太平洋戦争 戦前 戦後

【1942年】ガダルカナル戦について徹底的に語るスレ

1: 名無し 2007/06/19(火) 21:41:06
1942年8月7日から1943年2月7日までの
ガダルカナル攻防戦について色々語りましょう。

4: 名無し 2007/06/19(火) 21:51:12 ID:???

島に飛行場なぞ作らず要塞化していれば勝てた

どこへ行っても海軍設営隊は弱すぎ、役立たず

 

26: 名無し 2007/06/20(水) 21:08:09 ID:???
>>4
飛行場作らなかったら、ガ島に行く意味ないヨ・・・

 

68: 名無し 2007/06/23(土) 23:21:05 ID:???

>>26
だって日本側の作った飛行場を米軍が占領して使用するって
悪しき先例を作っちまったじゃないか

もしツラギの水上機基地だけなら米軍もそんなに来なかったろうし
要塞化して持ち堪えていればツラギに張り付いた米軍を海空から殲滅することも
できたんジャマイカとオモタが、やっぱり水際陣地なんだろうから無理か

しかし設営隊は戦力弱すぎる、せめて敵に物資を鹵獲させるなよ

 

70: 名無し 2007/06/24(日) 00:16:54 ID:???

>>68
ガ島には飛行場建設のための適地があるから、設営隊が行ったわけだし・・・
要塞化するならラバウルで十分じゃないかと。
米軍が予測したとうり、五千人ぐらいの戦闘部隊がいたら一定期間飛行場の使用を阻止できて
史実よりも増援しやすくなっていたのではと思います。
と、思ったが無駄に攻撃に出てすぐアボンかも

設営隊はしょうがないです。米軍と違って徴用されたただのオサーン達だし。
しかし、物資を焼却できなかったのはイタイですね。
ガ戦上陸時に輸送船にすぐ逃げられた海兵隊は、日本軍のもの結構活用してましたから。

 

5: 名無し 2007/06/19(火) 21:51:54 ID:???

「島嶼なんだから、補給路を締め上げればいい。
それを日本海軍はバカみたいに上陸部隊をあげて決戦方針で望んだ」
(ニミッツ)

 

26: 名無し 2007/06/20(水) 21:08:09 ID:???
>>5
決戦しなかったらジリ貧だyo・・・

 

96: 名無し 2007/07/01(日) 23:47:39 ID:???
「日本陸軍の戦闘能力」スレより>>7から>>20まで

 

7: 名無し 2007/06/19(火) 22:54:58 ID:???

第二次世界大戦帝國陸軍南東戦線戦闘序列

第8方面軍(今村均中将)
第8方面軍司令部
第17軍(百武晴吉中将)
第17軍司令部
第6師団
山砲1個連隊
山砲1個大隊
速射砲1個大隊
速射砲1個中隊
高射砲5個大隊
その他諸部隊
第18軍(安達二十三中将)
第18軍司令部
第20師団
第41師団
第51師団<主力再建中>
南海支隊
独立混成第21旅団
歩兵第41連隊
その他諸部隊
直轄部隊
速射砲1個大隊
高射砲6個大隊
その他諸部隊
第38師団

 

8: 名無し 2007/06/19(火) 22:55:56 ID:???

続き

飛行第6師団
飛行第6師団司令部
航空7個戦隊
飛行3個中隊
その他諸部隊
直轄部隊
独立混成第65旅団<2個連隊欠>
南海第1守備隊
戦車1個連隊
戦車1個中隊
野戦重砲兵2個連隊
高射砲3個大隊
その他諸部隊

 

9: 名無し 2007/06/19(火) 23:00:34 ID:???

第二次世界大戦帝國陸軍ガナルカナル島戦線戦闘序列1

第17軍(百武晴吉中将)
第17軍司令部
南海支隊(堀井少将)
歩兵3個大隊
山砲大隊
工兵連隊
独立混成第35旅団(川口少将)
一木支隊(一木清直大佐)
歩兵第28連隊
第2師団
第36師団
龍頭部隊
第1揚陸団(伊藤少将)
第17軍直轄
戦車中隊
速射砲中隊
山砲大隊
野戦重砲兵中隊
高射砲2個大隊

 

10: 名無し 2007/06/19(火) 23:01:22 ID:???

続き

第17軍予備
歩兵第41連隊
青葉支隊
その他諸部隊
飛行第6師団
飛行第6師団司令部
第12飛行団
航空第45戦隊
独立第76飛行隊
その他諸部隊
ガダルカナル守備隊(門前海軍大佐)
横須賀海軍第5特別陸戦隊
ガダルカナル航空基地設営部隊
その他諸部隊

 

11: 名無し 2007/06/19(火) 23:02:29 ID:???

第二次世界大戦帝國陸軍ガナルカナル島戦線戦闘序列2

第17軍(百武晴吉中将)
第17軍司令部

第2師団(丸山政男中将)
住吉支隊(住吉少将)

岡部隊
歩兵3個大隊
その他諸部隊

中熊部隊
歩兵2個大隊
その他諸部隊

砲兵隊
軽砲(野砲・山砲)5個小隊相当
榴弾砲中隊相当
野戦重砲兵15個分隊相当
その他諸部隊

 

12: 名無し 2007/06/19(火) 23:03:53 ID:???

続き

防空隊
高射砲2個大隊
その他所部隊

直轄部隊
軽戦車中隊(10輌)

コリ支隊
歩兵1個大隊
その他諸部隊
その他諸部隊

 

13: 名無し 2007/06/19(火) 23:05:02 ID:???

第二師団の戦歴
S.16.09    臨時編成
S.17.01    蘭印攻略作戦
S.17.08    ガダルカナル奪回作戦
S.18.01    ガダルカナル撤退、ブーゲンビル島-ニューブリテン島を経てフィリピンへ。ここで再編
S.19.01    ビルマへ移動、ビルマ防衛戦に従事(「インパール作戦」には直接従事していない)
S.20      一部を残してインドシナへ移動、終戦

第七師団 熊兵団 明治29年編成
一部がノモンハン、ガダルカナルに参戦。
終戦時、第五方面軍に所属、北海道にて本土決戦準備中.

第三十八師団 沼兵団 昭和14年編成.
編成後中国で治安任務に従事.昭和16年香港攻略作戦に参加.その後蘭印攻略
作戦に参加後、ガダルカナル島へ派遣.昭和18年ガ島撤退後、ラバウルで再建
され同地で終戦.

 

14: 名無し 2007/06/19(火) 23:06:48 ID:???

