古代オリエント

マウリヤ朝について語りましょう「インド亜大陸のほぼ全域を統一した最初の帝国」

2022年5月1日

1: 名無し 2018/08/04(土) 06:56:45.19 0
語りましょう

ニュース


2: 名無し 2018/08/04(土) 10:16:54.96 0

マウリヤ朝(マウリヤちょう、梵: Maurya-sāmrājya、紀元前317年頃 - 紀元前180年頃)は、古代インドで栄えたマガダ国に興った王朝である。

紀元前317年頃、チャンドラグプタによって建国された。
アショーカ王の時に全盛期を迎え、南端部分を除くインド亜大陸全域を統一した。

しかしアショーカ王の死後国家は分裂し、紀元前2世紀初頭、シュンガ朝の勃興により滅亡した。

4: 名無し 2018/08/04(土) 20:07:11.32 0
詳しいことは分からないのが古代インドの歴史だが、マウリヤ朝の初代皇帝チャンドラグプタは例外的に知られている
11: 名無し 2018/08/06(月) 04:31:55.11 0
>>4
チャンドラグプタよりアショカのほうが知られてるよ
5: 名無し 2018/08/04(土) 20:08:00.63 0
アレクサンドロス帝国の後継将軍たちと戦ったおかげで、ギリシャ側の記録に残った
7: 名無し 2018/08/05(日) 07:37:59.33 0
名高い軍師 カウティリヤ
no title
8: 名無し 2018/08/05(日) 07:39:40.84 0

カウティリヤは紀元前324年頃のインド北西部におけるチャンドラグプタの挙兵に大きく関わったとされており、彼の補佐のもとチャンドラグプタはガンジス川中流域へと侵攻してナンダ朝の首都パータリプトラを占領し、国王ダナナンダを殺害してナンダ朝を滅ぼし、マウリヤ朝を建国した。

カウティリヤは建国されたマウリヤ朝において引き続き政治顧問の役割を果たし、事実上の宰相となっていた。また、タキシラにあった大学の教官でもあった。チャンドラグプタの死後も、彼の息子であるビンドゥサーラ王のもとで引き続き補佐を行っていたとされる。

カウティリヤの残したとされる「実利論」はサンスクリット語で書かれた冷徹な政治論であり、しばしばマキアヴェッリの『君主論』と比較される。この「実利論」は同時に、当時のマウリヤ朝やインド社会を知るための貴重な資料ともなっている。

9: 名無し 2018/08/05(日) 07:41:05.27 0

カウティリヤの「実利論」は、かなり有名な個展

日本での知名度はゼロに近いが

10: 名無し 2018/08/05(日) 15:06:00.35 0
カウティリヤといえば必殺毒殺人。
マキアヴェッリとよく比較されるカウティリヤだが
そういやマキアヴェッリのころのイタリアも毒による暗殺が盛んだったね。
13: 名無し 2018/08/07(火) 05:53:32.93 0
インド南端はそんなに魔境なのか
14: 名無し 2018/08/07(火) 21:11:41.13 0
>>13
昼でも暗い濃密なジャングル支配できるようなところではない
15: 名無し 2018/08/07(火) 21:21:54.33 0
とくに騎馬軍団には不向き
21: 名無し 2018/08/14(火) 19:24:57.65 0
>>15
古代インドに騎兵なんていたの?当時は戦車だったんじゃないの
22: 名無し 2018/08/14(火) 20:29:40.46 0
>>21
象に騎乗してたろ
27: 名無し 2018/08/15(水) 05:42:36.60 0
>>21
仏典にはよく四兵(象・馬・車・歩の四軍団)が登場しており、これは阿含経からすでに見られます。
また、王の七宝と言えば車・象・馬・玉・美女・宰相・将軍の七種のこと。
『実理論』にも四種の軍団のことは見えており、チャトランガの駒にもなっていますね。
16: 名無し 2018/08/07(火) 21:33:22.24 0
でも交易で豊かではあったんでしょ
至極攻めにくそう
18: 名無し 2018/08/08(水) 07:08:46.87 0

