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【売春の歴史】昔はどういった形で売春が行われていたのでしょうか?【吉原・赤線】

2022年5月21日

1: 名無し 02/12/29 21:01
江戸時代>吉原
昭和  >赤線
が有名だけど、学問的な研究ってあるんですかね。

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2: 名無し 02/12/29 21:09
吉原は平成に入ってからも有名だが。

 

12: 名無し 02/12/30 18:44
やっぱり売春って江戸時代から制度化されたの?
むろん、それまでにもあったとは思うけど。
当時のかわら板で風俗誌とかあったのかな。貴重な資料だから読んでみたい。

 

14: 名無し 02/12/30 19:05
>>12
>やっぱり売春って江戸時代から制度化されたの?
公権力のもとで管理されたと言う意味においてはそうでしょう
>当時のかわら板で風俗誌とかあったのかな
「吉原細見」なんて言うのがあります。
また全国の遊里番付もありました。
全国の遊里を訪ね歩いた随筆なんてのも残ってます。

 

18: 名無し 02/12/30 19:49
風俗誌ではなくて、入り口で女を見て、
好みの人を探していたのではないのですか?

 

24: 名無し 02/12/30 22:39
>>18
14氏が書いているよ、「吉原細見」江戸時代のベストセラーだ。
現代のナイタイみたいな本だ。

 

20: 名無し 02/12/30 20:01

今でこそ売春は人目を忍んでやるものだが、江戸時代以前は至極当然のことだった。

ただし、遊郭と婚姻外のセクースは厳罰に処せられた。
どころが、現在は遊郭は禁止されているが、婚姻外のセクースはやりたい放題。

 

22: 名無し 02/12/30 22:23
>>20
遊郭で遊んだら厳罰だったの?

 

23: 名無し 02/12/30 22:37
>>22
「遊郭と婚姻」以外のセクースが厳罰という意味でしょう。

 

25: 名無し 02/12/30 22:43

>>23
結婚後の不倫は、奉行所に訴えられれば厳罰。
一般には和解の相場金額が決まっていた。

未婚者は案外自由だった。

 

26: 名無し 02/12/30 22:44
未婚の者同士ならやり放題だけどな。
なにか不義があってそれが問題化した場合は、村のオトナたちが裁ちさばくことになるわけで。
実際はそうなる前にムラの訳知りの婆さんなどが女をムラからこっそり落としてやったりしていたようだ。

 

28: 名無し 02/12/30 22:49

ちょっといい加減な記憶で書くけど、
吉原でも中級以下は「棚見せ」とかいって、外から顔見て入れた。
(時代劇とかでよく見るでしょ?格子から見えるの)

でも一流どころの太夫とかになると、床に入るまでに最低三回通わなきゃけない。
一回目(初見) 双方偶然を装いすれ違う。目を合わせるだけ
二回目(裏を返す) 客が太夫を座敷に呼び、一言だけ会話する
三回目(床入り)
んで毎回、他の女郎とか、太鼓持ちとかも呼ば無きゃなんないから、
かかる額が半端じゃない。(時代が下るとともに簡略化されたけど)

庶民には夢のような世界を垣間見るためというような感じでも
「吉原再見」は売れたようです。
当時の太夫は芸能人のような存在でもあったしね。

 

35: 名無し 02/12/30 22:59
>>28
そうそう現代でいえば、吉原の太夫達はモー娘みたいなものだ。
庶民にとっては憧れ、付き合えるのは大商人か大名・上級武士
歌舞伎役者くらいだろ。
現代より高級か。

 

29: 名無し 02/12/30 22:51
幕府は儒教を奨励しているという建前から罰も辞さない形式は整えてはいるけど、民事には基本的にあまり介入しない。
あまりに見境のない女がいたりすればまず親戚が見咎めて、藩とかに頼み込む形で牢に入れたりはしたみたいだけど。

 

34: 名無し 02/12/30 22:58

以下すごーく例外の話だけど。
男がらみで問題を起こした素人の女性がいた。
というか、あまりにも魅力的で周りの男どもがとち狂ったと言う感じで、
ある御家人の家が取り潰しになってしまったんだが、
その女性が「魔性の女」だということで、幕府の町奉行所の裁定で
吉原の女郎になれ、という罰を与えられたそうな。

元禄のちょっと後の頃の話だったと思う。

 

50: 名無し 02/12/31 07:32
売春は人類最古の職業だね。
江戸時代になって公営の遊郭ができる。その最古のものは京都の島原。

 

52: 名無し 02/12/31 07:43
>>50
島原は秀吉のときね

 

56: 名無し 02/12/31 08:34
買春するのが恥ずかしい、って風潮は明治になってから?
江戸時代は平気で女買ってたのかな?

