食の歴史

【食】化学調味料と美味しんぼ&江戸時代の焼き魚って何が人気あったのかな?

417: 名無し 2014/05/29(木) 22:37:46.88

元禄お畳奉行の結婚の祝い膳

雑煮、こんぶ、田作り、餅、ふだん草、花かつお、大根、あつめ汁、塩鯛、大根、ゴボウ、膾、なよし、いか、田作り、ささがき大根、たで、ほうふ、ミョウガの紅、香の物、コチ、糸こんにゃく、煮物、くづし、やまのいも、ゴボウ、かまぼこ、タケノコ、ふき、干キスするめ

こちらもおすすめです


418: 名無し 2014/05/31(土) 06:20:56.36
現在もあるものばかりね

 

419: 名無し 2014/05/31(土) 18:01:43.63
なますは平安期からの料理

 

420: 名無し 2014/06/01(日) 17:03:53.31
そんなにも歴史のあるものとは驚いた

 

522: 名無し 2014/08/02(土) 09:31:49.57
昭和末期の刺身と言うと冷凍鯨。ワサビ付けなく味の素掛けて食べてた記憶がある。

 

523: 名無し 2014/08/02(土) 09:56:24.04
生姜醤油で食うだろ

 

524: 名無し 2014/08/02(土) 12:42:23.55
うちはニンニク醤油だった
確かに解けた塊に味の素を掛けてた家もあった
あの頃は何にでもかけてた

 

525: 名無し 2014/08/02(土) 17:01:12.77
味の素は刺身に漬物と今では考えられないくらい掛けてた。
今では味の素は卓上調味料として置いてない。

 

526: 名無し 2014/08/02(土) 17:22:56.36
昔は味の素なんて家庭や食堂どころか料亭クラスの店でも使ってたけどね
いろいろ悪く言われて失脚したな

 

527: 名無し 2014/08/02(土) 17:49:34.41
美味しんぼが原因だね。

 

528: 名無し 2014/08/02(土) 18:41:53.58

>>527
いや、もっと前

トラブルが起きたりもしたし
それ以前から例の水俣病問題とかが報道される世相になり
どんな無学な連中にも
「なんか工場生産の食品とかヤバいんじゃないの?」みたいな
そんな空気が広まって止まらなくなった時期

 

529: 名無し 2014/08/02(土) 18:55:02.29
美味しんぼだけかと思ってた。

 

530: 名無し 2014/08/03(日) 02:09:02.23

味の素はグルタミン酸で脳によいからどんどんとろう、ていわれてたもんな。
我が家も刺身の醤油には味の素を必ず入れていたw
でも刺身単体で充分うまいし、いつの間にかやらなくなったよ。

ただ、輸入物の野菜スープ缶詰をもらったはいいが御世辞にも美味しくないなあと思ったときに、味の素を一ふりしたら「うん、コレならいける!」と感心したのは事実である。

 

531: 名無し 2014/08/03(日) 02:20:34.98

>>530
>味の素はグルタミン酸で脳によいからどんどんとろう、ていわれてたもんな。

あったあったw
やってる連中もいたけど俺は味が嘘臭くなるから嫌だった。
もう介護受けてる様な老人世代だと今でも漬物にまで普通に振ったりする人いるね。

 

533: 名無し 2014/08/03(日) 08:40:27.17
美味しんぼはそれまでの専門家や研究者、作家のエッセイから美味しい部分をいただいて漫画にしただけで
食い物に興味のある人間からしたら別に目新しい話は無かった。ま、本人は電通上がりの劇画原作者だからな

 

536: 名無し 2014/08/03(日) 20:16:29.71
>>533
そら一部では化学調味料の弊害について言われていたけど、一般的に認知されて
日本の食文化が守れたのはその漫画のおかげだそ

 

535: 名無し 2014/08/03(日) 13:04:43.32
昭和末期の食卓は自家製の梅干し。
調味料入れにウスターソースが追加。醤油差しの空き瓶に入れてた。

 