インドとアラビア半島は、地図で見ると意外なほど近い

古代から交易が盛んだったのは当然

26: 名無し 2018/08/15(水) 02:26:55.93 0
南インドにはチェーラ・チョーラ・パーンディヤの三王国があった訳だが。
28: 名無し 2018/08/15(水) 19:34:56.49 0
>>26
プリニウス博物誌で言及されているパーンディヤ朝の軍隊は歩兵と象だけとなっている
古代の南インドに騎兵がいたかどうかは実証に乏しいようなレリーフとか遺物とか発掘されてないのだろうか
29: 名無し 2018/08/17(金) 22:55:05.36 0

どうも極論が多いな

「濃密なジャングルに覆われた熱帯の低地は、移動しにくい地形なので、征服するのが難しい」と言ってるだけで、不可能とまでは言ってない

もっとも、たとえ征服したとしても、長く支配し続けるのは不可能に近い

31: 名無し 2018/08/18(土) 12:20:02.20 0
>>29
インド南端全体が熱帯ジャングルというのも極端だろ
熱帯モンスーン、ステップ、サバンナ気候帯にわかれている
30: 名無し 2018/08/17(金) 23:10:53.97 0
征服しようとするとベトナム戦争みたいになるわけか
32: 名無し 2018/08/24(金) 12:28:30.03 0
チャンドラグプタは、マケドニア系のセレウコス朝と戦いガンダーラを支配する
33: 名無し 2018/08/25(土) 19:05:27.92 0
マウリヤ朝が弱体化すると、支配下にあったカリンガ国でチェーティ朝が成立し再び独立勢力となった
38: 名無し 2019/04/27(土) 08:28:02.64 0
マウリヤ朝の都パータリプトラはアショカ王の時代に
世界最大の人口を擁する都市だったとか。
39: 名無し 2019/04/29(月) 04:38:35.57 0
その時代なら中華は戦国末期
ローマはポエニ戦争前でやだとイタリア統一した程度
ライバル都市としてはアレクサンドリアくらいか
41: 名無し 2019/04/29(月) 18:34:00.80 0
ペルシャ帝国よりは遅いが、秦漢帝国よりは早かった大統一
242: 名無し 2020/03/06(金) 13:51:09.55 0
>>41
ペルシャがマケドニアに滅ぼされたので、
危機感を強めたインダス地帯とガンジス地帯が統一しマウリヤ朝が拡大していった
243: 名無し 2020/03/12(木) 19:44:37.20 0
>>242
すごいなそんな大昔なのに、グローバルな視野を持ってたとは
247: 名無し 2020/05/08(金) 23:26:11.28 0
>>243
グローバルな視野というより、脅威が間近になったことへの危機感だろう
44: 名無し 2019/04/30(火) 02:09:00.33 0
マウリヤ朝にチャンドラグプタ
グプタ朝にチャンドラグプタ1世
グプタ朝にチャンドラグプタ2世紛らわしい
45: 名無し 2019/04/30(火) 03:47:42.99 0
>>44
チャンドラグプタ1世とチャンドラグプタ2世の間に、サムドラグプタがいる
49: 名無し 2019/05/05(日) 20:45:46.55 0
スレタイには反するけど、やっぱり、イスラーム化する以前のインド古典文化の華といえるのは、グプタ朝なんだよな
50: 名無し 2019/05/05(日) 21:04:00.33 0
まぁ、グプタ朝はいまに繋がるヒンドゥー文化が花開いた時代だからね
マウリヤ朝はアショーカがインドのある種のシンボルとみなされているものの・・・
51: 名無し 2019/05/05(日) 21:05:04.42 0

マウリヤ朝が有名なのは、建国者のチャンドラグプタが、アレクサンドロス大王の東征軍と戦ったおかげ

歴史を記録することに興味がなかったインド人だが、チャンドラグプタはギリシャ側の記録に残って有名になった

56: 名無し 2019/05/05(日) 21:39:30.13 0
>>51
チャンドラグプタが戦った相手はアレクサンダー死後のマケドニア軍
57: 名無し 2019/05/05(日) 21:46:15.80 0
>>56
そうだな「アレクサンドロス大王の東征軍」じゃなくて、「セレウコス1世のインド遠征軍」に訂正
52: 名無し 2019/05/05(日) 21:06:51.39 0

