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【世界史のいい話】「イタリア統一の英雄ガリバルディ」「明日からうちの会社に就職決定!」など

2022年3月14日

427: 名無し 2013/10/15(火) 12:32:55.55 0

イタリア統一の英雄、ガリバルディは赤シャツ隊を率いてシチリア島を占領
そのままイタリア統一の為にイタリア半島に進軍する予定であった

しかしシチリアのマフィア達は
ガリバルディの目的を快く思っていなかったため一計を案じた

ガリバルディとその兵士達はマフィアに宴会に呼ばれて訪ねていった
そこには燻製ハム、子羊の丸焼き、
トリュフ詰めの鶏等豪勢な料理がずらりと並べられていた

この宴会は一週間続けられ
ガリバルディとその兵士達はこれに釣られてシチリアに留まり
その間にイタリア本国で迎撃準備が整っていまい
ガリバルディは停戦せざるをえなくなった

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428: 名無し 2013/10/17(木) 19:22:17.72 0

ティムールは遠征先で必ず当地の学者達を連れて来させ、こう尋ねた。
「そちは余を正しいと思うか。それとも余を悪党と思うか。」
正しいと答えても、その反対を口にしても、ティムールは死刑を命じた。

彼の軍勢がホジャの住む町に来た時、
とうとうホジャは彼の前に呼び出され、
同じ質問を受けた。征服者を前に彼は答えた。
「あんたは正しくも悪くもない。
あんたはアッラーの御心のままに振舞っているだけで、
つまり我々が長い間手前勝手なことばかりやっていたため、
神が我々を懲らしめてやろうと思われたのですわい。
あんたは神から遣わされた災難というわけじゃて。」

これを聞いたティムールは大笑いして、ホジャを許したという。

 

429: 名無し 2013/10/28(月) 03:05:18.38 0
ティベリウスはアウグストゥスと仲が悪く、
よく意見を対立させていたが
元老院議員たちがアウグストゥスをあざけるとティベリウスは激高して擁護した
また、アウグストゥスの意見をよく理解するため
その著書を読みつくし彼の思想を理解しようとしていたが
ゆえに意見を言い合うことができたのだ
逆に理解しようとしなかった元老院や他の有力者は
ただアウグストゥスに操られるだけだった

 

437: 名無し 2013/12/14(土) 23:56:58.46 0
ウィリアム・ヘンリー・ハリソンは
第9代アメリカ合衆国大統領に選出され就任演説を行った
その日はとても寒く強い風が吹いていたが
ハリソンは二時間にも及ぶ演説を敢行
これによって肺炎をこじらせ一ヶ月後に死去した
就任期間は31日。業績は就任演説のみであった

 

442: 名無し 2013/12/24(火) 19:50:49.69 0
オスマントルコ帝国第17代皇帝ムラト4世は大のタバコ嫌いで
禁煙令を出しタバコを規制した
しかしそれで帝国の喫煙者が減る事はなかった
そこで皇帝自ら変装して街を歩き回り喫煙者を見つけては首を跳ねていた
彼の治世は短かったが2、3万の喫煙者が処刑されたという

 

443: 名無し 2013/12/24(火) 20:35:09.10 0
綱吉臭を感じる・・・

 

444: 名無し 2013/12/24(火) 21:17:45.17 0
ただ当時は金持ちのためのタバコのため
貧民の麦畑が潰されて庶民が餓えるような時代だったからねぇ

 

450: 名無し 2014/01/08(水) 17:03:53.00 0
やしきたかじんを個人的には好きでも嫌いでもないが、
私の友人でたかじんの人生相談番組に出て
「離婚して子供がいて今職がない」といったら、
たかじんが即座に
「はい、じゃ明日からうちの会社就職。決定。相談終わり!」と、
職を得て今に至る人がいる。大恩人の死に大泣きしてる。

 

455: 名無し 2014/01/12(日) 10:26:56.40 0
>>450
懐の広い人やったんやな。

 

453: 名無し 2014/01/12(日) 03:15:16.43 0

1783年にアリューシャンに漂流した大黒屋光太夫とその一行は
1789年にイルクーツクに到着したのだが、
光太夫達の帰国願はロシア当局に握りつぶされ、
彼らは当地に留め置かれていた。
光太夫は女帝エカチェリーナ2世に直接謁見して帰国を願い出るため、
帝都サンクト・ペテルブルクへ向かった。

女帝に謁見後のある日、
光太夫が皇太子に呼ばれて宮殿に参上したときのこと。
帰りの馬車を手配したがなかなか来なかったので
皇太子自らの馬車を光太夫に使用させた。
光太夫は固辞したものの、
皇太子が是非にと強く勧められたので乗って帰った。

皇太子が行幸に出ると勘違いした皇太子の妻子や宮中の人は、
光太夫が乗っているのを見て仰天して肝をつぶし、口々に理由を尋ねた。
光太夫に同行して一緒に帝都に来ていたラックスマンはこれを聞いて、
「いくら外国の人だからってこんなことはしちゃだめだ」
といましめてから大笑いした。
異国とはいえ、庶民の身でありながら皇族の馬車に乗ったことで
光太夫は胸がおどり、その日は一晩中眠れなかった。

 

454: 名無し 2014/01/12(日) 04:04:15.72 0

またある日、
光太夫はペテルブルクで知り合った人から、とある遊郭を案内された。

別の日、王宮に呼ばれた帰り道に光太夫がその遊郭の前を通った際、
泊まっていくように強く勧められた。
珍しい客ということで娼婦達はみな様々にもてなしてきて、
誰が光太夫の相手をするかで相争った。

