親の手紙、子の心
毛利元就の、三本の矢の逸話の元ともなった、有名な「三子教訓状」。
この話には、少し、続きがある。
この書状、元就からは、読んだら返すようにと言われていたのだが、当主隆元はこれを、大事なお守りとして取り扱い、また、大切な部分を箇条書きにして記録をしていたため、年を越しても手元においていた。
そして、詫び状とともに、この教訓状を返却した。
それへの、元就の返書
「去年お届けした書状を、ただいま頂戴しました。本当に、私の意見をこのように真剣に考えていただき、大切にしていただいた事、こう言うのもなんですが、これほど嬉しい事はありません。…あの書状はもう一度お届けします。どうかそちらに置いて下さい。
あの書状に書いたように、事につけいつも、妙玖(亡妻)の事ばかり考えています。一人になってしまって、内外の事全て、自分一人でしなければならない常態です。隆元、元春、隆景のことは勿論、宍戸に嫁いだ娘にも、色々進言したいことが多いのですが、もう私もくたびれ果ててしまって、根気も続かず、妙玖がいてくれたらと、思うばかりです。本当に語り合える相手も無く、自分の胸に語りかけているような有様です。内は母親が治め、外は父親が治めると言いますが、本当にそのとおりだと思います。
余計なことばかり書いてしまいましたが、口で語れるようなことではないので、つい筆に任せて書き連ねてしまいました。大したことではありませんので、暇な時にでも読んでください。
この書状は恥ずかしいので、読んだら、なるべく早く返却してください。」
いや、元就の元に返却されてそのまま残ったんだよw
かわええ
どっかのヤンデレは論外としても、戦国武将って政略結婚ばっかだったわりに正妻を大事にしてる人多いんだよな
恋愛対象ってよりは人生のパートナーとしての意味合いが強いんだろうが
親父の影響なのか、単に信用してなかったのか・・・。
そういうことじゃないだろう
手紙魔ってことはだな
親子の間なら当然直筆となるよな
人間心理として1つしかない物の保管は厳重となりやすいし、いざ喪失してもわかりやすい
これが100個ある物だとどうなる?
筆跡が敵方にばれやすい
即時性の情報伝達及び確認手段の無い時代において、これは致命的
まして国が大きくなればなるほど相互間の伝達距離もあきやすい
そして対尼子、陶でのやり方をみれば偽手紙の有効性というものを骨身にしみて理解して
いるのが毛利親子
ニュース
大坂冬の陣のころ京都所司代をつとめた板倉勝重の話。
年の暮れも近いある日、京都近辺で窃盗事件が発生し、現場近くの村に犯人がいることまでは突き止めたが、そこの村の人たちは犯人をかばって情報提供にまったく協力しなかった。
業を煮やした勝重の部下が村人を拷問にかけるべきと主張したが、勝重はその意見を採用しなかった。
勝重は村人を村の外れに集め、そこにある地蔵を指差して言った。
「盗みの犯人はそこの地蔵である。こんな悪さをさせぬよう諸君らに交代で見張りを命じる」
信じがたい話ではあったが、所司代の命令とあれば逆らうわけにはいかなかった。
だが、大晦日の前の忙しいころに見張りをするのは辛く、たちまちのうちに村人たちは辟易した。たまりかねた村人たちはついに窃盗の真犯人の名を挙げて見張りをやめさせるように所司代の勝重にお願いした。
地蔵の見張りを命じたのは自白をうながすための策略だったわけである。
ゆがんでるかな俺。
「犯人は分かりませんが、村人全員の責任として、皆で少しずつ出し合って、盗難に遭った人に弁償します」
ってことになってた
・薩摩島津家60万石、滝川一益が羨むスズメ、浜野家の再興
・立花道雪の最後と家臣の絆、小堀遠州と細川忠興
・守銭奴と呼ばれた小野和泉、浅野家に仕えた上田宗箇
・金貨を自慢する伊達政宗と軽蔑する直江兼続、安土城の受付・織田信長
・毛利隆元「どうか父を長生きさせてください」、小早川の一番備・松野主馬