があった。

お江戸は水道、元を正せば玉川の水
その水で割ったから玉割
現在でも江戸前の和食では
玉割酒 は使う言葉

 

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