中世欧州

【フランク王国】王国の分裂、短命の王

2021年2月6日

125: 名無し 2011/11/30(水) 22:03:52.25 0
ゲルマンの慣習にのっとって、分国はするのはまずかったよな。 
王国が衰退するとか、分らなかったのかな。 

128: 名無し 2011/11/30(水) 23:38:01.27 0
>>125 
今で言う公という概念がなかったんでしょ 

彼らの感覚では大土地所有者が資産分割してるだけだったってことなんじゃないかな

129: 名無し 2011/12/01(木) 19:11:14.81 0
>>128 
なるほどね。たしかに。 

行政システム、貨幣制度とか満足に持ってなかったから最初にシアグリウスの本拠地攻めたぐらいだし。

126: 名無し 2011/11/30(水) 22:11:17.37 0
それが判らないのを田分けと言うんだ。

127: 名無し 2011/11/30(水) 22:13:23.01 0
理屈では分かっても引くことを知らぬ、とかそんなん?

132: 名無し 2011/12/06(火) 23:10:03.66 0
メロヴィング朝の後半の諸王や、 
他国ならイルハン朝、後漢、東晋、元、明の諸帝と 
ファーティマ朝やセルジュークトルコ後半など 
せいぜい20代30代で病死する君主を連発する王朝がありますが 
昔とはいえ当代最高の食事と医療を享受できたはずなのに 
何が悪かったのだろう? 

141: 名無し 2011/12/08(木) 01:07:11.31 0
>>132 
栄養学があったわけじゃないから「最高の食事」が健康的であるとは限らない 

最高のワインをガバガバ毎日飲んでたらいくら若くても肝臓ぶっ壊して死ぬぞ

133: 名無し 2011/12/06(火) 23:56:33.01 0
徳川家康によれば美食より粗食の方が健康に良いそうだ。

134: 名無し 2011/12/07(水) 09:15:30.59 0
生命力の方は、当時の王は一箇所にとどまれずに移動だらけの重労働だったのが大きいかと
ミッタイスにそんな記述があった。

139: 名無し 2011/12/07(水) 23:13:16.98 0
>>134 
還暦過ぎて永らえたクロタール1世、グントラム、シャルルマーニュ、ルートヴィヒ1世2世といった輩の生命力が逆に人間離れしてたということですか

136: 名無し 2011/12/07(水) 21:58:22.76 0
フランク王国は宮宰に乗っ取られたよね
アッバース朝もスルタンに乗っ取られたし
チャガタイ・ウルスもアミール・キュレゲンに乗っ取られ
意外に日本の天皇と征夷大将軍みたいな関係って多いよね

137: 名無し 2011/12/07(水) 22:40:13.17 0
そらそうよ 

王様が実務執らなければその実務を担う人が実権握るってのは 
現代の株式会社の社長と専務のような関係でも起こる

149: 名無し 2012/01/11(水) 11:53:49.82 0
フランク族は、3世紀の結成時には、フランク族は、十数の支族に分かれライン川の東側の中・下流域に定住した。 
結成から数十年後の4世紀初頭、これら十数の小部族の中からライン川の支流のひとつ、アイセル河口付近に居住するサリ支族、ケルン市近くのライン川東側に居住するリブアリ支族、ヘッセン地方を中心とする上フランク支族が台頭する。 

後にフランク王国を成立させるサリー支族には、海の民でゲルマン人で唯一の商業の民として知られるフリジア(フリース)人も含まれていた。また、かられは海上交易だけでなくローマ人の間では海賊としても知られていた。 

これら3支族によるフランク族の集約化もあり、西暦354年にはライン川上流のアラマンニ族と共にライン川西側の下ゲルマニア州に対する大規模な侵略を開始し、ケルン市を占拠した。しかし… 

西暦358年には、ユリアヌス副帝による効率的かつ効果的な軍団運用によってフランク族もアラマンニ族もライン川東側に撃退された。ライン川を防衛する地元のローマ軍団とユリアヌス直属の騎馬軍団双方を彼は効率的に運用して、両部族は、撃退した。 

この事により大打撃を受けたフランク族は、ローマ帝国に対する敵対性、侵略性を改める事になる。 
そしてフランク族の3大支族は、サリー支族は、事実上ローマ帝国に降伏し、リブアリ支族は、ローマに対する抵抗を続け、上フランク支族は、弱体化しライン川東側に再度定住してしまう。 
これ以降フランク族は、サリー支族とリブアリ支族に2分される。

151: 名無し 2012/01/16(月) 23:39:52.20 0
サノー(兄) 
4世紀後半 

マーカマー(弟) 
4世紀後半 

フェロモンド 
?-428 

クロディオ 
428-448 

メロヴィス 
448-455 

キルデリク 
458-482 

クローヴィス 
485-511

152: 名無し 2012/01/18(水) 06:10:27.68 0
サノーとマーカマーは、順序が逆じゃないですかね? 
それはともかく、サノーとマーカマーは、伝説上の人物とされ実在がかなり疑われています。 

