太平洋戦争

【原爆の予告3】第二総軍司令官の畑俊六元帥は一体どこにいたんだ?

417: 名無し 2007/07/14(土) 04:10:57
空襲予告ビラの現物

 

※元スレはこちらです
広島・長崎の原爆について」(日本近代史板)
喧嘩のようになっている部分は除いてまとめています。
予告があったという方レスと思われるものを緑にしています。
バカなどの表現は目についた範囲で消去しています。
前後のつながりなどおかしい部分があれば元スレも参考になさって下さい。

 

418: 名無し 2007/07/14(土) 04:13:39

また怪しいものを持ってきたなw

確かいくつかのそういうビラは空襲後に米軍が撒いたってことが明らかになってたよな。
そんな親切な予告ビラを米軍が主張せず、日本人も主張しない。
何でなんだろうねw
もっとも小学生の頃に予告ビラって話題になったけど、すぐにブーム過ぎたろ?未だにやってるのってどうなの?w

 

420: 名無し 2007/07/14(土) 04:16:02

>>417
んで、親切にビラを撒いてくれた米軍が東京大空襲でどのくらいB-29喪失したか知ってるわけ??
なんと15機から20機だよ?そんな悠長なことしてる暇あるの、米軍?
B-29って1機あたりどのくらいのコストか知ってますか?
開発費って原爆開発よりかかってるんだけど??

おまけにB-29ってあっちこっちの空襲でけっこう撃墜されてるんだよ。
米軍もそれを深刻にとらえていたのに、そんな余裕があるんだね。
さすが米軍は違うな。自国の兵士の命よりも敵国優先ですかw

419: 名無し 2007/07/14(土) 04:15:23

「(昭和20年)7月27日、米空軍は青森ほか10都市に、爆撃予告をしたビラを大量に撒いた。
7月14、15日の空襲に加えて、この予告ビラにのっている青森市民は、恐怖のあまり青森市から疎開をはじめた。

防空法第八条によると、『主務大臣は防空上必要あるときは勅令の定むる所に拠り一定区域内に居住する者に対し期限を限り其の区域より退去を禁止し制限することを得』という条文がある。金井知事は、この防空法八条によって、7月28日までに青森市に帰らないと、町会台帳より削除し、配給物資を停止すると通告した。

物資不足で配給を止められたら大変である。青森市民は、渋々と青森にもどらざるをえなかった。
ちょうど、青森市民が青森へもどったその日7月28日に、B29六五機は、夜10時半から約1時間20分間、574トンの焼夷弾を投下した。青森は炎上し、知事命令で青森へもどった多くの人が焼死した」

「日本の空襲1 北海道・東北」 三省堂 P107

 

421: 名無し 2007/07/14(土) 04:17:15

で、空襲は分かったから広島・長崎のソースは??

空襲なら可能性0とはいえない。しかし全て予告していたというのは大嘘。一部のみを取り上げて全てそのように見せ付けるのはまるでマスゴミの情報操作にそっくりだねw

 

422: 名無し 2007/07/14(土) 04:18:33
大半は爆撃予告ではなく、降伏勧告文書。
これはどこの国でも爆撃の前、もしくは後に行う。
敵国の戦意喪失を目的としてね。

 

423: 名無し 2007/07/14(土) 04:22:58

どっか論理では、
「首都空襲という日本軍が総力をあげて迎撃必至の空襲の前に、米軍が予告などするはずがない」ということになる。

しかし史実では明白に予告しているわけだ。

 

424: 名無し 2007/07/14(土) 04:24:42

>>423
だから明確な根拠は?まさかあのビラ一枚ってことはないよな?w
有力説を唱えている学者っているのか?
アメリカの博士でそんなこと言ってる人いるのか?

そんな説少なくともまともな書物には出てこないわなw

 

425: 名無し 2007/07/14(土) 04:26:32

>>423
真珠湾攻撃を米軍が知っていたっていうのはおそらく本当だろうが、決定的な証拠がないから未だに通説にはなってない。
しかし多くの学者も指摘しているんだよな、このことについては。

んで、空襲予告説って誰か主張してたか?体験談ばかりがソース?w
そんな歴史分析ってあるのか?

