晋 五胡十六国 隋 唐

【唐】李世民の人間性やニックネーム&劉秀や康熙帝と比較してどう?

553: 名無し 2010/10/13(水) 23:38:02
この人、有能なんだろうけど人間性は屑だよね

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554: 名無し 2010/10/14(木) 00:53:31

ホントに屑なら「でしゃばり皇帝と側近政治」っつう南北朝の弊害を終わらせられはしないと弁護。 いや、マジ屑はいっぱいいるから。

今までは手放しの英雄扱いだったところに色々なエピソードが出てきてカウンター評価が出てる時期だよね。
よく引き合いに出される曹操の歴史的な評価に「十分有能なくせにせせこましい」ってのがあるけど、これに倣えば李世民の評価は「でかい業績の割にみみっちい」というのに落ち着くかと思う。

 

555: 名無し 2010/10/14(木) 01:48:42

その南北朝の弊害に関しては陳の段階で収束しつつあったのを隋唐が貴族政治を復活させることによって巻き戻してしまっただけだよ

なんで側近政治=恩倖と呼ばれる集団が跋扈したかというと、血統主義によって雇用状況が逼塞したからだし

陳は軍人政権で貴族政治の害を一掃したのに、隋唐は建国の軍人を貴族化させたことで南朝の害を繰り返した

 

556: 名無し 2010/10/14(木) 08:22:53
そりゃちょっとお門違いというか、隋も唐も北朝の系列だから、
陳に多少先進性があったからといってそう早期に取り入れられるわけじゃないよ。

 

557: 名無し 2010/10/14(木) 15:09:21
いわゆる寒門を優遇するのは劉裕以来の南朝の伝統かと。

 

560: 名無し 2010/10/15(金) 01:49:58
>>557
劉宋じゃなくて、西晋以来の伝統でしょ?
その伝統が一世紀以上かけて爛熟し消えていったのが南朝の歴史
北朝は南朝とは別の、というか社会体制・文化面では一世紀遅れてた
遅れてたから強かったとも言える

 

561: 名無し 2010/10/15(金) 02:14:14
皇帝が権力強化のために門閥と寒門を天秤にかけていた劉宋以降と
そもそも権力が門閥のものだったところに寒門が食い込もうとした東晋以前の間には
やはり仕切りを入れたくなるけどなあ。
晋の皇帝に南四朝の皇帝みたいな無茶はできんかったでしょ。

 

562: 名無し 2010/10/15(金) 03:35:02
しかし寒門と結びついて権力争いをしたのが八王の乱の王たちだ
東晋の皇帝は在地豪族との折り合いもあるから無茶できんのだろ
自己の権力強化に彼らを取り入れた場合、門閥連中によって擁立されている自分の立場が崩れてしまう
だから門閥同士で戦わせて弱体化させることで権力強化を狙ったわけで

 

565: 名無し 2010/12/11(土) 10:43:00
劉秀と比べたらゴミ

 

567: 名無し 2010/12/11(土) 20:32:39
劉秀と李世民は互角。
優劣をつけるのは難しいよ。

 

568: 名無し 2010/12/11(土) 20:46:34
性格は劉秀の方が上。
決断力は李世民の方が上。

 

569: 名無し 2010/12/11(土) 22:30:41
二人とも超人

 

570: 名無し 2011/04/03(日) 20:30:18.83
劉秀も李世民も甲乙つけがたい名君

 

571: 名無し 2011/04/04(月) 20:14:51.61
そのニ君と康熙帝を順位付けするとどうなる?