彼らが実在したとしても、おそらく4世紀後半の人物であり、サリー支族がローマ帝国に降伏し、事実上ローマ帝国領内に移住した時期の人物です。モデルになった人物が居りその投影とも言われています。 

元々、サリ支族は、現在のオランダのオーファーアイセル州やヘルダーラント州の西部のフレヴォ湖に(現ゾイテル海)に面した一体の地域が、サリー支族の原住地であった。しかし西暦358年にローマ帝国に降伏してからは、ライン川の共同防衛の軍役を条件にローマ帝国から付与された居留地に移動南下しライン川を越えて南側の現在の北ブラバント州北部(トクサンドリア)に移住した。ライン川を国境線として南側からローマ軍と協力して維持する為でこのサリー支族の居留地をテラ・サリカ(terra Salica)と呼んだ。 

サリー支族は、政治的地位を高めてローマ帝国の同盟軍(foederati, フォエデラティ)の地位を獲得した事でこの様なローマの国境線のライン川防衛に関与出来た。この時期のサリー支族はガロ・ローマ系の地元住民すら同じ民族として迎え入れ混血が進んだ。 

そしてライン川国境線の傭兵としての活動時期の4世紀後半から5世紀前半の間にサリ支族の生活にローマ文化が既に浸透し始める。

153: 名無し 2012/01/18(水) 06:20:51.64 0
伝説とさせるサノー、マーカマー、フェロモンド(ファラモン)の三人の王が支配した時期はちょうどこの時期であった。また最近では、この三人の伝説王の中でもフェロモンド(ファラモン)に関しては、現実性があるという説も出ている。そしてサリー支族の王として長髪をなびかせたのは、このフェロモンド(ファラモン)王が初めてとされる。この習慣は5世紀前半から始まったとされ、時期としてはフェロモンド(ファラモン)王の時期と合致する。 

ちなみにサノー、マーカマーの両王は、トロイヤ人とされており、フランク族の祖先にもトロイヤ人が位置付けられた。 

フェロモンド(ファラモン)の子のクロディオとその子メロヴィスは、ローマ帝国の同盟部族として北ガリアを中心に転戦を繰り返し、兵力の提供も行った。クロディオは、ローマ帝国に認められた居留地の南側の都市トゥールネに軍事的拠点を築く事を認められる。更にその息子のメロヴィスは、ローマの将軍でガリア軍司令官のアエギディウスやアエティウスに協力し、カタラウヌムの戦いでフン族を撃退する。 

この様にクロディオ・メロヴィス親子は、親ローマの同盟部族として活躍しますが、サリー支族の支配領域は基本的に副帝時代のユリアヌスに認められた居留地以外には拡大出来ませんでした。 

クロディオの場合に例外的にトゥールネに軍事拠点を認められたが、それでもサリー支族の居留地を拡張した領土としては認められなかった。

217: 名無し 2013/10/14(月) 16:29:51.81 0
なんでメロヴィング王朝期にはローマ帝国時代と比べて農民の生活の質は低下したの?

219: 名無し 2013/12/21(土) 00:18:31.48 0
>>217 
アンだけ、混乱すれば、当然、経済は停滞するでしょう。 
セナトール貴族は、ローマから逃げ出して、ヴィラに引き篭もっている。 
決済手段も途絶して、物々交換が、復活している始末。農業も商業も全般的に沈滞ムード。 
メロヴィング朝が成立しても、分割相続で、王国が頻繁に分割され、内戦ばっかりだし。

220: 名無し 2013/12/21(土) 14:18:27.51 0
>>219 
それを補う意味でも、中央集権の行政手腕を持つ、ローマ人を宮宰に登用して徴税機構などを整えておりますがな。 

セナトール貴族だってフランク王国の行政に協力してますよ。 

クローヴィス王が、スワソン管区(シアグリウスの国)を制圧する過程でセナトール貴族は協力している訳ですからね。 

王国も瞬間的に分割されて内戦となっていますが、その後に統一を回復してます。

257: 名無し 2015/02/07(土) 23:05:22.42 0
メロヴィング王朝とカロリング王朝は同じフランク王国というけど国王の名前みたら到底同じ民族だとは思えない

259: 名無し 2015/02/24(火) 10:17:01.57 0
現代人には「ピピン」てへんてこな名前に感じるけど、当時の人にとってはどうなんだろう? 