546: 名無し 2014/08/06(水) 00:37:45.98
>>535
うちはウスターソースはブルドッグのあのボトルそのままで食卓に置かれてたよw
ただ、この頃粉わさび粉がらしからチューブに変わった記憶もある。
粉がらしはお猪口に入れて水をたらして割り箸でガッシガッシかき混ぜていた
「カラシは殿様にかかせろ」てなコトワザは、平成育ちの人は知らないかもなあ。

 

547: 名無し 2014/08/06(水) 01:02:07.83
個人的に残念なのは醤油や味噌の量り売りがほとんど消えた事だな
昔は酒屋に樽で何種類も置いてあったけど今じゃ特別な有名店や観光地くらいだ

 

548: 名無し 2014/08/06(水) 06:42:42.99
醤油も量り売りだったのか
味噌は都内で量り売りしてるとこあるね

 

549: 名無し 2014/08/06(水) 07:20:14.19
食用油も酒屋で量り売りだったよ

 

550: 名無し 2014/08/06(水) 09:51:11.32
醤油や油の量り売りは、壊さない限り同じ容器をずっと使えるからエコでもあるな。
味噌の量り売りはうちの割と近所にいまもあるよ。
図って経木に包んでくれる。

 

551: 名無し 2014/08/06(水) 10:14:56.94
味噌に醤油の量り売りで、店まで行かなくてもいいように移動販売してた。団地に住んでたからかな。

 

553: 名無し 2014/08/16(土) 12:24:57.69
田舎だったから青果を車で売りに来てた。

 

554: 名無し 2014/08/24(日) 06:46:35.62
今でも焼き芋屋さんは来てるよ

 

555: 名無し 2014/08/24(日) 10:55:26.27
田舎は移動スーパーなるものがあんだよな

 

557: 名無し 2014/08/26(火) 06:01:14.17
本格志向や懐古傾向で豆腐売りなんかも復活傾向だけど
もうさすがに納豆売りは回ってこないな
同じアジア圏の他国では今でも露天や行商が有るみたいだけどね

 

560: 名無し 2014/08/27(水) 01:52:19.50
寒くなるとラーメン屋台がやってきます

 

569: 名無し 2014/09/02(火) 22:12:36.33
都市部じゃ今も灯油の移動販売がデフォ

 

571: 名無し 2014/09/02(火) 22:40:51.28
政令都市に住んでた時
灯油ボイラーもない家に池田の灯油とか配達に来ててワロタW
灯油タンクなさそうな集合住宅にも配達するのな

 

572: 名無し 2014/09/02(火) 23:11:47.45
>>571
18リッターポリタンクを玄関先に出しておくとそこに入れてくれるのさ。
灯油ファンヒーターやストーブ用だ。
団地やマンションは一階までみなポリタンクを下げて降りていって
行列して灯油を入れてもらう。

 

574: 名無し 2014/09/04(木) 09:21:09.93
江戸時代の味噌汁というのを試してみたい。
焼き魚って何が人気あったのかな?

 

576: 名無し 2014/09/04(木) 11:01:50.59
>>574
目黒の秋刀魚

 

577: 名無し 2014/09/04(木) 11:54:32.27
塩をしてない魚は
せいぜい半日でしか届けられないところにしか流通しなかっただろう。
うちは広島備北の奥地がルーツだが、車のない時代には塩ぶりが最大のごちそうで
いまでも伝統つか風習として正月の雑煮には焼いた塩ぶりを載せる慣わしだ。

 

579: 名無し 2014/09/04(木) 13:44:30.98
>>577のような、実際の地名つきのこういう話を聞けると興味がわくね

 

581: 名無し 2014/09/04(木) 20:44:24.63
備北はワニの刺し身もハレの料理だよね。

 

580: 名無し 2014/09/04(木) 15:28:41.60
漱石はシャケがあまり好きではなかったらしい。
というか、和食があまり好きではなく、洋食が大好きだったらしい。
ただし、鰻は好きだったらしい。
精進料理とか会席料理やそばやうどんなんかは食いたくもねーって言っていたらしい。

