春秋 戦国

【長平の戦い】趙軍45万の指揮を初陣でやるってのは仮に天才でも無理だったんじゃね ?

419: 名無し 2018/06/05(火) 23:23:52.33

趙軍45万の指揮を初陣でやるってのは仮に天才でも無理だったんじゃね
これで国軍の大半を失ったわけだし
燕や魏とかの国境の守備隊も必要だし
もうまともに秦と戦えないよな

こちらもおすすめです


420: 名無し 2018/06/05(火) 23:26:02.06

各国の人口

楚国有500万,
魏有300万~400万,
秦趙两国合計500万~600万,
斉国300万~400万,
燕韓合計300万

趙の人口が250万だと仮定すると45万の死はとんでもねえ

 

421: 名無し 2018/06/06(水) 05:30:18.83

指揮を言うなら廉頗の時点でなぁ……史料上に大軍を有効活用した形跡がない

250万の人口に45万の軍を維持する力はない、織豊期の日本並みの人口が必要だろう
加えて長平は遠征と言っていい場所にある、つまり趙軍の兵数は出鱈目

 

426: 名無し 2018/06/07(木) 10:55:26.11

>>421
動かせないから、徹底的の防衛に徹したんじゃないの
基本、まともに戦ったら勝てないと判断して
理想は大軍を駆使して秦を破ることだろうけど
それが実質不可能なのだから

司馬法でも真の名将は無名のまま終わったと言われているし
名将は分かりやすい手柄を立てないからなあ

会社で無能だと思って退職に追い込んだら
業務上不都合が生じるように

 

430: 名無し 2018/06/09(土) 15:11:51.83
>>426
拠点防衛に徹していい兵力じゃないんだよなぁ。国力で秦に劣る以上相手より先に崩れるのは目に見えている
名将論については同意する…が、古代中国の名将はわかりやすい手柄を立てた輩なので真の名将じゃないな(´・ω・`)

 

423: 名無し 2018/06/06(水) 15:10:30.35
楚漢戦争時は徴兵限界を超えてさらに徴兵したらしいからなあ
老人も子供も女性も徴兵したらしいし
国がめちゃくちゃになるのを無視すれば250万~300万の人口で45万は無理だけど不可能ではないかと
だからこそ趙の首脳部は防衛で長期戦を狙ったレンパに切れたのかも

 

425: 名無し 2018/06/06(水) 18:06:17.36
>>423
百歩譲って仮に可能であったとしても不可能と思いたい件
動員かけた趙の政治家と将軍が信じ難いアホになるぞ
趙の敗北は戦う前に決していた事になる

 

428: 名無し 2018/06/07(木) 22:26:16.41
>>425
その頃には秦の一強状態で他の国が合従しても勝てない状態だから、趙の奇跡に期待するしかなかったんじゃないかな?
趙の敗北は戦う前に決まっていたってのには同意

 

429: 名無し 2018/06/09(土) 11:34:27.36

ふと妄想してみると。 

趙王をだまして無能な趙活を将軍にさせるはずが、だまされたのは白起や昭襄王のほうではなかったのか?わざわざ藺相如や母親まで出した工作に乗せられたような気がしてならない。 

長平の戦いは前260年、秦軍は勝つには勝ったが、結果としてその後10年以上にわたり中原進出できなかったから、負ったダメージは深刻でないはずがない、つまり趙活は有能だった。 

戦後処理が過酷だったのは、秦軍が深手を負ったからだと容易に想像できる。 
ちっとも大勝利じゃない。 

昭襄王は秦の中原進出を見ることなく前242年に没している

秦が再び中原を攻略にかかるのは前249年に韓の?陽と成皋を取った所から、ところが2年後には、信陵君の軍に、函谷関までまたまた押し戻されてしまう。ようやく韓が滅亡するのが、前230年、長平の戦いから30年もかかっている。

 