>>257 
メロヴィング時代はまんまゲルマン名だけど、カロリング時代にはかなりラ
テン化されたってことじゃないのかな

261: 名無し 2015/04/13(月) 14:35:42.33 0
>>259 
カロリング朝の始祖の名前だし、頼朝とか尊氏とか家康みたいに偉大な人の名前だしカロリング家のハウスネームだし誇らしい感じだったんじゃないかな? 

日本語でピピンがおかしく感じるのは擬音語・擬態語ぽいのが大きいな。

267: 名無し 2015/08/04(火) 11:23:41.18 0
カロリング朝の先祖はアッティラ大王。ゲルマン世界の最初の統一者。

268: 名無し 2015/08/11(火) 00:33:34.77 0
>>267 
その根拠は?

269: 名無し 2015/08/11(火) 02:16:51.23 0
根拠もなにも有名な話だが。ただし事実かどうかは知らんよ

270: 名無し 2015/08/11(火) 02:21:29.14 0
そう主張してる学者やらを示して欲しいってことです

271: 名無し 2015/08/11(火) 02:22:25.84 0
学者じゃなくてカロリング朝自身の主張じゃないの?

272: 名無し 2015/08/11(火) 05:23:28.90 0
サルマタイの血がフランス貴族層にちょこっとあるらしいから 
アッティラの子孫とは限らないが遊牧騎馬民族と血縁はあるようだね

279: 名無し 2016/02/06(土) 01:28:35.65 0
>>272 
イギリスのリチャード三世のY染色体がコーカサスとかあの辺に多いタイプなんだよ。だからアンジュー家もサルマタイだったかも知れないと思う。

273: 名無し 2015/08/12(水) 10:15:28.27 0
サルマタイとフンはずいぶんイメージが違うぞ 
なんか白人優越主義的的傾向の有るグループとかはサルマタイがヨーロッパの古い層を成してるんだって考え方をしてたりして 
要は弓のスキタイなんかと違って、ランスで突撃のサルマタイが白人優越マッチョ的に良いんだろな。 
そんな奴らはフンの平たい顔族の血筋って言われるのは嫌だろうw

275: 名無し 2015/08/16(日) 21:43:02.57 0
サルマタイは重装槍騎兵で人種的にはコーカソイド系 
フンはオーソドックスな軽装弓騎兵スタイルでアッティラを中心とする支配階級は褐色肌のモンゴロイド系

276: 名無し 2015/08/20(木) 20:52:28.91 0
アッティラがどうのはカロリングという特定の王家一家の話なんだから 
民族一般の話してもしょうがないだろ

282: 名無し 2016/08/29(月) 21:48:01.93 0
スペインだとホセの愛称がぺぺ,イタリアだとジュゼッペの愛称がペッピーノらしいけど,フランク人のピピンってキリスト教の聖人名ジョゼフ/ヨーゼフ(ホセやジュゼッペはこれらの現地読み)と関係あるんやろか。 

てかこの頃のフランク人でキリスト教の聖人名を持つ人っていたんかな。

283: 名無し 2016/08/30(火) 09:33:45.79 0
カペー(Capet)って苗字だけどイタリア風だとカペッティ(Capetti) 
みたいな感じになるんかな

284: 名無し 2017/02/11(土) 23:51:56.75 0
ヴィッヒ(wig)で終わるフランク王の名前のフランス語形だけどルートヴィッヒ(Ludwig)はルイ(Louis)となるのにメロヴィッヒ(Merowig)のほうはメロヴェ(Merovee)。 

メルイ(Merouis)とはならないのね。

285: 名無し 2017/03/01(水) 23:34:27.36 0
ルートヴィッヒ(Ludwig) 
ラテン語形:ルドヴィクス(Ludovicus) 

メロヴィッヒ(Merowig) 
ラテン語形:メロヴェウス(Meroveus) 

後の構成要素は同じwigなゲルマン起源名だけどラテン語形になると一方はvicusと比較的原形をとどめてるのにもう一方はveus・・ 

それにしてもメロヴェウスってなんかギリシャ神話に出てきそうな感じの名前だよなぁ(苦笑)

286: 名無し 2017/04/12(水) 22:41:32.52 0
ルートヴィヒという名前は現在に至るまで広く使われているが 
メロヴィッヒという名前はどうなのだろうか?

287: 名無し 2017/04/13(木) 00:11:01.84 0
ライン分流のメルウェデ川から取られた名前らしい 
クロヴィスの爺さんくらいしか名乗ってない特殊名だったんじゃないか? 
その後広まったとしても、もっぱらメロヴィング王家の名声に拠るものでしかないのでは

289: 名無し 2017/04/14(金) 02:12:41.42 0
メロヴィッヒのメロの部分,ヴァルデマールのマールと同要素で「名だたる」って意味らしいでつ。ちなみにルートヴィッヒのルートも意味としては同じだそうで(ちなみにヴィッヒのほうは「戦士」)。

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