 

582: 名無し 2014/09/04(木) 21:53:15.83

同じく海なし県の栃木も鮫の煮つけがご馳走だな
おれの爺さんは19世紀末に生まれた栃木県民だったが
子供の頃魚はすべて「まながつおの味噌付け」しか食ったことが無かった
青年になり海あり県に就職したら食生活で苦労したみたい

死後70年たって「うちの爺さん魚がすべてマナガツオと思ってたらしいぜwwww」
と法事でねたにされるほどw

 

590: 名無し 2014/09/05(金) 11:10:36.13

>>582の爺さんが1900年生まれだとしても
終戦までに亡くなってるわな
1944年に>>582の親が生まれたとして
1975年に>>582が生まれたとすれば親が31歳の時の子供か

でもこれだと爺さんのこと知ってる子孫がいないことになる

 

592: 名無し 2014/09/05(金) 11:18:04.01
>>590
良くわかんないが疑われてるのか?
爺さんの長男、俺の伯父は末っ子の親父の20くらい上
会食云々のはなしは爺さんの嫁である俺のばあさんが
面白い話として子供の嫁などに語った話
ばあさんは地元民なので魚良く知ってる

 

595: 名無し 2014/09/05(金) 20:29:28.88
塩ぶりは飛騨高山あたりでも正月のご馳走だった とか。
富山湾でとれたぶりを塩して運んできたそうだ。
トランベールか何かで読んだ。
鰤街道なる愛称のついた道があったほど。

 

596: 名無し 2014/09/05(金) 23:57:11.46
鯖街道とか鰤街道は聞くけど
鮭街道とか鮫(鰐)街道って聞かないよね(景観じゃなくて流通路としてな)

 

598: 名無し 2014/09/06(土) 09:03:23.53

>>596
備北のワニ等の海産物は日本海から船で江の川を遡上して流通していました。

広島市から三次まで鉄道が開通してからは目刺し、佃煮など瀬戸内の海産物もよく入ってくるようになったそうです。

 

599: 名無し 2014/09/08(月) 20:07:13.44
若狭と京を結ぶ鯖街道ってあるけど、距離的には大阪湾から運べばよかったんじゃね?

 

600: 名無し 2014/09/08(月) 20:22:20.41
>>599
兵庫と中国五県を海路で迂回して大阪湾に上げるのか?
若狭から陸路のほうが速いだろ

 

601: 名無し 2014/09/08(月) 20:26:08.98
>>599
大阪の近くで鯖は取れないだろ?

 

602: 名無し 2014/09/08(月) 20:55:57.22
バッテラも船場汁も鯖
鯖なんて大阪湾のどこでも取れます。

 

605: 名無し 2014/09/08(月) 22:01:08.99
>>602
それって大阪湾の鯖なの?

 

603: 名無し 2014/09/08(月) 21:24:14.54
小さくて脂の乗りが悪いやつね

 

604: 名無し 2014/09/08(月) 21:32:46.24

大坂の地元消費分くらいの漁獲だったのか
京における若狭鯖ブランド信仰があったか
鯖に限らず、鰈やらグヂやらあったわけだし

鱧やら鯛やら蛸やらは大坂ブランドなんかもしらんけど

 

606: 名無し 2014/09/08(月) 22:30:33.85

塩したとしても近海物の鯖を使うんじゃないかな

流れとは直接関係ないけど、バッテラは文字通りボート形の棒寿司は京都が多い気がして、元祖っぽさを感じる
大阪だと箱寿司文化のせいかバッテラと言っても押し寿司が多いような

 

608: 名無し 2014/09/09(火) 14:59:47.83
若狭から京都まで60㎞か
飛脚なら一晩だな。

 

609: 名無し 2014/09/10(水) 00:27:11.07
2匹くらいなら
マラソン選手並みの3人でリレーさせれば
4時間あれば持っていけるなw

-食の歴史

© 2022 知識の城 群雄割拠 Powered by AFFINGER5