 

572: 名無し 2011/04/17(日) 22:40:14.63

google検索結果

李世民 2,720,000 件
太宗 唐1,430,000 件
光武帝 2,040,000 件
劉秀   338,000 件
康熙帝 1,190,000 件

評価と関係ないが、意外にネットの検索で見ても
光武帝より李世民の方が知名度は高いんだな
ファンサイト、そこそこ有名な小説家の小説、やる夫

ここまでやってもらって、この結果か
光武帝がどうこうより、李世民って意外と浸透しているんだな

 

582: 名無し 2011/07/22(金) 23:42:38.18
>>572
突厥を討伐してシルクロードの覇者になった天可汗だしな

 

573: 名無し 2011/04/27(水) 17:01:10.47
日本でも貞観政要の影響が大きいからからね
帝王学の模範・唐の太宗=君主の模範みたいなイメージある

 

574: 名無し 2011/05/11(水) 19:29:56.20
貞観政要みたいなのは古文とかでもお目にかかるからね
ファンサイトだの小説だのやる夫だのなんかより、よっぽど影響力があるよ
ネットなら、豆知識サイトとかで紹介されても検索に引っ掛かるわけだし

 

576: 名無し 2011/05/28(土) 10:04:57.85

李世民にあだ名をつけるとしたら?

有吉「粉飾糞野郎」

 

577: 名無し 2011/05/30(月) 03:10:36.39
簒奪者
兄弟殺し
歴史捏造犯

 

578: 名無し 2011/05/30(月) 09:43:01.42
その三つだと別の人想像するな

 

579: 名無し 2011/05/31(火) 22:00:34.88
宋太宗か

 

580: 名無し 2011/07/14(木) 18:10:14.36
宋太宗の場合は南宋時代に兄の系統に戻った

 

581: 名無し 2011/07/14(木) 18:58:45.92
太宗系の皇族がまとめて拉致られてりゃ、そりゃあ

 

583: 名無し 2011/09/22(木) 23:52:42.56
魏徴以外の旧李建成派で李世民に重用された奴っているの?

 

584: 名無し 2011/09/23(金) 21:10:31.72
王珪とか薛万徹とか。
というか、あれは太宗と幕僚たちが唐王朝総体に仕掛けたクーデターなので
李建成派というような明確な集団はいないんじゃないかな、と思わんでもない。

 

690: 名無し 2013/07/12(金) NY:AN:NY.AN

李世民って後継者選びに失敗したってよく言われるけど
じゃあ誰ならよかったんだ?

李承乾は素行に問題があり
李泰は野心家のデブ
李恪は煬帝の孫・・・有力候補は悉く問題あり

側室の子の中から地味で凡庸そうなのを選んでればよかったのか?

 

691: 名無し 2013/07/14(日) NY:AN:NY.AN

強いて言えば李恪だろうなあ
別に失敗したとは思わんけどね。

太宗にそこまで見通せってのは無理な話。
よっぽど戦乱に繋がりそうな選定しない限り後はそいつらの責任。

 

692: 名無し 2013/07/18(木) NY:AN:NY.AN
李恪は有能な上、性格も良かったみたいだけど
隋皇室の血を引いている事がネックで長孫無忌に反対されたんじゃなかったっけ?
無忌のは李治を皇帝にする為ってのもあっただろうけど
一般的にはそこは問題ないもん?

 

693: 名無し 2013/07/19(金) NY:AN:NY.AN
あるだろうけど、それでも誰が良いか強いて言えば、と。
関係言い出したら高祖だって煬帝の従兄弟だし。それはちょっと違うけど。

 

698: 名無し 2013/12/20(金) 12:18:30.80
李世民ていうか唐王朝のイメージは日本で過大評価されすぎだな
確かに唐初は周囲の世界に影響あたえる。強国・世界帝国だったけど
安史の乱以降はウイグル・節度使・宦官に四苦八苦
統一王朝として形骸化してる

 

701: 名無し 2013/12/29(日) 11:36:16.13

>唐王朝のイメージは日本で過大評価されすぎだな

別に過大評価だとは思わないけどな
前半はその通りで
西洋がまだ発展していないので世界の最先端の上に、
異国人でも多数登用される国家なのは大きい

後半だって、財政国家になってしぶとく150年持っている
この時だってまだ遣唐使を受け入れているし
ウイグルだって一応服属しているだろう
反抗的であった節度使も途中から、政府には逆らわなくなっている
十分に、東アジアの名目上の盟主ぐらいは名乗れるぐらいはあるだろ