431: 名無し 2018/06/10(日) 15:34:50.64

>>429
記録でも国家総動員したらしいし
長平は戦国時代最大の合戦と言われている
楚を滅ぼす時の60万の兵を出した時は言われていないのに

怪しいウィキペディアの記述で65万とか
勝っても国力のダメージは大きいでしょう
和議になったけど秦側もこれ以上の戦争は無理だったっぽい

 

432: 名無し 2018/06/10(日) 15:39:08.92

不止50萬/約65萬(全國軍隊及後勤)
全程包括初期攻防戰共近20-25萬人陣亡

とあるから怪しいけど事実なら20~25万の兵を失って秦もこの後軍事力がかなり低下したんじゃないかな

 

433: 名無し 2018/06/10(日) 15:41:20.26
英語版だと55万の兵で15万失ったことになっている
ドイツ語版だと50万の兵で25万を失ったことになっている
いずれにしろ勝ったけど大きな被害を受けたってことかな

 

434: 名無し 2018/06/12(火) 11:08:33.40

wikiの先秦史は中文も日文も信用しない方がいい
日本語版の残念さは有名だが中国語版もヤヴァイ、日本語版以上にアレなところも多々ある
中国からの孫引きで埋めてる箇所が散見される日英も当然アレ

名が通ってるわりに書くべき内容のない人物・事件が多いから
俗説…いや俗説未満のドラマとかブログとか学説(小説)のコピペがネットをグルグル

 

444: 名無し 2018/07/29(日) 20:51:48.33
徳川家康や劉邦でも愚かな行動をして失敗したことはある
両者は運良くそれが致命的な結果にはならなかったけど、趙括は歴史に残るレベルで致命的な結果になってしまったわけだ

 

445: 名無し 2018/07/29(日) 21:11:11.46

>>444

劉邦は割と致命的な大敗を何回かやってるよ
それで滅びずに立ち直れたのが劉邦と劉邦家臣団の凄いとこだと思う

 

447: 名無し 2018/07/30(月) 11:53:25.36
劉邦は命こそ失ってないが匈奴戦の完敗はある意味長平をはるかに凌ぐ歴史的な敗北ですね
その後の中華帝国と漢民族の基となった大漢が長期間草原の民の履を舐め続けていたという事実は重い

 

446: 名無し 2018/07/30(月) 11:20:46.20
趙って初代の妻からが白テキ人なんだな

 

448: 名無し 2018/07/30(月) 14:15:22.98

>>446
趙無恤の事を言ってるんならもっと前の文公(重耳)に仕えた趙衰からして狄人を嫁にしている。即位前の重耳が諸国を放浪していた時に狄で叔隗を嫁にして息子(趙盾)ができた。

晋に戻った重耳が即位すると趙衰は文公の娘の趙姫を娶り子供もできた。趙衰は狄の地に置いてきた母子の事はほったらかすつもりだったが趙姫が二人を呼べと言って、譲らないので仕方なく呼んだ。趙姫はさらに叔隗を正夫人、趙盾を跡継ぎにしろと言った。

趙盾はこのことで趙姫に生涯感謝して異母兄弟に当たる趙姫の子供たちの処遇にも配慮した。かくて趙氏の嫡流には狄の血が流れている。

 

451: 名無し 2018/07/30(月) 21:53:46.60
>>448
そう、趙衰のこと 今、宮城谷さんの重耳を読んでいる最中

 

452: 名無し 2018/07/30(月) 22:51:38.17
そうか。俺は重耳は読んでないんだけど「孟夏の太陽」という趙衰に始まる趙氏を扱う一連の短編集は読んだ。 
趙氏関連では趙氏族滅から復活する話と趙襄子(趙無恤)が智伯に水攻めにされて滅亡寸前から大逆転で智伯を滅ぼす話とそのあとで智伯の敵討ちを企てる豫譲の話が好きだ。豫譲は厚遇してくれた智伯が趙襄子に殺されると「士は己を知る者の為に死し、女は己を悦ぶ者のために容づくる」と言って敵討ちを誓った。 
「己を知る者のために死ぬ」はいまでも使われるフレーズだが豫譲の言葉が原点である。