名高い娼婦5人の中からくじで選ぶことになったが、
結局その5人全員で光太夫を囲んで一晩中語り明かした。
翌朝に帰ろうとしたとき、娼婦がどうしてもといって
絹や銀、旅の必需品などを光太夫におくった。

その後も光太夫は遊郭へ行くたびに色々な贈り物を得ていたので、
友人のラックスマンに
「なんとまあ光太夫は果報者だな。
これからは娼婦に物をもらう生活にしろよw」と笑われた。

 

457: 名無し 2014/01/21(火) 16:48:13.21 0

ナポレオンが皇帝の位に昇った時、
臣たちは彼が政治に巧みであることに感心しながら問うた。

「恐れ多くも陛下は政治をどなたに御学びになられたのですか?」

「朕は母の台所に学んだ。」

またナポレオンは次のようなことも言った。

「我は断言する。子供の将来はまったくその母に繋がっているのだと。」

 

461: 名無し 2014/01/25(土) 15:57:34.70 0

日曜の牧師のお説教があまりに退屈だったので、
サミュエル・クレメンズ少年は、その牧師に言った
「今、あんたが言った言葉は全部、僕の持ってる本に載ってるよ」

牧師は驚く
「そんなわけはないでしょう、ウソを言ってはいけません」
「ウソなもんか。今度、その本を見せてやるよ」

サミュエル君が持ってきた本は……辞書だった
このサミュエル・クレメンズこそ、後のマーク・トウェインである

462: 名無し 2014/01/25(土) 16:20:21.57 0
なるほど、機知のある少年だったわけだ

 

463: 名無し 2014/01/29(水) 11:50:57.90 P

ある時ムハンマドは「~~の日に山を動かす」と宣言した。
当日になると大勢の見物客が集まった。

ムハンマドは大声をあげて山に命令するが、いくら呼びかけても
山は動かない。すると、
「どうやら山はこっちに来たくないらしい。私の方から行こう」
と自分から歩いていった。

 

471: 名無し 2014/02/03(月) 13:18:23.49 0

ムハンマドが一番若く一番寵愛した幼妻が砂漠ではぐれてしまった
そこにたまたま若い兵士が一人やってきて、
彼女をムハンマドの元へ送り届けてくれた
しかし砂漠で一晩男と2人きりですごしたため、
周りの人々は若い男と女が二人きりで一晩過ごしたんだから
不義があったに決まっていると言って、幼妻を批判した
ムハンマドも不義があっただろうなと思っていたが、
元々他の妻はみな未亡人だったりするなどこだわりの薄いことだったため、
貞操に関してはそこまで深刻に考えていなかった

けれども当時のアラブ人たちの慣習では
そのような不義があった妻は石打ちの刑で死刑にすることになっていた
彼の周りの人々は本気で彼女を絶対に死刑にするよう求めてきたため、
ムハンマドはようやくことの深刻さを理解した
しかも幼妻はイスラム勢力の有力者の娘であり政治的な意味ももってしまっていた

不義があったとして死刑にしたがる派閥と
不義はなかったかあったとしても死刑はだめだとする派閥で酷い論争になった
不義があったかどうかは本人たちの証言以外に証拠はなにもなく、
どちらが正しいか判明するわけがなかった
このままでは内紛が悪化すると懸念したムハンマドはこれを解決することにした。

ただ一言
「神のお告げがありました。神様曰く不義はなかったそうです」
と言ったのだ

 

472: 名無し 2014/02/03(月) 17:21:27.07 0
神様万能w
まさに全知で全能の神だ

 

473: 名無し 2014/02/04(火) 20:23:06.22 0

そら預言者かたってる奴を信じる宗教としてやってきたんだから
どんだけ理不尽でも予言やで、って言われたら否定できんよなぁ

ま、シーア派のシンボルになるアリーさんは
余裕で浮気糾弾し続けましたけどw

 

475: 名無し 2014/02/05(水) 22:07:18.78 0

ゲーテはかく語る。

「我が家は古い家で、薄暗い部屋が幾間もあり、
まるで子供を怖がらせるために作られたように思える。
それに私達は一人づつ別々に寝なければならなかったから
尚更怖ろしかった。とても一人では眠っていられなかったので、
夜にそっと寝台をぬけ出して召し使いの部屋に行こうとした時、

父はあらかじめこの事を予期したと見え、
寝衣を逆さまに着て私達を強く叱ろうと思って妙な風をし、
通路を塞ぎながら私達を見るや否や、恐ろしい声で叱り飛ばしたから、
私達はこわごわとまた元の部屋に逃げ帰ったものの、
どうも暗い部屋に一人で寝ているのはまったく恐くて堪らなかった。

ところで我が母は始終愉快な晴々しい面持ちで
人を感化するのに妙を得ていた。
だから私達が恐がる念を止めるためにも一策を案じ出して、
報賞することで甘く効を奏したのだ。

時はまさに桃果の盛りだったのを良い機会として、
私達がもし夜恐がる念に打ち克った時には
朝方に桃果をたくさん御褒美にくれたのだ。
ところがこの法が奇効を奏して母子ともに満足する結果となったのだ。」

ゲーテはこのような話をしながらさらに言葉を添えて次のように言った。
「我がやさしき母の一言は
哲学者の百の議論よりも私達に安心を与えたのである。」

 

476: 名無し 2014/02/05(水) 22:51:45.03 0
>>475
母は偉大だな…

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