簡単な日本軍師団編制。4単位師団バージョン。

師団司令部
歩兵旅団
歩兵連隊(歩兵3個大隊、歩兵砲中隊、速射砲中隊他)
歩兵連隊(同上)
歩兵旅団
同上
野砲兵連隊(10糎榴弾砲12門、75粍野砲36門)
又は山砲兵連隊(75粍山砲48門)
騎兵連隊(騎兵3個中隊、機関銃小隊、速射砲小隊)
又は捜索連隊(装甲車2個中隊、乗車2個中隊)
工兵連隊(工兵3個中隊)
輜重兵連隊(2個大隊)

ガ島戦時、第二師団は三個単位制を取っているのでこれとは少し違う。
第三十八師団も編成は、第二師団とおおむね同じ。

 

15: 名無し 2007/06/19(火) 23:08:41 ID:???

簡単な日本軍師団編制。3単位師団バージョン

師団司令部
歩兵団司令部
歩兵連隊(歩兵3個大隊、歩兵砲隊、等)
歩兵連隊 同上
歩兵連隊 同上
捜索連隊(騎兵2個中隊、装甲車2個中隊)
又は師団捜索隊(騎兵中隊、装甲車中隊)
又は騎兵連隊(中隊2、機関銃小隊)
野砲兵連隊(10糎榴弾砲12、75粍野砲24)
又は山砲兵連隊(山地10榴12、75粍山砲24)
工兵連隊(工兵中隊2個乃至3個)
輜重兵連隊(車両中隊、自動車中隊)
その他

 

16: 名無し 2007/06/19(火) 23:09:22 ID:???

アメリカ軍歩兵師団

師団司令部
歩兵連隊
第1大隊(歩兵中隊×3)
第2大隊
第3大隊
歩兵連隊
歩兵連隊
師団砲兵
野戦砲兵大隊(105mm砲中隊×3:105mm榴弾砲×12~18)
野戦砲兵大隊(105mm砲中隊×3)
野戦砲兵大隊(105mm砲中隊×3)
野戦砲兵大隊(重砲中隊×2:155mm榴弾砲×8~12)
偵察中隊
工兵大隊
通信大隊
段列(整備・補給等)

 

17: 名無し 2007/06/19(火) 23:10:07 ID:???

 ただし、開戦直後の状態と大戦末期との状態では、兵員・装備の充足率等で大きく異なります。
また、これ以外にも上級部隊から、戦車大隊や対戦車大隊(自動車化対戦車砲大隊・駆逐戦車大隊)、対空大隊等が臨時に配属されます
(もっとも、これは一度配属されたら、引き上げられることは少なかったらしい)。
アメリカ軍の装備・編成で特徴的なのは、「員数外の装備が多い」「完全自動車化」ということでしょうか。
その為、部隊によって実際の装備の数が定数と異なっていることが多いようです。

105mm砲編成の砲兵大隊は、大抵の場合、各歩兵連隊に一個大隊ずつ張り付けられ、その支援にあたります(もちろん、集中して運用されることもあります)。
155mm砲大隊は、重点的な火力支援が主要な任務です。
砲兵大隊の砲門数が12~18とあるのは、大戦初期では四門、その後徐々に火砲の生産数が増加し、
大戦末期には六門と定数を満たすようになったためです。ただし、太平洋戦線では終戦まで実質五門だったと聞いたことがあります。

海兵師団については、分隊の人数が陸軍は12人なのに対して13~15人なのと自動火器が多めに配備されていること以外は、
陸軍の歩兵師団の編成に準じていると思います(例によって、臨時にいろんな部隊が配属される)。

 

18: 名無し 2007/06/19(火) 23:10:56 ID:???

対米戦で浸透戦術をうまく発揮できなかったことの理由に、
「1.アメリカ軍自体が日本軍の戦術を研究していた」ことと、
「2.多くの場合、前線の日本軍は物資の不足により戦力が低下していた」
こともあげられると思います。

前者「1.アメリカ軍自体が日本軍の戦術を研究していた」はとりあえず、
「a.夜間浸透の防止」「b.浸透を許した際の対策」の二つに分けます。
「a.夜間浸透の防止」は、「日本軍が浸透してきそうな箇所を重点的に警戒する
(沖縄戦での照明弾大量使用等)」「阻止砲撃で日本軍の移動・集中を妨害する
(ガダルカナル戦等)」などがあげられると思います。

# ()内であげた例はかなり極端な例ですので、あまり気にしないように(^^;;;

「b.浸透を許した際の対策」は、
「日本軍が自軍陣地に接近してきても、障害物等を活用して移動を妨げ、
火力を集中することで突入を防止する」「部隊が孤立しても容易に支援を要請できるよう、
小部隊にも無線を配備する」等があると思います。

後者の「2.多くの場合、日本軍が物資の不足により戦力が低下していた」は、
部隊が全力を発揮できる状態ではなかったであろうことを指します
(銃剣が役にたつのは最後の最後ですし、武器弾薬以外の食料等がないと、体力・持久力の低下は避けようがありません)。

これ以外にも、日本軍を確認次第、昼のうちに可能な限りの損害を与えておくことはいうまでもありません。

 

19: 名無し 2007/06/19(火) 23:11:38 ID:???

そもそもドイツ陸軍の浸透戦術は、
1.戦線の「穴」から足の速い部隊が侵入し、
2.敵拠点を自軍の後方からの火力支援を受けつつ制圧し(敵の前面の部隊は攻撃を受ける)、
3.敵の後方を攻撃する
4.戦果を拡大するため、後続の部隊が前進する
というものであったのに対し日本軍のそれは、
1.(特に夜間)戦線の「穴」から部隊が侵入し、
2.敵に覚られぬよう迂回し(この段階でも敵部隊はほぼ健在)、
3.敵陣に部隊を「流し込む」 or 敵の後方との連絡を遮断する
4.敵が壊走する(それを前提とする)
という傾向の強いものだったのではないでしょうか。

戦意の低い、あるいは容易に増援等を得られない敵に対しては有効でしょうが、
それを察知し、待ちかまえている相手に対してはどうでしょう。
浸透して包囲したはずの敵がパニックを起こして手をあげるどころか、
鉄条網を張り巡らした陣地で自動火器で待ち受けていたら。

 

20: 名無し 2007/06/19(火) 23:12:20 ID:???

敵陣周辺までたどり着いた日本軍は有効な火力を発揮できず、
重機や擲弾筒で、残弾を気にしながらの支援の下での敵陣内進入は難しかったでは、と思うのです。
しかも、「浸透に成功する」ということは「敵中に突出している」状態なわけですから、
早期に敵陣に突入するなり移動するなりしないと、反撃を受ける可能性があります。
いずれにしろ、大規模な火力支援が必要となります。

もっとも、「日本軍が浸透した部隊に対して容易に後方から火力支援をできるような軍隊だったら、
混乱しやすく自軍の損害も多い夜間浸透なんか滅多にやらなかったであろう」というオチがつくのですが(+_+)

782 名前: ばばぼん♪ 投稿日: 02/03/07 22:19

上の最後の二行は個人的な感想です。

つ~か、日露やその後の第一次大戦のような大規模消耗戦(火力戦)に国力や生産が追いつかないだろうから、
歩兵中心の夜間浸透をやろう、ということになったのではなかったかと記憶しているのですが

 

23: 名無し 2007/06/20(水) 19:30:45 ID:???