宋と遼は並立しているから盟主とは言い難いし、元は短命だし、
明は鎖国しているから雄大さは感じない、漢は金印くれたイメージだし

日本が完敗して、影響を大きく与えられた以上
唐が日本で評価されるのは当たり前と思うけど

 

702: 名無し 2013/12/30(月) 08:44:48.72

>>反抗的であった節度使も途中から、政府には逆らわなくなっている

なんか自然にそうなった見たいに言わないでくれw
輝かしい中興の功績ね。もちろんわかっているのだろうけど、言葉が・・・

日本の発展時期に、より完成された国家としての唐があったという事実。
律令格式や租庸調など、実は本場中国より日本のほうがそのエッセンスを保存しているというw
唐をまねて、のちに国風に転換したとはいえ、日本の中で唐は結構特別な存在だと思うな。

 

703: 名無し 2013/12/30(月) 19:56:47.77

>輝かしい中興の功績ね。もちろんわかっているのだろうけど、言葉が・・・
それはすまなかった。もちろん理解しているつもりだ

唐は世界帝国ゆえに弱点も大きく、
武周、安史、朱泚と3回滅亡の危機があるけど、
全て乗り切っているんだよな
緩やかだけど、強さと柔軟さを兼ね備えたイメージ

日本の唐に対する憧憬に近い感覚は、
戦後の日本がアメリカに持っていた感情に近いのかね

 

724: 名無し 2014/12/13(土) 17:55:37.15
平陽昭公主は兄か弟に謀殺された説もあって、
中華圏時代劇ドラマでも描かれているね。
彼女はどちらの方に心を寄せていたのだろう?

 

725: 名無し 2014/12/13(土) 23:14:13.10
平陽公主に謀殺されるほど危険視される要素なんてあったんだ?

 

726: 名無し 2014/12/15(月) 01:26:13.41

李建成・・・文治派の代表
李世民・・・武断派の代表
って感じだな

政争の内容
李建成は謀略や暗殺・買収が多いのに対して
李世民は軍人の人望獲得による武力行使を好む

李建成が悪役のように感じられるので粉飾を疑う人もいるが
政治の世界で謀略は当たり前
また、李建成があのまま危険な李世民を放置していたら
それこそ無能

政治の表も裏も知った頼朝タイプの人物だったんだろ
李建成はお人好しでも聖人でもないよ

李世民は意外と政治の裏技が苦手な軍人肌の人物だと思う
政争では勝てないから武力に訴えた

平陽公主が謀殺されたとしたら、夫の柴紹が明らかに李世民派だし、
暗殺は李建成の方がやりそう

 

727: 名無し 2014/12/15(月) 13:50:06.17

李建成が殺していた場合は
世民に加担するのを防ぐ為ということなんだろうが
李世民が殺していたという場合は
どういった理由があるんだろ?

柴紹は世民派だけど平陽公主は違く
柴紹をこのまま自分派に留める為とか?

そもそもその説に信憑性があるのかも疑問だけど
ドラマが例じゃネタ重視っぽい印象

 

728: 名無し 2014/12/15(月) 17:51:10.85
平陽公主って別に唐朝成立後は表舞台に出てきてないし
別格的な影響力があったかどうかもわからんしなあ
(わからんというよりはなさそう的なニュアンスでいるけど)
有力者の謀殺とか元軍閥指導者別にすればそんなに起こってないし
(劉文静についてが怪しいくらいで)
刺史や総管や行台で指揮権握ってる奴らの方がよほど
ターゲットになってると思うけど

 

730: 名無し 2014/12/17(水) 18:42:57.95

http://www.baike.com/wiki/%E6%9D%8E%E7%A7%E5%AE%81
(※リンク切れ)
下方スクロールして、最後の段にて拙訳

長安を平定した後の平陽姫は正史に見えなくなる。
戦乱が不断であり、平陽姫が娘子関を守っていた情況からして、平陽姫はずっと非常に活動して、兵を領して、唐朝の天下の為に戦い続けた。 