 

57: 名無し 02/12/31 08:37
>>56
江戸時代の江戸では女性の数が極端に少ないので当然の事だったでしょう。
買春するのが恥かしい風潮なんて現代にもない。

 

59: 名無し 02/12/31 08:44
>>57
いやいや、あなたの個人的な見解を聞いている訳じゃないですw
「飲む・打つ・買う」のなかで職場や学校でおおっぴらに話題にできない
のは買春でしょ。仲のいい友人間なら別だけど。

 

58: 名無し 02/12/31 08:43

今は援交の名の下に売買春がやりやすくなったわけだが

でも援交は合法にして欲しいよな、売春とは名前が違うんだから。

 

61: 名無し 02/12/31 08:52
女子高生の売春と吉原等ソープ系の売春は一つ事では語れない。

 

62: 名無し 02/12/31 09:02
明治期にキリスト教的倫理観が導入され、買春が恥ずかしいという
意識が芽生えたと思われ。
植木枝盛なんかも廃娼論をぶってたな。

 

63: 名無し 02/12/31 09:29

戦前までは買春=悪・恥って一般的では無かったんじゃない?
池波正太郎なんかのエッセイとか読むと、むしろ男の甲斐性って感じがする。

現在と同様いろんな価値観があったろうし、娼婦への卑賤視とも裏腹な問題でもあるね。

 

101: 名無し 03/01/01 06:19

いまでもかつて三業地だった街(いまは普通の住宅街となっていることもある)を訪れると
気づくのは,家々の建築様式に,非常に奇妙な共通点があることである.
元赤線地帯だった建築様式上の特徴は,
二階建ての建物の二階部分にしっくいが塗られ一階部分は
柱や壁がカラフルな色タイルで飾られている.
柱は丸柱,窓にはステンドグラス,角地の家なら角が独特のカーブの壁面だったりもする.
かつては,軒下にネオンが輝き,入口にはテーブル,椅子,酒瓶などが
ならんでいたのだろう.
この奇妙にモダンな建築様式は,「カフェー様式」と呼ばれる.
赤線における多くの娼家は,「カフェー」に分類されるというタテマエで営業許可されていたのだが
カフェー営業に関する警察の通達が結構こまかいことまで規定していて,これに忠実に従ったために
「一階はタイルばり」という独特の赤線建築様式がうまれたものと思われる.

 

263: 名無し 03/05/08 22:18

>いまでもかつて三業地だった街(いまは普通の住宅街となっていることもある)

去年、夏休みのレポートで近所の元遊郭を調べたんだけど、史跡も資料も少なすぎ。
詳しい事は思い出せないけど、明治以前は市内に散らばっていた旅館や料理屋を、
大正期の廃娼運動で一箇所に集めて「隔離」したのがその遊郭の始まり。>>101
書いた様なきらびやかな建物が大通りにひしめいて、さながらミニ吉原といった
風情だったらしい。おまけに水道が始めて市内に敷設されたのもこの遊郭だった。
ただし、戦後は繁華街が少し遠いという事で一気に廃れてしまった。
売春防止法が施行されるまでは、駅周辺にも青線があって戦後はこっちの方が賑わっ
たらしい。同法施行以前当時の商工会議所名簿を見るとこういう所は「特殊喫茶」
と記されている。
同法が施行されるとこれも潰れちゃったんだが、ホテルに転換してヘルスを併設し
た所もあった。そのホテルの方は潰れて今はヘルスだけやってるよ。

 

105: 名無し 03/01/01 13:24
なんで売春ってなくならないんだろ。
売るほうも買うほうも哀し過ぎる。

 