日本陸軍部隊は作戦中に、31400名が上陸。
10652名がガ島より撤退。戦死者5~6000名。15000名前後が戦病死。消耗率66%
海軍は戦闘艦25隻喪失。作戦機、約1000機を失う。

アメリカ軍は計60000名ほどが上陸。
戦死者1000名。負傷者4245名。消耗率8.7%  ほかに9000名ほどが病気にかかっている。
戦闘艦25隻喪失。作戦機、約900機を失う。

商船の損失はよく分からない。

 

24: 名無し 2007/06/20(水) 21:00:05 ID:???

―参加部隊―

日本陸軍は、
一木支隊2108名(歩兵第二十八連隊基幹:ミッドウェー作戦参加の際に編成が変更され、兵力が三分の一になっていた)

川口支隊6217名(第三十五旅団)

第二師団10295名

第三十八師団7636名

その他、海軍陸戦隊が何百名か。

アメリカ軍は、
第1海兵師団19514名 (1,5,7海兵連隊)

第2海兵師団 (2,6,8海兵連隊)

アメリカル師団 (132,147,164,182連隊)

第25師団 (16,27,35,[161]連隊)

その他、海兵空挺部隊(パラマリーン)、急襲部隊(レイダース)

 

71: 名無し 2007/06/24(日) 10:08:07 ID:???
第一次ソロモン海戦の第一次戦闘で、「炎上する敵艦が衣笠との間に突っ込んできたため、古鷹は左に転舵した」って言われてるけど、その「炎上する敵艦」ってどの艦だかわかる?
俺としてはたぶんシカゴだと思うんだけど。

 

72: 名無し 2007/06/24(日) 15:23:52 ID:???

>>71
不明。
6Sの戦闘詳報を見る限り、「ポートランド型」大巡が隊列に突入してきたという記述はあるが、すでに第二次戦闘が始まっている時刻(0007~0008)で、古鷹他が鳥海らと分離した時刻とは合致しない。。

両軍の資料をつき合わせて作られたソロモン海海戦行動図(その2)を見る限り、日本軍の隊列に接近しているのはキャンベラと米駆バークレー。
また古鷹の射撃記録では、分離時刻前後に「オーストラリア型」と距離3000で射撃をしているので、シカゴよりキャンベラの可能性の方が高いと思われる。

 

78: 名無し 2007/06/29(金) 00:11:14 ID:???
ガダルカナル戦に参加した海兵隊の中堅士官の多くは
ニカラグアでサンディーノ率いるゲリラとのジャングル戦を経験していたため
ガダルカナルでの戦いも要領を得ていたという話がありますね

 

86: 名無し 2007/06/29(金) 18:00:08 ID:???
>>78
サンディーノ戦争含む中米での諸作戦で、海兵隊は経験値を稼ぎましたね。
古くは米西戦争の頃から働いてるし、第1次大戦前にはベラクルスで上陸作戦やったり、
サンディーノ戦争では、ジャングルでの掃討戦や、航空機運用をいろいろ。

 

89: 名無し 2007/06/30(土) 21:39:09 ID:???

調べてみました

ガダルカナル戦に参加したニカラグアでのサンディーノ戦争参加者
・メリット・エドソン大佐
・ルイス・チェスティ・ピューラー(ニカラグア国家警備隊の創設に参加)
ぐらいしかわかりませんでしたが多分もっといるはず
ウィリアム・H・ルパータス少将はハイチでの戦闘に参加してたようです。
http://yasai.2ch.net/army/kako/982/982552446.html
↑見てるとルパータスって凄い人みたいですね。
http://www.ibiblio.org/hyperwar/USMC/V/USMC-V-VI-2.html
ここの697ページにニカラグアでのヒットエンドラン戦術がどうこう書いてあります

 

91: 名無し 2007/07/01(日) 00:14:46 ID:???

気になった人

メリット・オースティン・エドソン少将(1897~1955)
彼は”Red Mike”として知られている。
名誉勲章、2つの海軍勲功章、銀星勲章、2つの勲功章を授与されている。
1928年から1929年にかけて、ニカラグアでサンディーノのゲリラと戦闘。
1937年から1939年にかけて、中国の上海で日本軍の作戦を観察。
やがて彼は第1挺身大隊長となり、大佐になる。
エドソンが最も名をはせたのは、なんといってもガ島戦の“血染めの丘(百足高地)の戦い”である。
第1挺身大隊と第1落下傘大隊とで丘に陣取り、川口支隊の猛攻に耐えた。
この戦いの活躍により、第5海兵連隊長となる。
1943年に第2海兵師団参謀長となり、後に同師団副長になる。
1945年the Office of the Chief of Naval Operations(?) 、1947年Marine Corps Headquarters(?)に任命された。
1947年に軍を除隊し、ヴァーモント州警察の初のコミッショナーや全米ライフル協会の専務取締役になったりしている。
1955年、自殺(!)

おもな戦歴、
Banana Wars(なんですかこれ?)
ガダルカナル
サイパン
テニアン

参照http://en.wikipedia.org/wiki/Merritt_A._Edson

 

92: 名無し 2007/07/01(日) 00:26:27 ID:???

>>91
バナナ戦争はアメリカ側からみた20世紀初頭の
対中米・カリブへの介入紛争の総称のことみたいです。
当時の中米らへんは『バナナ共和国』(ユナイテッド・フルーツのバナナプランテーション国家)
が殆どだったからじゃないですかね?

見てて思ったんですが、当時の日本軍が考えてた程米兵は弱くなかったんじゃないでしょうか。
兵卒は弱くても将校レベルの人材は胆力にあふれてそうなイメージです
うーん、でもこんな英雄がどうして自殺しちゃったんでしょう?

 

93: 名無し 2007/07/01(日) 13:55:22 ID:???

アメリカって中米によくちょっかい出してるようですね。
アメリカの歴史についてはまったく無知なもんで勉強になります。

海兵隊は日本陸軍をバリバリ意識していたっぽい。
エドソンさんは、爺さんになってからPTSDが酷くなったとか

 

134: 名無し 2007/07/08(日) 22:57:38 ID:???