 

426: 名無し 2007/07/14(土) 04:32:53
予告厨は米軍の公式文書無視の主張して、体験者の一部の意見のみを鵜呑みにしている時点で歴史板で語る資格なし。
やるならオカルト板でやってください。そういう都市伝説は。

 

429: 名無し 2007/07/14(土) 09:05:53

ニューメキシコ州内全土でバレバレだった原爆実験。
スターリンも原爆実験の成功をアメリカから通知される前に知っていた。

http://www.ne.jp/asahi/kibono/sumika/kibo/note/naibuhibaku/alamogordo.htm
アラモゴルドにおける原爆実験報告 [グローブス将軍からスチムソン陸軍長官へ]極秘
1945年7月18日 陸軍長官あて覚書より

(10)午前11時直前、州内全土からアルバカーキのAP通信支社に、情報が殺到しはじめました。私は、アルバカーキ空軍司令官が、ここに同封しましたようなニュース発表を行うよう指示いたしました。報道については、検閲当局の協力を得て、プロジェクト部外者の目撃談などを現地の新聞の付録版に許可を与えたうえで掲載させる程度に制限することができました。

(14)ファーレル将軍は、実験現場から120マイル[193㎞]ほど離れたアルバカーキ空港で、真夜中ごろワシントン行きの商業航空便を待っていたときに、空港の勤務員たちが爆発実験について話し合っているのを立ち聞きしたそうであります。その1人は、暗闇のパーキング・エプロンに立っていたとき、あたかも明るい太陽に照らされたかのように南方の空全体が明るくなり、数秒間持続した、と語っていました。またもう1人は、もし数個でこのような効果を持つ爆弾であるとすれば、これを都市に投下したら恐ろしいことになるであろうと話していました。

 

430: 名無し 2007/07/14(土) 10:33:57

陸軍士官学校の生徒が、陸軍士官学校の教官が米軍の空襲予告ビラを信じていたと証言し、被爆者が原爆投下予告があったと証言している。

これ以上、何を信じればいいんだね?

 

431: 名無し 2007/07/14(土) 10:46:47
>>430じゃあその証拠をココに出してよ。
原爆は輸送も製造も米軍が極秘中の極秘で行っている。
原爆輸送した巡洋艦インディアナポリスは日本潜水艦の雷撃を受けて撃沈、だが極秘任務中の為SOSすら発進できなかった。それによって乗員ほとんどが死んだ。
それなのに投下前に「ハイ今から落としますよ~」ありえない。

 

433: 名無し 2007/07/14(土) 12:09:48

>>431
TBSのルポルタージュ「ヒロシマ」あの時原爆投下は止められた で高蔵信子さんは勤務先の銀行で同僚と投下予告ビラの話をした直後に被爆したと証言している。

被爆者 武田恵美子さんの証言
http://homepage2.nifty.com/hiroshimaaozora/takeda2.htm(リンク切れ)

そのビラは、銃後の国民として天皇陛下や前線の兵隊さんたちに申し訳ないと、全部太田川へ流しました。家に来たビラは、父が全部埋めるなり、焼くなりして処分しました。飛行機は二、三回くらい来てその都度まきました。文面はやっぱりそういった「日本は負けます。戦争を続けていると新型爆弾を落としますよ」といったものでした。

広島市立田口小学校関係者の証言
http://www.kuchita-e.edu.city.hiroshima.jp/k-page/jiman/f1gennbaku.htm(リンク切れ)
◇ 広島に原子爆弾が投下される前には、その爆弾を投下する予告の宣伝ビラが投下されました、その宣伝ビラには「やせ細った人、がお米屋さんの前に行列している姿のマンガ」が書かれていて、広島はマッチ箱ぐらいの爆弾で全滅すると書かれていたように記憶していますが、口田国民学校の北側にある弘住神社の裏の山には沢山落ちていました。

 