それから、アショーカ王は仏教の歴史で有名な人物なので、そこでおおいに名を残した

インド人は、歴史には興味ないけど、宗教や哲学には異常なほど興味あるから

54: 名無し 2019/05/05(日) 21:21:40.03 0
現代インド人にとっては、アショーカは国旗・国章のモチーフになった獅子柱頭を作った帝王にして、はじめてインド統一を成し遂げた人物だと誰でも習うのでかなり特別な存在になってる
55: 名無し 2019/05/05(日) 21:28:54.91 0
>>54
インド人も、愛国心を植え付けるための歴史教育をやっているのだなもともと、歴史教育なんてものは、そのためにあるようなものだが
なんだか、インドも中国みたいになってきた
61: 名無し 2019/05/05(日) 23:06:39.84 0
マウリヤ朝は、初代から三代目までそれぞれ異なる新興宗派に入信したことで知られる
・初代 チャンドラグプタ: ジャイナ教
・二代 ビンドゥサーラ: アージーヴィカ教(運命決定論による諦観主義)
・三代 アショーカ : 仏教仏教経典で六師外道とdisられるジャイナ教とアージーヴィカ教だが、この時期拮抗していたことが伺える
またマウリヤ朝が、バラモン教以外の新思想を柔軟に取り込む基本姿勢を有していたことを示唆している
63: 名無し 2019/05/11(土) 22:50:34.80 0

チャンドラグプタ

バラモンやクシャトリアの出身じゃないみたいね
64: 名無し 2019/05/14(火) 05:12:19.88 0
新宗教でバラモン教に対抗するという点では一貫しているようにも見えますな。
65: 名無し 2019/08/16(金) 17:06:17.62 0
信長がキリスト教に好意的だったようなもの。
宗教の最大勢力を抑え込むのに目新しい宗教を使う。
67: 名無し 2019/08/25(日) 21:06:28.35 0
史上最高の軍師はカウティーリヤ
70: 名無し 2019/08/26(月) 18:18:55.50 0

「カウティリヤは、ヴェストファーレン平和条約よりもはるか昔に、ヨーロッパの構造に匹敵するものをインドで築いた」

「マキアヴェリとおなじように、自分が目にした世界を分析し、行動の指針として規範ではなく実利を提案した」
「『実理論』では、他の国をすべて征服し勝利に向かう道に存在するそういう釣り合いを克服することが、戦略の目的である。その点からすると、カウティリヤはマキアヴェリではなく、ナポレオンや秦の始皇帝になぞらえられるべきだろう」
「カウティリヤはマキアヴェリとはちがい、よりよい時代の美徳への感傷を示さなかった。カウティリヤが認める美徳の基準はただひとつ、勝利への道についての自分の分析が正確かどうかということだけだった」
 「いわばマキアヴェリとクラウセヴィッツを組み合わせたような理論だった」