115: 名無し 03/01/03 01:29
>>105
必要悪だから。
たしか、完全になくすと治安が悪化するという研究もあったはず。
一般女性の強姦被害が激増するより売春を認める方がよい。

 

149: 名無し 03/01/04 11:18
南北朝以前までは、遊女が天皇の側を仕えるようになったり、高級公家の
側室になったりは良くあったそうです。
売春婦は職業の一つとして見られてたようです。

 

150: 名無し 03/01/04 11:24
祇園女御ですね

 

174: 名無し 03/01/30 04:48
私は女でクラブでバイトしてる。
男性陣に聞きたいんだけど、昔の廓の太夫とか
上位の女は教養も共に身につけたって事だけど
そういうのと一緒にいて楽しい?
ステータスと性欲処理だけ満たせれば
男から見たらバカな女のがいいんじゃないか?と
思ったものだから。
自分は毎日新聞読んでるけど店で役立った事一度もない。
へらへら笑って甘えてる方が売れっ子になれるもん。
昔の遊郭だと教養ってのは三味線・踊り・手習い・歌
とかだったんだろうけど、男から見てあんまり出来る女
は可愛げなくみえるんじゃないの?

 

176: 名無し 03/01/30 08:00

>>174
あなたの勤めてるクラブと
江戸時代の遊郭とでは、顧客の求めるものが全く違っていたと思います。

クラブに求めるのは緊張の解放であり、憂さ晴らしですが
当時の男が吉原に求めたのは非日常の世界であり、
お姫様のような高級な女と、擬似恋人として一夜を過ごして
自分もまた高級な人間になったかのような幻想を買うところだったのです。
ただの性欲処理ではありませんでした。
江戸時代の粋人は、ただの性欲処理を味気ないものと考え
売春をこのような高度なシステムにまで高めたのでしょう。

そう考えると、現代では性愛の文化ははるかに退化したと言えるかもしれません。

 

178: 名無し 03/02/01 01:45

>>174
言っちゃ悪いけど、来る客層によって役に立つ立たないがあると思うよ。

> 自分もまた高級な人間になったかのような幻想を買うところだったのです。
一部高級クラブでは、こういうのは現代でもあるぞ。

 

183: 名無し 03/02/02 04:53
>>174さん
男の身勝手だけどね。あんまりバカだとまた困るのよ。
自分よりは知識ない(あるいは、そういうふりをする)
でも、そこそこはないと。こっちの言ってることがサッパシ分かんないでは。
要するに「わあ~、すごい。頭いいのね」が嬉しいわけ。
こっちがいかに凄いかってこと(事実はさておき)理解してくれないとね。

 

181: 名無し 03/02/02 04:42

みんな答えてくれない・・・・

バカな女or賢い女

 

184: 名無し 03/02/02 10:08

>>181
アメリカでの人間の性行動の研究で、
男が女性に最低限どの程度の知性を求めるか調査されています。

平均すると一夜限りの付き合いの場合、
女性に求められる知性は男性の60%
結婚する場合は80%となりました。

よって、単に性的対象としてみるなら馬鹿の方がもてるでしょう。
しかし正式に恋人として付き合ったり結婚したりする場合には
賢い女性が選ばれることが多いと思われます。

 

186: 名無し 03/02/06 14:20
>>184
的確レス多謝。

 

197: 名無し 03/02/22 14:46

巷では、「援助交際なんて奇麗事言ってても、
所詮は売春だろ!」と言われているわけですが、
そもそも「売春」という言葉自体も、「性的に体を売る」という行為を
「春を鬻ぐ」という奇麗事で飾られた隠語なわけです。

とすると、「性的に体を売る」という行為自体を元々は
どんな風に読んでいたのかという疑問が発生するわけです。と同時に、
「売春」という隠語が発明されたのはいつ頃なのか、
という疑問も沸いてくるわけなんですが。

どうなんでしょう・・・

 

198: 名無し 03/02/22 14:52

漢語なんじゃないの、語源は。
詩想的感性が中国的な感じ。

古代からあった職業だとは思うんだけど、その頃なんて呼ばれていたかは、
ちょっとだけ興味あるね。

 

199: 名無し 03/02/22 15:01
古代・中世では、聖なる職種に入ってたらしい。
売春婦を貴人が側室にすることはよくあったそうだ。

 

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