432: 名無し 2007/07/14(土) 11:41:08
予告厨は決定的な根拠もなく一部の人間の証言のみを取り上げてる。
一部の人間の証言ほどあてにならないものはない。
人間の記憶って実はけっこういい加減なものだからな。
ミッドウェイ海戦の「運命の5分間」って説も生存者の多くがそう語ったことから有力説になった。最初は言い訳のための説だったのにな。
このように人間の記憶はふとしたときに摩り替えられる。
特に混乱期の時のことなどけっこうあやふやになっているもの。

 

434: 名無し 2007/07/14(土) 12:10:23

被爆者 熊本泰子さんの証言
http://homepage2.nifty.com/hiroshimaaozora/kumamoto.htm(リンク切れ)

敵の飛行機がビラをたくさん撒(ま)いたそうです。宇品の方にはなく、中心の方に撒いたようです。市の中心の広島城の方は全部軍人さんで埋まっておりましたから、撒かれたとしても、すぐ集められてしまったのではないでしょうか。
私が控訴院検事局に勤めていたときには、ビラを拾ったら必ず届けるようにと言われました。私が一枚見たビラは「みなさん早くしないとみんななくなりますよ」ということが書いてありました。カラー刷りで長い行列で一升ずつ米か何か袋へ入れてもらっている風景があったのが記憶にあります。葉書くらいの大きさの紙でした。

http://www.h3.dion.ne.jp/~urutora/singata.htm(リンク切れ)
私の母親は、戦時中の女学校時代を広島市で過ごしました。ところが、昭和20年8月6日の原爆投下の時は、母親は、危うく難を逃れたのです。
なぜ逃れることができたかというと、事前に新型爆弾投下の予告のビラが市内にまかれたからです。

 

435: 名無し 2007/07/14(土) 12:11:27

「高橋さんの職場では、ある伝単(宣伝ビラ)の噂が広まっていた。実際に彼女は、その伝単を見たわけではない。
しかし、伝単には恐ろしい爆撃予告がされていたという。
『八月五日、広島を大空襲する』」

「デマ放送(宣伝放送)は、だいたいニュースや空襲の予告だった。敵の空襲の予告は実際、その予告どおりに行われていた。(略)
八月一日にアメリカ軍が次のようにくり返し放送するのを聞いた。
『八月五日、特殊爆弾で広島を攻撃する。非戦闘員は広島から逃げろ』

「B29エノラ・ゲイ 原爆搭載機 射程内ニ在リ」 NHK広島放送局原爆取材班 P76-78

*アメリカ時間の8月5日は、日本時間の8月6日に当たる。

1950年代初頭、『原爆の図』を背負って全国を巡回展示した
ヨシダ・ヨシエさんの話。

http://www.aya.or.jp/~marukimsn/event/others/041103yoshida_houkoku.htm(リンク切れ)
原子爆弾投下前は、注意を促すビラ(伝単)が空から撒かれた。
市民はアメリカの策略にだまされるので「伝単を読むな」と言われていて、読んでいる姿が見つかると捕まってしまうものだった。
「花の都の京より先に 水の都の広島へ」と書いてあり、意味がよくわからない。

 

436: 名無し 2007/07/14(土) 12:13:57

(わたしは医院に勤めていて、救護班だった)
8月5日、友人3人と映画をみに行った。夕方帰ってきたとき、院長が
「5日から6日にかけて、水攻めか火攻めかで、広島がやられる。それなのに、どこへ行っていたんだ!」怒った。
「準備しておけ!」と言われたので、6日朝にかけて、わたしたちは身に着物を重ね着する用意をしていた。
院長は、憲兵からこのことを聞いたのだと言った。

(広島 直爆1.5km 女 17歳)(13-40-006) P121
ヒロシマ・ナガサキ 死と生の証言 日本原水爆被害者団体協議会編 新日本出版社

 

437: 名無し 2007/07/14(土) 12:14:43

http://www.koubou-sirokuma.com/enryuji/ankon/86t.htm
米軍が投下前に広島上空からまいた投下予告ビラ、当時私の寺に寄宿していた軍の士官さんは、昭和20年の夏には戦争が終わるであろう事、米軍が特殊爆弾を使うであろうこと、それらを予測していたこと。それらすべてを黙らせた当時の日本の国情。