<中略>

李世民と李建成の奪嫡闘争の中で死んだという説もある。
これらの説によると、それぞれの作品にそれぞれの解釈がある。

主流はテレビ時代劇《風塵三侠紅拂女》は平陽姫が李世民を守る為に、李建成が派遣した刺客の暗器により刺殺されたとする。
別の物語では、平陽姫は李建成と李世民の間の調停人とする。
結果、李世民が奪位の為に、故意に平陽姫を敵兵の埋伏圏に突入させ、最後、平陽姫は力戦したが死亡したと。

 

731: 名無し 2014/12/18(木) 22:30:11.38
>>730
へー、向こうじゃ巴御前のようになってるんだね
翻訳してくれた部分をそこの筆者は想像と断じてるけど
しかし、歴史上~からの内容もなんかアレだよね

 

732: 名無し 2014/12/19(金) 11:22:01.24
>>730
実の娘が刺客の暗器により刺殺されたら流石に李淵が動くだろ
そして李世民がそんな事実を抹消する必要がない
完全な創作ネタだな

 

736: 名無し 2014/12/23(火) 16:36:27.42

>>730
http://www.baike.com/wiki/%E6%9D%8E%E7%A7%E5%AE%81
(※リンク切れ)
の続き

文学作品は畢竟、みな想像に過ぎず、歴史上の平陽姫の真正の死因について、後世の人間が根拠ある推測をすると、最大の可能性は劉黒闥に対する作戦を実行した時の陣没と思われる。

622年11月、李淵は李建成を派遣して、その兵力で劉黒闥を討伐させ、双方の勝負が開始された。12月25日に至って、 ついに劉を徹底的に潰したのである。平陽姫の駐守する娘子関は前線に在った。

当然、部隊を率いて参戦したはずだ。この一戦で死んだ可能性が極めて高い所以である。もしこの時に戦死したら、すなわちその死体を長安に運ぶのにほぼ半月は要するであろう。姫の身分ゆえ、葬儀の準備工作にほぼ半月はまた要しもする。すなわち時間上のつじつまが合うのだ。

<後略>

 

733: 名無し 2014/12/21(日) 15:47:31.84

中国史色々読んだけど、結局、李世民が一番名君だなって思う
光武帝とか康煕帝は当たり前にある後継者への悩みとか、皇帝政治というものの限界への葛藤かとのエピソードがあまり伝えられず、逆に人間味やリアリティを感じないのに対して、

貴族のボンボン
→天才的名将
→親子兄弟の暗い争い
→聖人と現実の狭間で最高の名君を目指す皇帝
→外戚の台頭、官僚の保身、後継者問題
→晩年の外征や不死薬などの失敗

軍事の天才が皇帝権力や政治の現実の重さに押しつぶされずに、暴君になりそうな自分と必死になって戦っているってのが現実の存在として感じられるな

光武帝や洪武帝と違って、反乱も起こされたが、積極的に優秀な人材を他勢力から登用する姿勢も劉邦や曹操みたいなロマンを感じるし、貞観政要のような綺麗事も大事だと思っていたのだろう。人間が行いうる範囲内での最高の名君がこの人って感じ

 

734: 名無し 2014/12/22(月) 13:53:29.71
>>733が李世民大好きなのはよくわかったが
この説明だとやっぱり光武帝こそが一番の名君じゃないのか
それとも李世民以外の名君は人間でないと言いたいの?

 

735: 名無し 2014/12/22(月) 21:20:16.45

>>734
光武帝・康煕帝は葛藤や失敗があまりに伝えられないので、人間の限界を超えて事実として疑う
すなわち、自分基準では故意に失敗や葛藤、内輪もめなどが隠されていると疑うレベルまで達していると思うこと

後、後漢は王朝の不振、清は世界的に時代遅れの王朝ってわけで、正史通りでも表面上の欠点がないからといって、李世民以上の評価はできないって感じかな

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