9月12日~9月14日の攻撃参加部隊
川口支隊(川口清武少将)
・第三十五旅団司令部

・中央隊 左第一線攻撃部隊
第一大隊(国生勇吉少佐)〔第百二十四聯隊〕

・中央体 右第一線部隊
第三大隊(渡辺久寿吉中佐)〔第百二十四聯隊〕

・中央隊 第二線部隊
青葉大隊(田村昌雄少佐)〔第二師団歩兵第四聯隊第二大隊〕

・右翼隊
熊大隊(水野鋭士少佐)〔一木支隊残余〕

・左翼隊(岡明之助大佐)
第二大隊(鷹松悦雄少佐)〔第百二十四聯隊〕

・第二師団野砲兵第二聯隊第一中隊(萩原国衛大尉)

・その他

 

135: 名無し 2007/07/08(日) 23:25:14 ID:???
不思議だよね。中央隊の第二線部隊が飛行場に突っ込んだのに、中央隊の右第一線部隊が組織的戦闘してないんだから。

 

136: 名無し 2007/07/08(日) 23:54:48 ID:???
そもそも地形も敵情も何もかも状況不明で、夜間に大密林突破して
すぐ組織的戦闘やれってのが無茶な話だから

 

137: 名無し 2007/07/09(月) 00:15:36 ID:???
渡辺中佐は古傷が痛んで云々らしいですが、戦意喪失してたかもしれませんね。
青葉大隊が一番進撃した要因は、大隊長自身がずっと指揮できる状態だったからかと思います。
国生少佐は死中に活を求めて突撃して戦死していますし、水野少佐も砲撃を受けて戦死しています。
鷹松少佐は空襲で戦死、というか第二大隊は戦う前から戦力の3分の1を消耗・・・

 

139: 名無し 2007/07/09(月) 10:09:15 ID:???

9月12日~9月14日のアメリカ軍のガ島における戦力
・第1海兵師団(第7連隊欠)
  第1海兵連隊
  第5海兵連隊
  第11海兵連隊(砲兵)
  第1水陸両用トラクター大隊
  第1挺身大隊
  第1落下傘大隊
  第1工兵大隊(Pioneer)
  第1工兵大隊(Engineer)
  第1特別火器大隊 (40ミリ高射砲、90ミリ高射砲、対戦車砲)
  第1(軽)戦車大隊
  第3防衛大隊

多分こんな感じ・・・
第3防衛大隊はよく分かりません。
ツラギ方面に行っていた第5海兵連隊第2大隊と第1落下傘大隊と第1挺身大隊がガ島に転戦しています。
日本軍の中央隊の正面には、第1落下傘大隊と第1挺身大隊が布陣。
その後ろに第5海兵連隊第2大隊と第1海兵師団司令部、砲兵隊が布陣。
アメリカ軍は飛行場を守るために戦力が分散していたと思われます。

地図
no title

 

141: 名無し 2007/07/09(月) 17:08:40 ID:???

川口少将「総攻撃は12日にやります」
川口少将「やっぱり13日に延期します」
連合艦隊「もうちっと早くできないか」
川口少将「じゃあ、1日繰り上げて12日にします。状況によっては11日にやります」
十七軍「総攻撃は11日にします」
連合艦隊「わかりました」
川口少将「11日は無理です」
連合艦隊「ふざけるな」

っていうのが大まかな流れだよな。川口少将は見得張って無茶な攻撃繰上げを口に出すし、十七軍は勝手に11日だと思い込むし、連合艦隊は尻を叩くばっかりだし・・・・・

 

143: 名無し 2007/07/09(月) 17:54:18 ID:???

一木支隊も、川口支隊も、焦った一因は糧食不足。

一木支隊の携行糧食は7日分。上陸が8月18日深夜なので、25日頃には兵糧切れとなる。
それでも20日深夜~21日未明の総攻撃は、さすがに急ぎすぎの観ありか。
19日に出した斥候が消滅しているあたりで、もう少し慎重になっても良かったような気がする。

>>141に出てくる川口支隊の急ぎぶりも、
9月13日には熊大隊(旧一木支隊第二梯団)など一部で、草の芽を食べる状態なのでまあ。

なお熊大隊の編成
本部、歩兵中隊x2、機関銃中隊(HMGx4)、連隊砲中隊(75mmx4)、
速射砲中隊(37mmx4)、独立速射砲中隊(ラ37mmx4)

 

154: 名無し 2007/07/11(水) 15:57:34 ID:???
川口支隊の攻撃のやり方ですが、
「襲撃における部隊の典型的な配置は両翼に分かれ、主力攻撃を割り当てられた翼には優勢な兵力が与えられるのに対し、
他の翼は二次攻撃を行う。」
と、米軍の日本陸軍マニュアルに載っているそのままの戦術なので、
日本軍にとってポピュラーな戦術のようですね。

 

146: 名無し 2007/07/09(月) 18:48:42 ID:???

そういや、8月15日ごろにソ連の駐在武官から「敵の目的は飛行場破壊。すでに米軍は撤退に腐心しつつあり」っていう電文が届いたっていう件はどうなったの?

戦史叢書見ても、「当時の駐在武官は記憶にないと言ってるけど、戦藻録にもそれに関する既述がある以上、何かしらは情報提供があったんだろうけどよくわかんね」みたいなこと書いてあるし。

個人的には、情報提供はあったけど、当時の駐在武官がしめし合わせてなかったことにしたのかなぁと思う。

 

150: 名無し 2007/07/09(月) 23:51:52 ID:???
>>146
亀井さんの本だと駐ソ陸軍武官矢部忠太さんの書簡で、
「補佐官(野原博起少佐―戦死)が処理した電報の一通だったと思われます。」ってあります。
うやむやにして責任を回避しようとしているようにも取れますね。

 

152: 名無し 2007/07/10(火) 00:35:33 ID:???

戦争録の8日と10日の判断の違いが面白い。
第一次ソロモン海海戦の結果だろう。

8日までは、敵は思い切った兵力だと見ていたのが、
8~9日の海戦で連合軍水上部隊が一掃され、
戦果確認に入った潜水艦と航空機の報告で、船団の引揚が確認されたのを受けて「総退却」と判断。

12日にラバウル根拠地隊の参謀が航空偵察して、敵主力は退却したという報告したとも。

もともと海軍側は1個旅団投入を最初から希望していたみたいだね。
それが、海戦の結果でこちらも楽観論に変わってしまう。
陸軍側にしてみれば、予想通りというつもりか。

 

153: 名無し 2007/07/10(火) 00:56:23 ID:???

南東方面海軍作戦<1>を見返したら、二水戦の戦時日誌を出典として海軍部第一部長から16日に情報があったになってる。
それによると「8月12日「ソ」連によれば、米海軍省は「ソ」連海軍武官に左記を通告せり請う」として、その概要は
「ソロモン方面に上陸した海兵隊は空路以外に脱出の方法がないので、他国特に支那に対する影響を考慮して、
ガ島の上陸は日本軍基地の破壊のみを目的とするという口実の下に、モレスビー・ニューカレドニアへ航空戦力を増派し、
海兵隊を収容して本作戦を打ち切ることを急務とする」となってるね。

>>152
海軍部内でもレベルによって判断材料とその判断に微妙な温度差があるので、海軍でひとくくりはしない方がいいと思うけどね。

 

155: 名無し 2007/07/11(水) 19:29:06 ID:???

誰か、8月16日にガ島に上陸した高橋中隊のデータ持ってる人いない?