長崎原爆投下機は射ち落せたか?
http://www.geocities.jp/yoshidaiwao/part4/nagasaki_genbaku.htm(リンク切れ)
原爆投下の当日、前以てバラ撒かれた「新型爆弾投下予告」のとおり、八幡製鉄所の上空にB29が高高度で現れた。

http://www.geocities.jp/namioyazi/book.html(リンク切れ)
太平洋戦争体験者の手記集第1巻、「原爆予告を聞いた」の章(元・広島市役所無線係の宮本広三さん筆)。ビラだけではなかった投下予告。VOAの対日放送(6.1メガヘルツ)による原爆投下の事前予告を聞いたという衝撃の経験談が、当時の被爆体験とともに語られています。8月5日とアナウンスしたのはGMT換算だったためでしょうか。国際法を意識したポーズだったとしても、市民を避難させようとしたのが敵軍だったというのはあまりにも皮肉で惨い話です。

http://blog.goo.ne.jp/ryuzou42/e/9a79f7e34ea1eb37ca416cfc5c3dd0e5
また、投下予告ビラをひらわれていたことも書かれてありました。

 

438: 名無し 2007/07/14(土) 12:15:35

http://homepage3.nifty.com/time-trek/longdays/26.html(リンク切れ)

A君から、登戸研究所に居たころ下宿でアメリカの短波放送を聞いた際、原子兵器が成功したらしい、という放送を傍受したと言っていたが、それは英語だったか、それとも日本語だったかという問い合わせがあった。何か調査をしているらしい。

英語で、しかもそれらしい、と想像させるような内容だったから、当時は大いに心配したものだ。
こちらの研究室に帰ってからゆっくり高性能の短波受信機を作って宿直の夜に聞いたところ、確実に原子兵器らしいと分かって大変ショックだった旨を返信した。

ところが、である! なんと、その後の彼の話では、最近上海から帰ってきた海軍報道班員が日本語で原爆投下の予告の放送を聞いたものがいる、と言うのだ。

ロンドンの BBC を中継したニューデリー放送らしい。

 

439: 名無し 2007/07/14(土) 12:16:37

>>438 続き

Voice of America と同様、ニューメキシコでの原爆実験の成功を伝えていたが、8月3日に「米国は8月6日に広島に原爆を投下することを計画した模様です。全てのものは焼き払われるでしょう」と、日本語で一日三回、8月5日まで繰り返して放送していたそうだ。

ロンドン放送は時折り聞いていたが、感度が悪くて殆ど聞き取れなかった。
いつも This is London Calling … で始まるのだが、アンテナの向きをハワイに合せていたから、ニューデリーは入り難くかったのかも知れない。

また8月1日には、中波のサイパン放送でも「8月5日特殊爆弾で広島を攻撃するから非戦闘員は避難しなさい」と、繰り返し放送されていたそうだ。

中波というものは、昼間はサイパン位の距離になると届かない。
確か1010キロサイクルで、テンテンキロサイクルとアナウンスしていたが夜は専ら短波に囓じり付いていたから聞き逃している。

そう言えば、先ほど広島に行ったとき、叔父が敵機が撒いたビラの話をしていた。
それには「近く広島に大きな土産を持って行くから楽しみにして待っていなさい」とあったそうだ。

筆者(新多昭二氏)の経歴:
昭和19年、学徒動員令を解除され、京都帝国大学工学部に設置された戦時科学研究要員の特別養成機関を経て昭和20年4月陸軍登戸研究所勤務。同年7月、登戸研究所の疎開に伴い、京都帝国大学工学部電気工学教室阿部研究室勤務。

 

440: 名無し 2007/07/14(土) 12:27:17

根拠に乏しいネタばかり乙だなw
アメリカの有力学説か何かないのかよw
日本でもいいから。
全て証言とか根拠に乏しいものばかり。

これだけ証言する人がいるのに話題にならない。
不思議だよねw妄想くんw

 

444: 名無し 2007/07/14(土) 12:31:26
>>440
原爆を落とされた被爆者の証言を信じないで、原爆を落としたアメリカがどう言っているかばかりを気にする。
本当に腐った奴だな。

 

446: 名無し 2007/07/14(土) 12:33:24
>>444
被爆者の証言が全て正しいんですねw被爆者の証言ってかなりいい加減なんだけど?
だいたいあんなことがあったのに、その前後のことってどのくらい性格に覚えていられると思うんだ?wお前馬鹿??

