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【戦国いい話15】秀吉の松茸狩り、宮本伊織の豆腐、手柄を譲り合う前田利家と佐々成政

2022年7月15日

389: 名無し 2008/06/20(金) 00:32:07
秀吉の松茸狩りの話って出た?

 

390: 名無し 2008/06/20(金) 11:33:16
>>389
上に立つ者の気配りの話だね。
宮本伊織(戦国時代じゃないけど)の豆腐の話も好きだ。

 

391: 名無し 2008/06/20(金) 12:39:06
どっちも出てないから教えれ

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393: 名無し 2008/06/20(金) 13:11:58

秀吉が天下を取ってからのこと。
京都の東山に松茸がたくさん生えていると聞き、
「松茸狩りをして遊ぼうではないか」と言い出した。

家臣たちが下見に行くと、すでに京の人々がほとんど採ってしまい、僅かしか残っていない。

そこで、他所から松茸を取り寄せ、一晩のうちに植えさせた。
夜を徹して作業を続け、何とか間に合わせたのである。

秀吉はお祭り騒ぎのようにして、やってきた。
見ると、そこらじゅうが松茸だらけ。
「これは見事」と、非常に機嫌がよい。子供のように、はしゃぎながら松茸を採っていた。

すると、傍にいた女性が、秀吉の袖を引いて
「これは自然に生えたものではありません。殿下にはそれがお分かりになりませんか」
と、小賢しく言った。

秀吉は、手を振って、さえぎり、
「こら、言うな。俺たちを喜ばせようとして、皆がやったことだ。これだけ植えるには、相当の苦労があったはずじゃ。その気持ちをありがたく受け取ってやらねばならぬ」とニッコリ笑ったと言う。

 

395: 名無し 2008/06/20(金) 13:32:52

宮本伊織=武蔵の養子(兄の子)

15歳で姫路藩(小笠原家)に仕官し、20歳で家老になる。
主家が小倉11万石に転封されてから筆頭家老。

彼は接待・宴席で豆腐料理を出されるとことさら喜んだ。
この噂は藩内はもとより近隣の国にも広まっていった。
そのため伊織がらみの宴席では豆腐がメイン料理となることが多かった。

晩年、使える女中が
「殿様はほんとうに豆腐がお好きなんですねえ」
と言うと、伊織はにこやかに笑って、
「本当に好きなものは他にあるのだが、政務を司どるものが贅沢好きでは下に対してしめしがつかない。それに、豆腐好きということにしておけば、余計な気遣いもさせなくて済む」
と言って女中に他言無用と約束させた。

 

398: 名無し 2008/06/20(金) 15:07:08
>>395
女中、おもいっくそ他言しとるがなw

 

400: 名無し 2008/06/20(金) 17:11:02
>>398
宴席で喜ぶ伊織……ところがここで女中がネタばらし。
いたたまれずに、恐縮する隣国の家老。「もう伊織殿に豆腐を出したりしないよ!本当さ!」

 

397: 名無し 2008/06/20(金) 14:46:56
伊織に腹いっぱい芋粥を食わせてやりたいな

 

407: 名無し 2008/06/25(水) 13:07:41

男のきずなの話

ある戦で前田利家と佐々成政が、二人がかりで稲葉某って豪傑を倒した。
曲がったことの嫌いな二人は、「稲葉に致命傷を与えたのはおめーだろ」って首の譲り合い
を始めるもお互い譲らず、果ては取っ組み合いの喧嘩になりそうになった。

そこに通りかかった柴田勝家が、「この首いらないの?じゃ、おれが貰う」って言って、唖然とする二人を尻目に稲葉の首を勝手にもっていってしまった。
そして、二人は不承不承、主君・織田信長の城に帰還した。

すると、柴田が来て「利家・成政、殿がお呼びだぞ」って二人を呼んだ。
二人は「殿が何の用事だろ?」って不審に思いながら拝謁すると、上座に信長・そばには勝家がニコニコして座っている。
「そちたち、豪傑稲葉を打ち取ったそうだな。これは手柄である。しかも、その首を譲りあうとは近年ない奥ゆかしいことだ。これも手柄である。いきさつはすべて勝家から聞いた。そちたちの手柄は2つあることになるから、2人共に褒美を遣わす」って二人とも褒められた。

以後、2人は信長に一層の忠誠を誓い、粋なはからいをした勝家を兄貴と慕ったという。

 

408: 名無し 2008/06/25(水) 13:46:19
権六になら掘られてもいい

 

409: 名無し 2008/06/25(水) 14:05:37

山をまもった話

関ヶ原の伏見城攻撃の時の話。

醍醐寺に石田軍の徴発部隊が、攻城戦に使う木材の伐採にやって来た。しかし醍醐寺領内は豊臣政権により「山林竹木等守護不入」の権利を確認されていた。当然醍醐寺の側は徴発を拒否。だが石田側は武力に任せ強引に山林の伐採を開始。醍醐寺側はこの暴挙に、寺の数少ない寺侍たちが出てきて抵抗をしようとするが多勢に無勢。それどころか醍醐寺への攻撃すら仕掛けてくる始末。このまま醍醐寺の山林は禿山にされるのか。
その時である

醍醐寺領内の村々の半鐘が、一斉に鳴った。
それと同時に武装した村人たちの軍勢が石田軍の部隊を包囲したのである。
形勢は逆転した。石田軍は既に伐採した木材も打ち捨て、ほうほうの体で逃げて行った。

醍醐寺の山林はその後も長く、山里の村々を潤した。
表舞台では語られない、歴史の一コマ。

 

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