第五陸戦隊のうち一個中隊で編成されて、タサファロンガ付近に上陸したって事くらいしかわからない。一木支隊の総攻撃にも全く参加してないし、上陸後の足取りが全然つかめない。

 

157: 名無し 2007/07/12(木) 21:39:48 ID:???

>>155
ご存知だろうけど、横須賀第5特別陸戦隊の1個中隊で兵力113名(戦史叢書)。
駆逐艦「追風」で上陸しているので、装備はどうせ小火器だけだと思う。
本隊のほうは玉砕して有名なので、わりと資料があるだろうから、ある程度推定できそう。

初期配備の海軍部隊残存を集めた「ガ島守備隊」(警備隊100、設営隊1000?)と合流している。
以後、「ガ島守備隊」に編入され、第11設営隊の門前大佐指揮下。
それまでも米軍の偵察部隊が数度出現して交戦してるので、警備で手一杯だと思う。

一木支隊とは、総攻撃まで連絡できていない。銃声から戦況を推定して報告している。
総攻撃失敗の一報は、海軍部隊から出ている模様。詳細不明ながら生存者の報告受けたか?(戦史叢書)
あとで川口支隊の舟艇機動班(岡部隊)を発見収容。
おそらく、以後は後方警備じゃないかと。

以下、おまけの資料↓

初心者の質問なのですが、よろしいでしょうか。
ガダルカナル島の戦いで、一木支隊の第一悌団が投入される前には基地建設隊や守備隊が数千人いたと聞きました。
よくガダルカナル戦史というと、一木支隊や川口
支隊などの戦闘あたりから詳しく綴られているような気がするのですが、それ以前に真っ先に上陸時の海兵隊を迎撃したであろう、守備隊や建設隊の戦闘状況及び彼らの
その後の運命についてはほとんど情報がありません。
生還者はいるのか、文字通り全
滅したのか、それとも一木支隊と合流したのか、全く分かりません。どうか教えてください。

1.
確か、ガ島には元々守備隊はおらず設営隊しかいなかったはずです。けど、その設営隊も米軍が上陸してきたら一目散にジャングルに逃げたとか・・・。

2.
現物が見当たらず、記憶モードでしか書けないことをお断りしておきます。

光人社のNF文庫「ガダルカナル戦記(第I巻)」に少しだけ記述があったはず。
一木支隊と一部が合流したんじゃなかったかと思いますが。
確かその時はすでに飢えていたような・・・。

3.
「ガ島在島の日本軍は2個設営隊2571名うち陸戦部隊280名、
他に遠藤幸雄大尉を長とする第84警備隊派遣隊約150名」との用です。

4.
便乗で教えて頂きたい。

自分が調べた範囲では
ガ島の部隊は
第84警備隊ガ島派遣隊150名
第十一設営隊(岡村徳長少佐以下1350名、内武装部隊約180名)
第十三設営隊(門前鼎大佐以下1221名、内武装部隊約100名)
となっています。
但し、武装部隊が280名となっていますが
拳銃や小銃で武装しているだけで戦闘部隊ではありません。
ところが
資料によると第3特別陸戦隊約百名が別に記述されているのもあり
これだと陸戦隊は総計約250名となります。
ですが
ツラギの第84警備隊は
呉鎮守府第三特別陸戦隊の1個中隊に
第81警備隊の1個中隊を加えて編成されたものですから
この呉鎮守府第三特別陸戦隊がダブって記述されているような気もします。
この辺りがよくわからない(TOT)
最初は
8/16上陸に上陸した高橋中隊(113名)のことかと思ったりしたのですが
しかし
高橋中隊は横須賀鎮守府第五特別陸戦隊ですし
よくわかりません。
誰が教えて下さい。

ちなみに
海軍部隊は川口支隊の岡部隊と合流はしていますけど
一木支隊とは合流していません。
海軍の残存部隊はルンガ飛行場の西側のマタニカウ川左岸に撤退しており
この地で戦闘をしています。
また
一木先遣隊はガダルカナル島タイボ岬に上陸して
ルンガ飛行場東側のイル川河口付近で米軍と戦闘しています。
しかし
これは東西からの共同戦闘では御座いません。

自分の質問は
第三特別陸戦隊の正体と
陸戦隊の総数は
150名なのか250名なのか
或いはそのどちらでもないのか
これを教えて頂きたい。
よろしくお願いします。

5.
ほとんど情報や記述が残っていない、ということは生還者はいない、と判断しても

よいのでしょうか。彼らは「ガ島」の最初期の戦闘に立たされたのですものね(涙)
一木支隊の第一悌団ですら、数えるほどしか生還者はいないと聞きました。

6.
当初の海軍部隊は全滅しておりません。

とりあえず
自分の知っている範囲で書きますと

米軍の攻撃時に
第十三設営隊はたまたまいつもより早く作業準備をしていたために
混乱はしていません。
よって、組織だって西方に撤退しています。
彼等はマタニカウ川を渡河してクルツ岬西方の小川の線まで後退し
指揮所を設置します。これがのちに海軍本部となります。
一方、第十一設営隊の方は
米軍攻撃時には、まだ寝ている時だったので一部を除き離散しています。
但し、第十一設営隊長の門前大佐は第十三設営隊の撤退時に合流しています。
その後、この第十三設営隊の陣地に
第84警備隊や第八通信隊、離散していた設営隊員も逐次合流しています。
十八日付の記録によりますと
警備隊100名、設営隊員328名計428名、
ルンガ岬の西方八000米以西を確保とあり
そして
設営隊約1000名飛行場周辺の密林中にあるも
未だ連絡取らざる情況の如し。とありますから
第十一設営隊と推測されるこの約1千人の離散した人達のことはわかりません。
一部の方々が川口支隊や丸山師団に収容されたことは間違いないようです。
そして、この人達の証言によると
離散して隠れている場所によって
運良く生き残ったと言うみたいですから
餓死した人達も多かったのではと思われます。
また
小川付近に撤退した各種海軍部隊は
高橋中隊の増援を貰い
ガ島守備隊として再編され
マタニカウ川付近まで進出します。
その後
この部隊は川口支隊西北部上陸部隊(岡部隊)と合流しています。
これ以後のことは調べておりませんからわかりません。
但し
生還者は情況からして
一木先遣隊の方々よりは居られるのではと推測します。

7.
たくさんの詳しいご回答、有難うございます。

あまり触れられない設営隊の方々のその後の運命、一木支隊の方々よりも
生還者が多かったのかもしれないんですね。
 もしかなうのならば、生還者の方の手記なども読んでみたいと思います。

 

158: 名無し 2007/07/12(木) 23:23:37 ID:???
>>157
さんくす。やっぱり海軍守備隊に編入されてたんだ。
8月18日や19日に米軍がマタニカウ川付近の海軍守備隊に攻撃をかけてるけど、そのとき戦闘に参加した可能性もあるわな。

 

156: 名無し 2007/07/11(水) 19:48:11 ID:???
9月8日にエドソン隊(第1挺身大隊と第1落下傘大隊)がタイボ沖(川口支隊主力上陸地点)に上陸します。
エドソン隊に同行していたトレガスキス記者は、「立派に役に立つ三十七ミリ野砲で最新組立式の車架、
ゴムタイヤの車輪のついたやつ」が2門水際にそのまま放置されているのを発見します。
多分これは放棄されたラインメタルでしょう。
日本側の本では、独立速射砲中隊のラ式4門と熊速射砲中隊の6門の中の旧式の2門が運搬不能で埋められたとあります。
ほかに七十五ミリ野砲が4門アメリカ軍によって破壊されますが、
ト記者は「七十五ミリ砲の照準器が英国製であった」と書いています。

 

162: 名無し 2007/07/14(土) 00:13:50 ID:???
第二師団の兵隊を作戦可能にできるぐらいの補給を
魚雷外した駆逐艦ぐらいで送れたの?
それとも最初から焼け石に水とはわかってるけど、撤退はさせられないから行ったポーズ?