 

450: 名無し 2018/07/30(月) 20:37:27.67
馬服君は彼を教育することができなかった

 

453: 名無し 2018/07/31(火) 12:39:41.95
>>450
趙括が駄目なやつだと分かってるなら別の息子を跡継ぎにしろって話だよな

 

462: 名無し 2018/08/12(日) 16:15:02.60

>>453
名将の息子で口先だけ優秀な奴は
廃嫡しても君主が勝手に重宝するから無理

似たような例で三国時代の呉の諸葛瑾の息子の諸葛恪も趙括と似たタイプ
こちらは諸葛瑾健在の頃に諸葛恪は既に卿になっているから
諸葛瑾の跡継ぎは諸葛恪ではなく弟の諸葛融
しかし諸葛融は諸葛恪より人望あるが無能で遊び好きという凡将
諸葛恪が滅ぼされた時に諸葛融も一緒にも誅殺されている
まあ名将の息子で親と同じレベルのケースは少ないので求めるのが間違い

 

456: 名無し 2018/08/04(土) 21:45:41.64
失敗したが英雄です

 

458: 名無し 2018/08/09(木) 10:45:51.69
>>456
長平の戦いの後、韓が滅亡するまでに30年かかっとるがな。
これ、何気に時間稼ぎとしては成功じゃね?

 

464: 名無し 2018/08/21(火) 15:31:34.30
>>458
韓って南北に分断されて
最終的には新鄭だけになったのか
韓非子が言うに秦に労役と納税を提供して郡県と変わらないとか
実質滅びていたんじゃね
衛も名目上は続いていても魏が滅んだ時に一緒にだし
モナコみたいなものかねえ
フランスに納税しているしフランス人がモナコは国じゃないと言ってた

 

459: 名無し 2018/08/11(土) 23:37:34.50
45万の兵を失った趙がその後もしぶといのが疑問

 

460: 名無し 2018/08/12(日) 10:44:34.23
損失(死傷者・捕虜、逃散、秦に帰属)の設定を趙軍5万+上党の人口40万くらいにしたら理解できそう。

 

465: 名無し 2018/08/22(水) 00:59:28.51

韓は秦が恵文王の時代、早くも西部の大都市だった宜陽を奪われて洛水北岸を殆ど失ってしまい、長平の戦いの時期に成皋ら黄河南岸の主要都市を奪われて黄河以北の上党が孤立して後にほぼほぼ秦に奪われたって感じ 

韓の首都である新鄭って韓の領土のかなり東端にあるんで、どれだけ領土を奪われても不幸中の幸いか首都が最後まで残れたのかな 
 
そこに至るまでにもあちらこちらを奪われたり奪い返したり、割譲したり返還されたりでいろいろあるけど最後は新鄭周辺しか残ってなかったっていうからなあ

 

466: 名無し 2018/08/22(水) 01:53:54.63
戦国時代は領邑の奪ったり奪い返したりの繰り返しが多くて良く分かんねー!ってなる事が多い

 

468: 名無し 2018/08/22(水) 10:22:19.33
韓は姫姓だし、周を名乗っても良かったんじゃねえの?

 

470: 名無し 2018/08/23(木) 05:37:49.90
周を完全に滅ぼしたのは確か呂不イだからなあ
無力だけど魏とかも滅ぼそうとしないのは抵抗があったのでは

 

471: 名無し 2018/08/23(木) 12:54:04.30
東周公を滅ぼしたのは呂不韋だけどこれは分家です。(あ、だから「完全に」なのか)
本家は昭襄王の時に秦の保護下に入って赧王の崩御を持って秦が九鼎を接収して滅亡だ。

 

472: 名無し 2018/08/23(木) 16:12:28.64
西周は既に昭王の時代に滅びているし
東周君は王を名乗った説もあるし
そうでなくても周で残っているのはここだけだし

 

473: 名無し 2018/08/23(木) 16:13:56.80
周は力はなくても周の滅亡後から秦の時代な気がする

 

