●人物像1:蜀皇帝・劉備玄徳は信用できない狡猾な男?
『演義』で劉備は「中山靖王劉勝(前漢第6代皇帝の子)の末裔」という高貴な出自で、多くの人に尊敬された聖人君主とされている。
だが、この劉勝が食わせ者。後漢時代の『漢書』によれば、劉勝は好色家で生涯に120人もの子どもを成したという。
劉備が生まれた270年後には、数万人の血縁者がいた計算になる。末裔はゴロゴロいて経歴は誤魔化しやすく、尊敬の対象でもなかったのだ。
また正史『三国志』(以下『正史』)には、劉備の性格について意外な記述が。
「口数が少なく暗い。感情を顔に出さず何を考えているかわからない」
仲間も平気で裏切ったという。若い頃は勇猛な呂布につき、呂布がピンチになると敵対する曹操に、曹操に睨まれるとライバル袁紹に、
袁紹が滅びると呉の孫権のもとへ……。聖人君主どころか、信用できない狡猾な人物と評されているのだ。
●人物像2:天才軍師・諸葛亮孔明は連載連敗の戦下手?
天下三分の計を発案し、赤壁の戦いでは100万の曹操軍を火刑で壊滅、劉備の天才軍師として連戦連勝――。
『演義』での諸葛亮のイメージだ。しかし、実像は違う。天下三分の計を考えたのは呉の魯粛(ろしゅく)、赤壁で火刑を考案したのは老将・黄蓋(こうがい)、
司令官として戦場に立った経験は少なく初めて指揮した5度の北伐(魏への侵攻)はいずれも敗退……。『正史』には、こう書かれている。
「諸葛亮は真面目な政治家。蜀内の食糧調達や法整備などを実直にこなした。だが軍事は不得意だったのだろう。
第一次北伐では、劉備が『口先だけの男だから要職につけてはいけない』と評していた馬謖(ばしょく)を重用して大敗。
その後も魏の防御を打ち破ることができず、いたずらに出陣と撤退を繰り返した」
どうやら「希代の名軍師」は後世に作られた虚像のようだ。
こういう書かれ方はしてない
陳寿は口を極めて絶賛している
ただ管仲に対する王子城父、蕭何に対する韓信といった将軍がいなかったので
成功しなかったと書いている
臨機応変の軍略が苦手だった...ってのもそれまで大絶賛の上に敢えて言えばって感じやしな
そもそもこれも断定じゃなくて疑問形で言っとるし
魏延で無理なら無理でしょ
長安強襲するンゴ!→腑抜けが!する頭じゃ無理だわ
楚漢戦争で言うなら良くて陳余とかそのレベルだわ
●人物像3:魏王・曹操孟徳は160cmの低身長がコンプレックス?
『演義』での悪役は魏の曹操。劉備のライバルで、漢帝国をおびやかすスケールの大きい傑物として描かれている。
実際は美人と見れば人妻であろうと口説き、酒を飲みながら詩歌を吟じる人間臭い人物だったようだ。
コンプレックスは、およそ7尺(約160cm)という身長の低さ。南宋時代の歴史書『世説新語』には、次のようなエピソードが記されている。
「ある時、西方の異国から使者が来た。曹操は自分の貧相な外見では舐められてしまうと、
身体の大きい崔炎(さいえん)という部下を君主の座に座らせ自身は従者のように脇に控えていた。
謁見が終わると、人を使い『魏王の印象はいかがでしたか』と使者に尋ねさせた。使者はこう答えたという。
『魏王の体格の立派さには感服しました。ただ横にいた小柄な従者の威厳が気になります。
あの方こそ百年に一度しか現れない偉人でしょう』。これを聞いた曹操は使者を警戒し、その日のうちに殺してしまった」
オーラはあっても、猜疑心の強い人物だったとされる。
『演義』はあくまで小説。史実を知ると、マンガや映画とはまったく違う英雄たちの素顔が見えてくる。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190711-00010002-friday-soci
西暦200年とかなのに160cmで低身長なんか
肉メインで食ってるやつは昔でもそこそこでかい
暗黒時代のヨーロッパでも肉食えない平民は平均160くらいやけど肉ばっか食ってる貴族は平均175くらいあるって棺や骨の記録からわかってる
7尺で160ってなんで?
尺っていうのは地域や歴史で実際の長さが違う
必ずしも30cmではない
南蛮は知能ないんから討伐して当たり前やんけ
朶思大王「は?」
その知能無い奴らに向寵も呂凱も殺されとるんやで
南征終わっても炎上してたからやろ
でもそれ魏も呉も異民族関連に対しては一緒やん
あいつらの反乱は終わらん
>>7
単なる国内の不満そらしガス抜き目的だからじゃないの?
結果演技では盛り上げるためにモンスター路線にしたし
いや南征は裏で呉も絡んでるし確実にヤバい時期やったんや
だからまず呉との同盟締結を重視したんやけどな
>だが、この劉勝が食わせ者。後漢時代の『漢書』によれば、劉勝は好色家で生涯に120人もの子どもを成したという。
はい校長の勝ち
校長は何人子供いんの?
家督の問題を案じ正妻としか子をなさない政治的采配やぞ
司馬懿には勝てんが
諸葛亮「雨さえ降らなきゃ司馬懿倒してたから・・・(震え声
諸葛誕「雨さえ降れば司馬昭倒してたから…」
架空のエロ話で金貰ってる記者もいるし
実話ですか?
実のある話やぞ
いうて別に負けても良い戦いでちょっと負けとるだけで大損害出してる訳じゃ無いし
流石に張こうとか死んでるしちょっとでは無い
死んでもすぐに生き返るし
なら魏の圧勝やな
そいつ死んで司馬懿は困ったの?
魏は困ったやろ
それ司馬懿が上手くやっただけじゃん
この頃の司馬懿はただの魏の将軍だぞ
わかる
やっぱ宋だよな
水滸伝→金進攻→宋滅亡→南宋爆誕→金滅亡→南宋滅亡→武士活躍
ドラマチックや
??「夫婦の像に唾吐くやで~」
>>211
国力差を見て冷静に和平交渉しようとしたシンカイ
玉砕覚悟や!と国の民全員戦争に駆り出そうとした岳飛
何でこれで前者が悪者なんや
それで国が滅んだから
和平交渉を口実にして岳飛以外にも私怨で多くの人を殺してたからやで
その時期はまだ戦えてたのと結局その後じり貧なのがね……
諸葛亮もそうだけど儒教による世界観で評価されるからな
保守的な軍国主義者で身内びいきでも忠臣だから諸葛亮は素晴らしいなんて評価される国だし
中身がね
あれが生きてればね
法正がいれば夷陵で大敗はなかったという風潮
郭嘉がいれば赤壁で大敗はなかったという風潮
法正が長生きしてたらそもそも樊城攻めを関羽一人に任せなかったやろうな