 

163: 名無し 2007/07/14(土) 01:00:45 ID:???
>>162
鼠輸送に従事した駆逐艦は予備魚雷を降ろしたケースもあるものの、魚雷発射管やそこに搭載された魚雷もまで降ろしちゃいないぞ。

 

164: 名無し 2007/07/14(土) 06:54:30 ID:???

>>162
3万の将兵が1日に必要な食料が大体40トン。弾薬、医薬品その他の消耗品を含めても100トンにはならない。
甲型駆逐艦で15から20トンくらいの物資を積めるから、毎日3隻、少なく見積もって2隻分運べれば、少なくとも生命維持はできる。

攻勢が可能になるほどの物資を運ぶにはもっと隻数がいる。理論上は不可能ではない、が、厳しいだろうね。

 

165: 名無し 2007/07/14(土) 12:29:26 ID:???

ガダルカナルの場合、船腹問題をクリアしても、次に、揚陸能力の問題が。
まあ、これをクリアしても、次に陸上での輸送能力、管理能力が問題だが。

物資を積んでも、たどり着けない。
たどり着いても、下ろしきれない。
おろしたところから運べない。積みっぱなしで艦砲と空襲でやられる。

 

167: 名無し 2007/07/14(土) 13:41:55 ID:???
>>165
いわゆる「10を計画し、6を輸送し、3を揚陸せしめ、2を利用す」ってやつだね。
揚陸地点がタサファロンガや、悪いときはカミンボだったのに、アウステン山付近の戦場まで運べってんだからね。

 

177: 名無し 2007/07/14(土) 20:50:27 ID:???
>>167
後方にいた船舶工兵さんは、前線の兵より食糧事情が良かったようですね。

 

179: 名無し 2007/07/14(土) 21:37:43 ID:???
>>177
「ガダルカナル兵隊日記」を読むと、全然飢餓に苦しんでなくてちょっと驚くくらいだった。

 

174: 名無し 2007/07/14(土) 20:31:11
ガ島だけじゃなくてニュージョージアとかボーゲンビルにも飛行場つくっとけば良かったのに

 

178: 名無し 2007/07/14(土) 21:01:12 ID:???

>>174
どっちもラバウルとガダルの間の島ですね。
ラバウルとガダルの間には、海兵隊がガ島に上陸した後に
飛行場を作ってたはず。どこだったか・・・

1942.8以前、なぜガ島に飛行場を作りニュージョージアやボーゲンビルに飛行場を作らなかったのでしょうか?

 

179: 名無し 2007/07/14(土) 21:37:43 ID:???
>>178
ブインに一応は作った。
8月7日の時点で南方の海軍設営隊は6隊あったけど、2つがガダル、2つがブナ、それとラバウルとカビエンに1つずつ派遣されてて、それぞれ設営中だった。
つまり、予備戦力なしで、新飛行場の設置は遅れに遅れた。
ブインに戦闘機が進出したのが10月15日で、南太平洋海戦にはギリギリ間に合ったくらい。遅すぎるって。

 

180: 名無し 2007/07/14(土) 21:49:08 ID:???

もともとソロモン海域でガダルカナルまで伸ばしたのは、FS作戦の絡みもあるんだろうか。
5月3日、ツラギ占領。6月中旬、ガダルカナル設営開始。7月11日、FS作戦中止。
それなら、限られた設営能力を投じるには、なるべく前進しようというのもありそう。
ツラギ近くだったから手を付けやすかったのもあるのでは?

中継基地の整備は、ガダルカナル敵襲以前に、ブーゲンビル島のキエタを検討していますが、
中攻の進出できる規模の用地が無いという理由から、中止になっています。
(ただし、あとになってから、一応整備されています。)

あと、ブーゲンビル島西端のブカ島も、ある程度は整備していたようです。
ガダルカナル敵襲時の初動反撃で、緊急整備した上で零戦・艦爆の不時着地に利用されてますね。

 

181: 名無し 2007/07/14(土) 21:53:21 ID:???
>>180
米豪遮断作戦の絡みもあると思う。二十六航戦(三沢空、六空、木更津空)はガ島に進出する準備を整えてたし、ガ島に展開して通商破壊をやる気だったんじゃないか?

 

182: 名無し 2007/07/14(土) 22:00:46 ID:???
特に、母艦が使えなくなったミッドウェー後の一時期は、攻略支援を基地機でやる覚悟だったかも。
いくらなんでも、フィジー・サモアまでは届かないだろうけどw

 

183: 名無し 2007/07/14(土) 22:05:45 ID:???
ガ島からフィジーまで2000キロ、サモアまで3000キロあるから、さすがに無理だ。

 

184: 名無し 2007/07/14(土) 22:29:19 ID:???
>>182-183
元々の作戦予定ではソロモン諸島から直接サモア・フィジー攻略ではなく、その前にニューカレドニア攻略を挟むんだよん。

 

185: 名無し 2007/07/14(土) 23:35:49 ID:???
壮大ととるか誇大妄想と取るか判断が分かれるだろうけど
FSニューカレドニア米豪遮断!とか言う前に
海路での第二次ポートモレスビー攻略作戦でも立てたほうがまだ現実味がありそう

 

186: 名無し 2007/07/14(土) 23:56:43 ID:???

>>185
もともと、延期直後はMO作戦は海路での攻略で進められているし(大海指九十九号別冊のモレスビー作戦に関する陸海軍中央協定)、
陸路に決まった後も状況によっては途中で海路に変更も作戦に盛り込まれてるよ。

ただ、状況が許さなかったために海路による第二次MO攻略作戦は実施されなかったけど。

 

187: 名無し 2007/07/15(日) 00:18:39 ID:???

つーか、モレスビー陸路攻略に関して大陸命を偽造した辻が凄い。
そして、それに対して何のペナルティもない(いくら結果として同様の命令が出たとはいえ)大本営陸軍部のもみ消し体質が心底嫌いだ。

十七軍も少しは怒れよ。

 

188: 名無し 2007/07/16(月) 18:58:00 ID:???