474: 名無し 2018/08/23(木) 16:21:34.42

紀元前487年  曹滅亡
紀元前478年  陳滅亡
紀元前447年  蔡滅亡
紀元前445年  杞滅亡
紀元前375年  鄭滅亡
紀元前296年  中山滅亡
紀元前286年  宋滅亡
紀元前256年 西周滅亡

紀元前249年  魯滅亡
紀元前249年 東周滅亡
紀元前230年  韓滅亡
紀元前209年  衛滅亡

 

537: 名無し 2018/12/03(月) 00:15:54.38
勝てば官軍って本当だよね。
織田信長とかも桶狭間ところか家督争いで敗れてたら無能扱いだっただろうし。

 

540: 名無し 2018/12/03(月) 07:16:36.15
>>537
まあ・・・本邦の戦国くらい一次史料が豊富な時代ならまだマシなんだけどね。
別の角度からの再検討が困難なこちらの戦国は人物・事件の再評価ほぼ不可能やから。

 

542: 名無し 2018/12/03(月) 14:23:46.15
>>540
ほぼ史記の記述だけで能力が確定してる奴多いしな

 

543: 名無し 2018/12/03(月) 15:05:01.19

白起が趙括の軍を包囲したところで、昭襄王自身が河内まで出向いて15歳以上の民を徴発して趙の糧道を絶つべく動いてたはずなんだけどさ… 


これって秦国内の壮丁をほぼ外征につぎ込んだために余力がなかったための緊急の処置とみるか、まだ制圧間もない地域からも兵を出せるほどの底力とみるか、どうなんだろうね

 

546: 名無し 2018/12/03(月) 20:31:39.91

>>543
白起の合流で弾が尽きた可能はあるかもね
が、秦国内の壮丁をすべてVS廉頗・趙括につぎ込んだってのはなさそう
そこに河内の根こそぎ動員加えた秦軍は趙軍の兵力を大きく上回る可能性が高い…

鉄道でも使って補給しないと趙括包囲している秦軍が飲まず食わずで自爆するw
戦地に近い諸侯、地域に兵を出させるやり方は古今東西よくあるし秦もやっている

 

547: 名無し 2018/12/04(火) 05:03:22.22
おそらく河内の一部はBC280年代には秦の支配下に入ってる、徴発はわりと普通のことなのかもしれん。
・・・長平に近い河内が戦力として計算できる時点で勝てる気がしない。

 

548: 名無し 2018/12/05(水) 19:28:23.66
信陵君に負けて函谷関から東を失っただろ?

 

550: 名無し 2018/12/06(木) 23:37:48.14
>>548
それ長平から15年近くも後の事じゃないの

 

551: 名無し 2018/12/07(金) 07:30:57.48
>>550
長平から30年間東進できなかったわけですが?

 

556: 名無し 2018/12/08(土) 10:28:55.85
>>551
秦にとっても長平の戦いは、マクロ戦略の失敗だよな。
趙攻略に入る前に、
10年ぐらい戦争を避けて国力の充実に邁進していれば、統一はもっと早まっただろう。

 

558: 名無し 2018/12/08(土) 15:20:22.19

>>556
秦がマクロ戦略を失敗してたってのはそうかもしれんが
溜めた国力を使い現実より早い六国併合を実現すると違う形で同じ失敗をすることになるんじゃ?

戦国後期の諸侯には秦を脅かす実力は既になかったので対外進出を急ぐ理由はあまりないはず。時間をかけて占領地の不安要素を徹底的に排除し支配体制を強固にしないと危うい

 

559: 名無し 2018/12/08(土) 16:28:26.11

秦も新興国ではないけど、古い国は体質も古いから、今の発展途上国みたいに王族と貴族ははんぱない特権階級だっただろうし、そういう足の引っ張り合いをなくして他国の人間をどんどん採用したのは大きいと思う。

外国人官僚、最高権力者が外国人。
既得権益者からしたら邪魔者でしかないし、国民感情だってよくない

 