 

448: 名無し 2007/07/14(土) 12:35:12
>>446
だからおまえが被爆者をとことんコケにする卑劣な奴だってことはよく分かったよ。

 

450: 名無し 2007/07/14(土) 12:37:09

>>448
最低でもいいから、お前は歴史を語る資格はないんだよ。
証言だけを根拠とするような歴史あるか?しかもほんの一部。
いくら歴史板でもあまりに酷すぎるんだよw

軍板でも昔やり合ってたが相手にされなかったろ?

 

442: 名無し 2007/07/14(土) 12:29:46

帝国海軍軍令部 児玉州子著
P69

硫黄島・米空軍の基地となる。彼らには、日本全土・三百都市空襲の計画があった。このころから、米軍は「日本が無条件降伏をしないと、大変なことになるぞ」といったビラを撒くようになり、次の空襲目的の月日と都市名まで告げた。しかし、我方は、それを信じることが出来ずに、無視した。原爆投下の予告も、無視した。

 

443: 名無し 2007/07/14(土) 12:30:52
広島市に米軍がビラで原爆投下を予告していたことや司令部がそのことを把握していたが、混乱を避けるためにもみ消したという話は全くの嘘。
なぜなら中国5県を管轄する中国軍管区司令部(広島城内)=第5師団司令部の司令官が西練兵場内にあった官舎で即死している。
さらには大本営直轄本土決戦のための第二総軍司令部の司令官畑俊六元帥も家族ともども被爆している。爆心地から離れての被爆だったため軽傷。
確か二葉の里(現在の広島駅新幹線口付近=当時の東練兵場付近)にいたはず。
もし司令部がそのような情報を把握していたら陸軍の神である元帥を被爆させることはない。
そして中国軍管区司令部の司令官(中将)も被爆させるわけがない。ちなみに防空担当参謀も被爆している。
一人は地下室司令部にいたので、助かったが後日に放射能により死亡。もう一人は白島付近で被爆したが生存。
余談を付け加えるなら李殿下まで原爆で被爆死している。よって司令部が情報を把握していたというのがいかにでたらめな情報かがわかる。

 

447: 名無し 2007/07/14(土) 12:34:36

>>443
原爆が投下される正確な位置・威力まで日本は分かっていたわけではない。
広島じゅうから行政機関・軍が逃げ出すわけにはいかない。
それどころか、原爆が投下されたら復旧活動を行わなければならない。
予告されても踏みとどまる以外の選択はない。

 

445: 名無し 2007/07/14(土) 12:32:21

さらに決定的なのは前日の米軍の行動。これは司令部も困惑したそうだ。
米軍が無警告下で原爆投下するためにとった行動に間違いない。
米軍の公式文書にも「無警告下」で使用するよう書かれている。

最初に8月5日21時40分に警戒発令されてから最後の警戒警報が解除される翌8月6日5時16分までの5時間半。
この間に米軍は広島市上空を行ったり来たり。警戒警報及び空襲警報を数回発令・解除している。
当時の広島市は日本最大の陸軍基地であり、本土決戦の拠点だった。にもかかわらず周りの主要都市が激しい爆撃を受ける中、広島市はほぼ無傷。大規模な空襲は一度もなかった。おまけに海軍の呉は度重なる空襲を受けていた。
これが広島の軍司令部や市民の不安の種となっており、この空襲でも「今度こそ」という思いが強かったらしい。
しかし何度も広島市上空を行ったり来たりする米軍機大編隊によって振り回され、適正な判断能力はなくなっていた。
5時間半までの間中国軍管区司令部は緊張に包まれていたそうだ。その意味はあまりにも大きい。
そして最後の警報解除から約2時間後の7時9分。天候観測機進入により再び警戒警報発令・・・。
この不可解な前日の空襲についての記述は簡単にではあるが資料館にもある。

 