・人員不足
・米豪遮断作戦のため
・ガ島が一番飛行場建設に適していた
・アメリカ軍が1942年中に反攻に出ると予測できなかった

こんな感じですかね?

>>187
そんなのがあるから、辻はあんまり好きになれません (´д`;)

 

189: 名無し 2007/07/16(月) 21:40:30 ID:???
>>188
ガ島に飛行場を建設した目的ってこと?、それともモレスビー攻略が陸路になったこと?

 

190: 名無し 2007/07/16(月) 21:54:55 ID:???
>>189
ガ島に飛行場を建設した目的です。

 

191: 名無し 2007/07/16(月) 22:35:39 ID:???
>>190
そういうことなら、その理解で概ね正しいけど、「人員不足」というファクターがわからないな。

 

193: 名無し 2007/07/16(月) 22:48:52 ID:???
>>191
ブインや他の中間地点に飛行場を作ろうにも、設営隊がなかったって事だろ。

 

194: 名無し 2007/07/16(月) 23:10:32 ID:???
>>193
それはガダルカナルを選んだ理由ではなく、ソロモン諸島のそれ以外の場所に飛行場を建設できなかった理由。

 

195: 名無し 2007/07/16(月) 23:18:22 ID:???
>>194
一箇所しか作れないとなると、できる限り遠くへ作りたくなる。
もっと遠くへ侵攻しなきゃいけないんだからね。
で、その「できる限り遠く」が、ガダルカナル。

 

196: 名無し 2007/07/16(月) 23:26:17 ID:???
>>194
ムンダとかバラレ作ってないか?

 

197: 名無し 2007/07/16(月) 23:45:00 ID:???
>>196
不時着飛行場は単なる空き地に毛が生えたレベルだ。

 

198: 名無し 2007/07/17(火) 00:02:45 ID:???
>>196
ガダルカナルと同時期にってことな。
ムンダやバラレ、ブインはガ島への米軍の上陸作戦が開始された後の目標選定・工事着手だし。

 

199: 名無し 2007/07/17(火) 00:13:43 ID:???
理由は>>193の通りですが、よく考えてみれば「ガ島に飛行場を建設した目的」としては
不適切かもしれません。
「1942.8以前、なぜガ島に飛行場を作りニュージョージアやボーゲンビルに飛行場を作らなかったのか?」と
ごっちゃになっていました。

 

200: 名無し 2007/07/17(火) 00:33:31 ID:???
>>199
利点ではなく、理由の一つがツラギ防衛の為の戦闘機が配備できる陸上基地建設。
もちろん、至近に哨戒を実施している水上機基地があるので敵からの奇襲を受けにくい、海図や航路がある程度整備されているなどの利点もあるけどね。

 

201: 名無し 2007/07/17(火) 23:40:31 ID:???

南東方面海軍作戦からガ島飛行場設営に至る経過を抜き出してみた。

5/3  ツラギ占領
5/18  第5空襲部隊司令部へ横濱空司令よりガ島に飛行場適地ありと報告
同日 FS作戦の実施を発令(大海令十九号、大海指九十八号)
5/25 第5空襲部隊他による現地調査→調査結果は極めて有望
6/1 基地航空部隊並びに大本営海軍部へ第5空襲部隊指揮官よりガ島基地急速設営の意見具申
6/6  ミッドウェイ海戦
6/7  MI作戦の中止並びに、FS作戦の2ヶ月間延期で陸海軍が一致
6/12 FS作戦の延期が発令(大海指百三号)
6/13 海軍部、次期FS作戦の方針を決定。ここでツラギ方面に陸上基地を整備することに
6M  GF、南洋部隊にガ島を始めとする南東方面の基地の急速整備を発令。合わせて4個設営隊を南洋部隊に編入
これを受けて、南洋部隊はソロモン・東部ニューギニアでの航空基地設営作戦(SN作戦)を発令
6/15~19 第4艦隊、第5空襲部隊などによるガ島の現地調査
6/17 GF参謀長名でブーゲンビル島(以下ブ島)キエタの調査の要望が出される
6/18 南洋部隊、SN作戦に対応する兵力部署の改定を実施。この時点でソロモン諸島内での陸上基地設営予定はガ島のみ
6/19 第5空襲部隊によるキエタ他の飛行偵察を実施
6/22 基地航空部隊、横濱空のツラギ進出を下令
6/25 ガ島進出部隊先遣隊、トラックを出航
6/29 ガ島進出部隊本隊、トラックを出航
6/30 基地航空部隊より南洋部隊にキエタの基地整備の要望が出る
7/1  ガ島進出部隊先遣隊、ガ島に到着
同日 ラエに到着していた第14設営隊のキエタへの転用が決定、ラバウルへ転進(これによりラエの基地整備が遅れる)
7/6  ガ島進出部隊本隊、ガ島に到着
7/8  第5空襲部隊他によるキエタの現地調査→調査結果は基地設営の見込みなし、またボ島内に飛行場適地なし
7/11 人員・資材の荷揚げ終了(資材自体の輸送は、その後も継続して実施される)
7/16 ガ島飛行場の設営を開始

 

214: 名無し 2007/07/25(水) 17:43:12 ID:???

そういえば、第一次ソロモン海戦で、駆逐艦「ブルー」って何してたの?

同じく前路警戒に当たってた「ラルフ・タルポット」が夕凪と交戦してるのに、すぐ近くのブルーが何もしてないのは変な気がするんだけど。
何日か後に江風に沈められたから、資料があんまり残ってないのかな?

 

215: 名無し 2007/07/25(水) 22:56:08 ID:???
>>214
戦闘に気づかず、警戒ラインを哨戒しつづけていたよ。

 

216: 名無し 2007/07/25(水) 23:50:34 ID:???
>>215
マジで?
ビンセンスも第一次戦闘が起きたのに気づいてなかったし、米艦隊は何やってんだ? 夜だけど、別に悪天候でもなかったのに。

 

217: 名無し 2007/07/26(木) 00:07:12 ID:???
>>216
そう、何やってんだよって当時の米軍自身がそういってる。

 

218: 名無し 2007/07/28(土) 01:24:40 ID:???
日本人は細目で夜目が利かないから夜襲はあり得ないって油断してたんだよ。

 

219: 名無し 2007/07/28(土) 08:14:12 ID:???
まあ、哨戒機+レーダーつきの哨戒駆逐艦をあっさり突破してくるとは思ってなかったんだろうな。

 

220: 名無し 2007/07/28(土) 08:34:37 ID:???
さすがにそこまではレーダーを過信していない時期ではないかな。
むしろ、今夜は襲撃無し、という事前情報で弛緩していたと考えるべき。
というか米海軍の事後調査報告でもそう記述があったはず。

 

221: 名無し 2007/07/29(日) 00:20:29 ID:???
三川艦隊の再攻撃で船団を狙うより残った敵大型艦も仕留めて欲しかった。
分散しているうえ混乱している米豪艦隊と全艦が一列で走ってる三川艦隊では勝負は明らか。

 

222: 名無し 2007/07/29(日) 00:24:31 ID:???
>>221
んなこと言っても、シカゴは逃げてるし、サンジュアンやホバートはずっと東側にいたし、他の巡洋艦はルンガ岬で船団と一緒にいたから、残ってる大型艦なんてオーストラリアくらいでしょ。駆逐艦はいっぱい残ってたけど。

 

236: 名無し 2007/08/05(日) 22:02:09 ID:???