560: 名無し 2018/12/08(土) 16:58:08.34
うーん、言いたいことは分からんでもないが
むしろ新興勢力の他国人が権益を巡る臣下同士の足の引っ張り合いを激化させたことを示唆するエピソードが多いので…

 

561: 名無し 2018/12/08(土) 17:32:47.15
商鞅を切り捨てたけど商鞅の政策は引き継いだ恵文王と
呉起の改革を無に帰した楚の粛王という対比はよく言われるよね。

 

567: 名無し 2018/12/10(月) 11:22:29.73
宦官の客だった蘭相如や田部の吏だった趙奢を引き上げたあたり、そこまで門閥重視の登用に偏ってる感じでもないけど、どうなんかな
楽乗なんかも代々趙に仕えた系列じゃないだろうけど

 

569: 名無し 2018/12/10(月) 13:26:04.93
>>567
寵臣らしき宦官のコネがあるとはいえ藺相如は抜擢と言えるでしょうね
ただ公族ないし公族の可能性がある趙氏がなかなか多いし
早くから将軍に起用され長年枢要の地位を占めてたと思われる廉頗や
戦国初期or中期から趙及びその近隣での活動が見られる楽氏は有力世族かもしれません

 

568: 名無し 2018/12/10(月) 12:16:50.01
趙は人材を登用するところまでは良かったと思うよ。
生かせなかっただけで。
三晋の中じゃ一番優れた人物が多い。
魏は序盤だけだし、韓は居たの?としか思えない。

 

571: 名無し 2018/12/22(土) 04:57:19.18
韓は小国で人材もいない割には頑張った

 

572: 名無し 2018/12/27(木) 15:26:58.99

燕の楽毅、趙の李牧
他にもたくさんいるけど結局は王の信任がないと能力があっても活躍できないのを示してるな。逆に言えばチョウカツみたいな大した能力無くても王に気に入られれば出世する

まぁこんなのは今の日本でも一緒だし結局は人間の性なんだろう

 

573: 名無し 2018/12/27(木) 18:20:00.42

優れた人物に仕えないと大変。

愚かと言われた景公は晏嬰を信用して、諌言も聞き入れた。
ほんとに愚かではなかった。

李牧や楽毅は恵まれなかった。

 

574: 名無し 2018/12/28(金) 18:28:33.30
それは少々稚拙な理屈でござろう
君に異なる背景・得手不得手・山あり谷ありの臣下多数と付き合っていく能力(努力)が必要とされるように
臣には君主や他の臣下、つまり社会と良いお付き合いをする能力(努力)が必要とされる
信任や諫言の成否は君主の能力依存じゃないよ

 

579: 名無し 2018/12/29(土) 13:22:39.24
>>574
能力だと思うが・・・。
暗君は聞き入れる耳は持たない。
自身の政治能力が低くても、聞く耳持つ人間は、結構成功する。
現代でも一緒だよ。
自分が能力あるか、臣下を見極め能力ある人物に託す。
それも才能の一つ・
聞き入れて信頼すると言うのは無能には出来ないこと。

 

582: 名無し 2018/12/29(土) 17:13:40.54

>>579
あのさ、国家は賢君と賢臣の二人でやるお芝居じゃないんよ
現代? 賢人政治は結局のところ国家社会を停滞させ、悪くすると崩壊ってのが近現代的じゃないかね?
優れた知識人の意見によく耳を傾け本人も高性能のオバマ流より、有能をクビにし続けるトランプ流が成功している世界だぜ

古代中国に話を戻すと
自身に政治力がないのに聞き耳はある・託す・信頼するってことは権臣を作るということ
亡国によくみられる事例の一つでもある

 

583: 名無し 2018/12/29(土) 17:19:44.41
>>582
トランプ成功してると思ってるんだ。
目先だとそう見えるよね。
何を見てきたか知らないけど。

 