「『実利論』は国際秩序を打ち立てるための手引ではなく、征服のための手引だった」。

国際政治学者であり、ニクソンとフォード政権期の国家安全保障問題担当大統領補佐官であり、国務長官だったヘンリー・キッシンジャーは驚くほど高評価を下している。

さらに、マックス・ウェーバーも
「これに比べればマキャヴェリ『君主論』などたわいもないものだ」
と述べている。

71: 名無し 2019/08/26(月) 21:06:02.64 0
カウティリヤの「実利論」って「周礼」や「君主論」と一緒でぼくがかんがえたさいきょうのせいさくろんで
現実に施行されたわけでも何でもないでしょ
同時代のアレクサンドロスの東征軍の将校らが残した見聞録とは大きくかけ離れるし
73: 名無し 2019/08/26(月) 23:36:00.23 0
>>71
やっぱりそんなものなんやな
チャンドラグプタ時代のマウリヤ朝の統治制度っていまいち良く分からないんだよな
単純に資料が少ないんかね?
74: 名無し 2019/08/27(火) 00:18:20.67 0
アショカは、カウティリヤの政策を継承しなかったの?
75: 名無し 2019/08/27(火) 08:49:39.94 0
>>74
アショーカの統治って仏教的なダルマの統治がメインだったんじゃないの?
76: 名無し 2019/08/27(火) 15:41:20.87 0
だるまさんがころんだ
だるまさんがころんだ
だるまさんがころんだ
77: 名無し 2019/08/27(火) 16:01:31.04 0
>>76
そのだるまも語源同じやで
達磨人形のダルマってインドの言葉由来や
80: 名無し 2019/08/27(火) 23:40:19.50 0
アショーカが人殺し大好きだったのはショック
81: 名無し 2019/08/27(火) 23:59:38.35 0
>>80
まあ後に仏教に目覚めて改心するから……
83: 名無し 2019/08/28(水) 15:21:26.11 0
暴君アショーカ
84: 名無し 2019/08/28(水) 18:19:15.80 0
そりゃ、史上最大の帝国を築いた征服者なんだから、秦の始皇帝より強烈だろ
85: 名無し 2019/08/28(水) 18:36:59.81 0
始皇帝やネロは暴君の代表みたいな扱いされてるけど
これは弾圧された儒者やキリスト教徒が誇大に暴君宣伝してるからで
実際にはそこまで暴君ではなかったと言われてるアショーカは特にネガキャンされてるとは思えんから
ほんまに暴君やったんやろな
86: 名無し 2019/08/28(水) 19:27:23.85 0

99人兄弟殺し、500人大臣殺し、8万4千の塔に分納

話盛りすぎだろ

87: 名無し 2019/08/28(水) 19:45:12.11 0
盛ってるとしたら誰が盛ったんや?
始皇帝やネロと違うて特に恨みのある勢力は無いと思うけど
89: 名無し 2019/08/28(水) 20:40:17.07 0
>>87
まあ、仏典は「極悪人が解脱して聖者になった」とか、「ボーッとしたバカが覚醒して知恵者になった」とか、そういう転回話が好きだけどなでも、火の無いところに煙は立たない
伝説の暴君になったからには、相当に苛烈だったはず
93: 名無し 2019/08/29(木) 12:04:31.63 0
>>87
恨みがあるから盛ったんじゃなくて、「かつては苛烈な暴君が仏教で改心した」ってなると仏教の良い宣伝エピソードになるから仏教サイドが盛った可能性はあるんやない?
90: 名無し 2019/08/29(木) 00:07:15.75 0
仏法へのコンバージョン後はほんとうに善政を敷いたのだろうか…?
苛政で溜まった恨みと怒りが一気に爆発しそうなもんだが
92: 名無し 2019/08/29(木) 06:45:40.64 0

生き残りがいるから恨まれる

全滅させれば恨まれない

94: 名無し 2019/08/30(金) 07:11:39.30 0

いまでいうパキスタンやアフガニスタンあたりまで版図におさめているからな

シナにたとえれば、中華皇帝がモンゴルまで征服するようなものだ

95: 名無し 2019/08/30(金) 07:13:51.77 0
>>94
アフガニスタンはともかく、パキスタンは歴史的にインド亜大陸の一部なんだし、中国にとってのモンゴルとは全然違うやろ
96: 名無し 2019/08/31(土) 08:07:13.70 0
インドへの侵略者は、常にアフガニスタンからパキスタンを通ってやってくる
97: 名無し 2019/08/31(土) 08:22:52.05 0
マウリヤ朝時代にもアレクサンドロスやその部下たちが、アフガニスタン方面からインドに侵入しようとしてたな
一説によると、チャンドラグプタがセレウコスと戦った可能性もあるんだとか
98: 名無し 2019/08/31(土) 10:15:25.28 0

中国への侵略者もたいてい雁門関を通ってやってくるが、中国の場合は他にも侵入口がいくつかある

その点、インドはカイバル峠しか侵入口がない

102: 名無し 2019/09/01(日) 19:41:18.47 0
>>98
そこしかないなら守りやすいように思えるが・・・それこそ長城つくって
インド人にはそういう発想はなかったのだろうか
99: 名無し 2019/08/31(土) 23:31:24.24 0
海沿いは砂漠や湿地帯のようだからムリだったのかな?
100: 名無し 2019/09/01(日) 00:14:01.33 0
>>99
大航海時代以降のヨーロッパ人は海沿いからインドに侵入してるな
イギリスのインド植民地化だって基本的には海沿いからスタートしてる
106: 名無し 2019/09/05(木) 08:14:06.81 0