どうも、ガ島よりもインパールのほうがましだったらしいね。

補給がないのはどちらも同じだけど、インパールは地積も大きいし人口密度も小さかったから、比較的食料を調達しやすかったのかも。

 

243: 名無し 2007/08/06(月) 01:56:59 ID:???
>>236
あれ、俺はインパールの方がキツかったと聞いたぞ。
ガダルは基本陣地に篭って適時応戦してれば良かったけど、インパールは歩かにゃならんかったから。

 

247: 名無し 2007/08/06(月) 12:11:29 ID:???
ニューギニアのほうがやばいので。

 

250: 名無し 2007/08/06(月) 13:37:12
アメリカ軍の航空機の損害が思いのほか多い。

 

254: 名無し 2007/08/07(火) 13:28:56 ID:???
日本軍はもっと輸送船が沈んどりますがな。

 

255: 名無し 2007/08/07(火) 16:47:37 ID:???

ガダルカナル戦で直接沈んだ輸送船は

8月8日の「明陽丸」
8月25日の「金龍丸」
10月14日の「九州丸」「吾妻山丸」「笹子丸」
11月14日の「かんべら丸」「長良丸」「ぶりすべん丸」「信濃川丸」「ありぞな丸」「那古丸」
11月15日の「広川丸」「山浦丸」「鬼怒川丸」「山月丸」

の合計15隻でいいのかね?あと「佐渡丸」が大破したりしたけど。

 

256: 名無し 2007/08/12(日) 01:23:20

ジョン・トーランドの本によると、
「伊藤春樹海軍少佐によると、最後の撤収の成功はけっして奇跡ではなく、彼が、
二月八日午前四時にラバウルから発信したにせ通信によるものだったという。」
とあります。また同書には、
「もっとも、アメリカ海戦史家は、この説を実証するような記録がなにもないとして、
伊藤少佐の話はまゆつばものだとしている。」
とあります。

この話は結局本当だったのでしょうか?

 

257: 名無し 2007/08/12(日) 02:09:48 ID:???

ガタルカナル撤退に関しては、やり取りは「帝国陸軍の体面」の問題から陸海軍の暗号電文で送られる事は無く、
現地部隊との意思疎通はすべて上陸した連絡将校によってなされたのが成功の原因では?

暗号電文を流していたら解読されていたと思う。

 

278: 名無し 2007/08/26(日) 23:35:29 ID:???

ガダルカナル 餓島
ボ(ブ)-ゲンヴィル 墓島

スペイン人はソロモンにたどり着いた時何を考えたんだろう
まさか数百年後に激戦地になるとは思いもしなかっただろうな

 

282: 名無し 2007/09/01(土) 11:34:57 ID:???
>>278
ソロモンで検索するとソロモン諸島とは違うソロモンが出てくるときがあるので、
命名者はなんでこういう名前にしたのかなぁと思います。

 

303: 名無し 2007/09/07(金) 09:18:32 ID:???

>>282
スペイン人がたどり着いた時に、ソロモンの現地人が金で装飾してて
ソロモン王の時代みたいだってことでソロモンと名づけたそうです

今でもここら辺の戦いは島の古老が昔話として、虚実入り混じりながら伝承してるのかな

 

283: 名無し 2007/09/01(土) 22:46:34 ID:???
日本軍は撤退時が悲惨すぎる。
病で動けない兵隊、衰弱した兵隊は薬殺か自決強要。
それに逆らって生に執着する兵隊は射殺だもの。
撤退の円滑化の為に犠牲になった兵隊達、みんな悔しかっただろうなぁ。。。

 

284: 名無し 2007/09/02(日) 05:15:56 ID:???
なら悲惨なドイツやソ連の例を挙げてみようか?

 

286: 名無し 2007/09/02(日) 07:18:26 ID:???
スターリングラードよりもガダルカナルやビルマ、ニューギニアの日本兵の方が悲惨だろ

 

287: 名無し 2007/09/02(日) 07:20:54 ID:???
>>286
どこらへんが?

 

290: 名無し 2007/09/03(月) 05:02:28 ID:???

>>287
・部隊、兵士個人を問わず、文字どおり降伏できないしない。
(「一部の例外は除く」ってのが本気で極一部)
・メインの島嶼戦では、突破、撤退どころか、移動自体が不可能。

という素敵なレギュレーションが用意されている。
武装や補給の貧弱さは、触れるまでもなし。

 

291: 名無し 2007/09/03(月) 16:15:40 ID:???
>>290
ロシア戦線では寒さにより武器が軒並み使えなくなるという悲劇もあったわけだが。

 

288: 名無し 2007/09/02(日) 12:02:13 ID:???
戦争の悲劇に上も下もないと思うが

 

292: 名無し 2007/09/03(月) 17:03:10 ID:???
41~42年のロシア戦線はね、凍傷でどんどん兵士の指や耳が失われていくんだ。
足の指が凍傷にかかって切断、歩けなくなって撤退に付いていけない。
最終的に凍死か、ソ連兵に惨殺される。
そんな兵士が万単位だ。

 

306: 名無し 2007/09/07(金) 21:20:19 ID:???
南太平洋海戦後に戦艦による夜間砲撃による米航空戦力の撃滅

そのまま制海制空権を握り艦砲射撃で攻撃を掩護とかいうのは無理だったのかな?

 

307: 名無し 2007/09/07(金) 21:24:53 ID:???
>>306
南太平洋海戦後は搭載機、搭乗員の消耗が激しく、制空権は確保できない。
また、艦砲射撃は緒戦、一時的にしか効果がない。

 

308: 名無し 2007/09/07(金) 22:30:23 ID:???
ガダルカナルの制海権はおおむね日本軍が握っている。
しかし、島上にある飛行機基地のせいで制空権は米軍側。
せっかく輸送船が重装備を運んできても、揚陸の段階で
航空襲撃を受けてぶっこわされるというパターン。

 

380: 名無し 2007/09/17(月) 09:59:28 ID:???
ミッドウェーの大敗がなければ
空母6隻で徹底してたたいて終わりだったんだろうな

 

381: 名無し 2007/09/17(月) 10:13:21 ID:???
その場合は、米軍が上がって無いと思うし。

 

382: 名無し 2007/09/17(月) 10:31:58 ID:???
まあ上陸につける空母もなくなってたかも知れんな。

 

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