584: 名無し 2018/12/29(土) 17:41:23.98

>>583
そりゃそうよ、未来ではなく現在の話ですからね
古代中国大陸など足元にも及ばん地球の覇者をやってる男を成功者と言わずして何と言う

貴方が何を見てきたかは知らないけれど、
著名人数名の進退(説話)のみで古代国家の興亡を説明するのは危険だと思うよ

 

585: 名無し 2018/12/29(土) 18:12:19.71
何も成功してないでしょ。
だから何を見てきたのか?と言ってるんだけど。

 

586: 名無し 2018/12/29(土) 18:59:12.06

現状成功してるぞ、まず遠慮なく大暴れしてるのに権勢を維持している
権力を維持する力こそ為政者の最も偉大な資質

そして公約通りアメリカファースト実施中、各所で摩擦を起こしているがアメリカ経済は好調である
なかでも最も手強い敵であり近年急速に強大国化しつつあった中共に圧倒的な国力差を見せつけその拡大を抑えた
これはまさに覇者の仕事であり歴史的偉業に成り得る、楚の台頭を抑え込んだ晋覇に勝るとも劣らない快挙かと

 

587: 名無し 2018/12/29(土) 21:16:42.96
投資家は不安視して株が暴落してるだろうが。

 

581: 名無し 2018/12/29(土) 14:04:20.52
斉の桓公も本人は大したことないけど管仲を信頼して全て任せてたから覇者になれた。
管仲が死んだら遺言を守らずに佞臣に任せて最後は死体から蛆虫が湧くありさまだった。

 

593: 名無し 2018/12/30(日) 01:25:54.76

>>581

桓公は軍事は自分でやってるぞ
桓公は数々の軍事行動を成功させて斉を覇者の国にした
もちろん管仲のサポートあってのものだが桓公自身も能力のある英雄だ

 

594: 名無し 2018/12/30(日) 13:53:40.24
確かに軍事は出来るし管仲の矢で死んだふりをして油断させるという機転も利くが
管仲のサポートが無かったら色々やらかして悪名を残しただけに終わってただろう。

 

588: 名無し 2018/12/29(土) 23:16:10.58

なかなか面白い流れだが諸兄の考える「賢」とは投資家のことだったのか笑
いやまあ古代中国人など前近代の人間と比べたら断然頭は良いだろうけどね…。

という冗談は置いて話を先秦に戻すが
管仲って後世の評価的には早く死んで良かったんじゃないか?
桓公晩年~死後の混乱という歴史を変える能力を管仲は持ち合わせてない。
李斯枠になってしまう希ガス

 

589: 名無し 2018/12/29(土) 23:19:55.87
史記の記述で考えれば管仲が生きてる限り大丈夫だろ

 

590: 名無し 2018/12/29(土) 23:42:59.13
混乱の原因が管仲の死なんだから管仲が生きてれば混乱しない。

 

591: 名無し 2018/12/30(日) 00:26:05.79
管仲死んだ時に鮑叔って死んでたん?

 

592: 名無し 2018/12/30(日) 01:14:16.26

管仲は鮑叔を指名しなかったらしいので多分健在だろう
なにぶん古代の事なので確たることはいえないけど

管仲には桓公に倣って贅沢をしたという批判がある
混乱の原因である体制の緩みを綱紀粛正できたかどうか・・

 

595: 名無し 2018/12/30(日) 16:43:07.09

>管仲は鮑叔を指名しなかったらしいので多分健在だろう

意味が分からない
普通指名しない方が死んでる確率高いと判断する場合多いだろ

まあ鮑叔は管仲の死の1年後に死んでるらしいが
その頃は鮑叔の存在感無いので引退もしくは病気で政務に関わってないんだろうな

 

596: 名無し 2018/12/30(日) 17:54:02.19
あれ?
何かで桓公が枕頭の管仲に後継を鮑叔ではどうかって訊いてたりしてたのを
見かけた様にも思うんだけど、もしそうなら現役ってことかね
出典も思い出せないし単なる虚構かもしれんけど

 