数千年のインドの歴史を見ると、西北方面からの侵略を何度も受けてるので、攻めやすいのかと思ってしまうが

実際には、ヒンドゥークシュ山脈は峻険な「世界の屋根」
なんとか山を越えても、その先には支流が多い暴れ川のインダス越え、広大なラージャスターンの砂漠越えが待っている地獄の行軍

107: 名無し 2019/09/05(木) 19:34:10.41 0
それでも攻め込みたくなるほど、インドの豊かさは魅力
110: 名無し 2019/09/08(日) 20:48:54.74 0
>>107
暑いやん
109: 名無し 2019/09/05(木) 20:45:36.37 0
アフガンからのインド侵略ならバーブル・ナーマ読むと分かりやすい
111: 名無し 2019/09/09(月) 08:51:01.20 0

バーブルは、インドで皇帝になってからも、故郷の中央アジアに帰りたがっていた

高温多湿もさることながら、「美味しい果物がない」というのが最大の不満だったらしい

112: 名無し 2019/09/09(月) 08:52:31.39 0
イチローも、アメリカに渡ってから、「こっちには旨いものがない」と語っていた
「アメリカ人の食事は、腹を満たすだけ」とも
113: 名無し 2019/09/09(月) 08:56:25.65 0

バーブルの死後、フマーユーンが亡命先のペルシャから多数の料理人を連れ帰ってきたため、インド料理は劇的に進化することになる

その次のアクバルで、インド的なものとペルシャ的なものを併せ持つ、満漢全席みたいなムガール宮廷料理が完成した

117: 名無し 2019/09/09(月) 19:48:57.76 0

そもそも、インドはヨーロッパ大陸くらい広い

ヨーロッパも統一された試しがないのに、インドを統一できないのは当たり前

118: 名無し 2019/09/09(月) 19:51:24.98 0

もっとも、ヨーロッパは地形が複雑だ

イギリスは島だし、スペインとイタリアは半島で、半島の付け根を峻険な山脈で区切られている

ドイツとフランスを除けば、自然国境の壁が厚い

120: 名無し 2019/09/10(火) 17:23:22.51 0
>>118
日本も地形複雑で多数の島に別れてて山脈多い平地少ない悪条件なのに1500年前から統一されてる
128: 名無し 2019/09/11(水) 02:24:51.35 0
>>120
イタリアもそれと似ている
細長い国土なのに、東海岸から西海岸への移動は「海をグルっと回ったほうが早い」と言われるほど山が険しいイギリス・フランスに比べて、統一および国民国家形成が何百年も遅れたのは当たり前
131: 名無し 2019/09/11(水) 04:56:36.76 0
>>128
アペニン山脈ってそんなに険しい?
脊梁山脈を持つ形状が似てるっちゃ似てるとはいえ、少なくとも日本の本州よりイタリア半島は緩そうだけど
121: 名無し 2019/09/10(火) 17:33:47.78 0
>>120
ろくな表音文字がないからね
言語も統一できないままに暴力で支配した
122: 名無し 2019/09/10(火) 18:00:24.73 0
>>120
統一なんかされてないだろ
明治になってやっと統一された
124: 名無し 2019/09/10(火) 18:25:13.26 0
>>120
日本は〇〇道を抑えるために、線をたどる。
ヨーロッパ大陸は平野部が大きいので、面を抑えなければならない。
123: 名無し 2019/09/10(火) 18:07:24.79 0
封建制やと統一されてないことになるんか?
126: 名無し 2019/09/11(水) 02:13:32.43 0
>>123
江戸時代なら緩やかな統一国家体制と言えるだろうが、室町時代なんか、どう見ても統一国家とは言えない天皇と将軍がいるから統一国家だというのなら、ヨーロッパも教皇と皇帝がいるから統一国家

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