597: 名無し 2018/12/30(日) 18:43:50.27
596氏が言ってる荘子にある逸話のことです
桓公が鮑叔を後継候補に挙げたのに管仲は指名せず鮑叔を外した

 

600: 名無し 2018/12/30(日) 22:00:59.25
荘子にあるけど荘子の話はどこまで本当か判らないようなエピソードが多くて信頼性に欠ける。 易牙・豎刁と並べてあるけど史記ではこの二人は公子開方という人物と三人並べて三貴と呼んでいる。荘子には公子開方は出てこない。代わりに鮑叔牙になってる。

 

601: 名無し 2018/12/30(日) 23:42:29.74
まー史記とかも説話部分は荘子レベルの信頼性かもだし無視は出来ないかと。
例えばその管仲の先見性を示す三貴排除の説話はなんかは相当怪しい、諫言内容が中傷・讒言の類でちと拙劣な気がする。
覇権崩壊の核心は覇者桓公や管仲が推す大本命の公子昭に国内の支持が集まっていない点だろうに…
いつの間にか外国の介入を恃むところまで桓公-管仲体制が追い込まれている謎。

 

614: 名無し 2019/02/17(日) 23:54:23.44
趙括と馬謖はとりあえず副将から始めるべきだったな

 

618: 名無し 2019/03/04(月) 16:13:47.60
>>614
これが全てだな

 

615: 名無し 2019/02/20(水) 11:08:05.30
馬謖さんの場合そもそも街亭に押し寄せた魏軍の数が尋常な数ではなかったって説も。

 

616: 名無し 2019/02/20(水) 11:18:11.88
だから道をふさいで要所を守れと言ってたわけだが

 

617: 名無し 2019/03/04(月) 08:21:54.41
後の結果も含めた結果論だけど、皮肉にも副将の王平は大軍相手だろうと名将相手だろうとまともに戦えたわけだからな
王平個人は上手く壊滅しない様に退却させた事も含めて完璧に立ち回ってたから個人の資質の問題
経験を積めばいい指揮官になった可能性が無いわけではないけど、この段階では力量不足で話にならない

 

619: 名無し 2019/03/05(火) 02:25:48.70
大将に抜擢した奴の方が問題ある

 

620: 名無し 2019/03/05(火) 12:49:00.22
でも韓信みたいな例もあるからな
股くぐりなんて馬鹿にされてるやつを大元帥に抜擢するのは頭がおかしいとしか

 

621: 名無し 2019/03/06(水) 05:20:39.43
>>620
韓信は実際は没落した名家の出とか、どっかの庶子の子孫とかじゃないの?
家柄至上主義ではなくても、ある程度の家柄がないと読み書きすらできないし、書物を読むなんてレベルなら尚更。

 

623: 名無し 2019/05/11(土) 08:02:41.14
この時代は読み書きできたらインテリ扱いやぞ

 

626: 名無し 2020/02/07(金) 08:39:57.75
馬謖の相手だった張郃って名将なの?
ゲームだと馬謖より知力低いよね?

 

627: 名無し 2020/02/07(金) 10:07:32.37
>>626
劉備と諸葛亮が魏の最大の敵と評価してる記述が残る程度には名将
有名な劉備の言葉として
「夏侯淵を倒した?そんな雑魚はいい、張コウを殺せ」
みたいな事言うぐらい警戒されてた
劉備の人を見る評価は確かだしね

 

628: 名無し 2020/05/20(水) 20:19:50.90
諸葛亮は別に張コウを魏の最大の敵と評したなんて記述無いぞ
劉備も張コウ>夏侯淵と言っただけ

 

629: 名無し 2020/06/10(水) 16:46:18.55
劉備も本心で夏侯淵<張郃と思ったのではなく、夏侯淵を討って浮かれる自軍を戒める意味で言ったかもしれないけど
そういうハッタリが通用するぐらいには張郃は強敵って劉備軍には浸透してたって証明にもなるね

-春秋 戦国

© 2022 知識の城 群雄割拠 Powered by AFFINGER5