449: 名無し 2007/07/14(土) 12:35:15
被爆者の証言を色々読んでみると、人によってかなり矛盾している。
おまけにあり得ない状況を語ったものもけっこうある。
これは被爆者に限らずあのような異常事態の時には起こりえる。
人間は何かショックなことがあれば、その前後の記憶があいまいになりふとしたときに摩り替えられる。
降伏文書と予告ビラが混同しているんじゃないか?
アメリカがそんな親切なわけないだろwもしやってたらもっと主張してるわな。

 

451: 名無し 2007/07/14(土) 12:38:44

んで、親切に予告してくれた米軍が何でこんな無意味な演出したのかね。そんなに余裕ないし、暇じゃないでしょ。米軍w
前日にどのくらいのB-29を無意味に広島上空に送り込んだと思ってるの?

最初に8月5日21時40分に警戒発令されてから最後の警戒警報が解除される翌8月6日5時16分までの5時間半。
この間に米軍は広島市上空を行ったり来たり。警戒警報及び空襲警報を数回発令・解除している。
当時の広島市は日本最大の陸軍基地であり、本土決戦の拠点だった。にもかかわらず周りの主要都市が激しい爆撃を受ける中、広島市はほぼ無傷。大規模な空襲は一度もなかった。おまけに海軍の呉は度重なる空襲を受けていた。
これが広島の軍司令部や市民の不安の種となっており、この空襲でも「今度こそ」という思いが強かったらしい。
しかし何度も広島市上空を行ったり来たりする米軍機大編隊によって振り回され、適正な判断能力はなくなっていた。
5時間半までの間中国軍管区司令部は緊張に包まれていたそうだ。その意味はあまりにも大きい。
そして最後の警報解除から約2時間後の7時9分。天候観測機進入により再び警戒警報発令・・・。
この不可解な前日の空襲についての記述は簡単にではあるが資料館にもある。

 

452: 名無し 2007/07/14(土) 12:42:36

んで、米軍は各地に予告ビラを撒いてて広島にも撒かれたわけだよな?
各地は予告どおり火の海になりましたと。
それなのに各司令部は何の対策も講じなかったのか?
広島の司令部は?ミスミス壊滅したわけなの?3万人の軍人死んでるんだけど?
そんなこと各地でやられていれば、広島にも伝わっている。

当時の広島の司令部がどれくらい神経質になってたか知ってるの?
市民も同様だが。周囲が焼け野原になるのに広島は未だならず。
8月5日に司令部が大混乱したのもそのせいだよ?

そんな司令部が8月6日にわざわざ赤穂師団編成して、広島に配置したわけなのか
高射砲を増設したり、航空基地を急遽造ったなら分かるが歩兵編成したんだよな
何でなの?そんな無意味なことする必要あるの?
本土決戦用部隊をそんな危険な広島市で編成する理由は?

 

454: 名無し 2007/07/14(土) 16:07:38

>>452
どうも一瞬で広島市全体が灰になったとでも思い込んでいるらしいな。
投下予告をしたといっても、さすがに「爆心地」まで予告したわけじゃないってことは理解できるかな?

熱線・爆風で犠牲者が出たのは爆心地直下の狭い範囲だけだ。
広島原爆の犠牲者の大半は延焼によるものだ。

 

455: 名無し 2007/07/14(土) 16:26:22

>>454
爆心地を示さなくても軍事施設が危ないってことくらい分かるだろ。
西練兵場は軍事施設内にあったわけだが・・・
おまけに繁華街の隣。
普通に考えて空襲は軍事施設か繁華街。田舎に予告して行くのか?

西練兵場は広いグラウンド。延焼で死んだわけじゃないよ?
瞬間的な大やけどで致命傷にいたったわけだが・・・

 

453: 名無し 2007/07/14(土) 12:44:06
当日は西練兵場に10000人近くの兵員とその家族が集まっていた。
そしてその大半、もしくは全員が原爆の犠牲になってるんだけど?
西練兵場ってのは爆心地のすぐそこだからな。

 

456: 名無し 2007/07/14(土) 16:30:24
熱線・爆風で犠牲者が出たのは爆心地直下の狭い範囲だけだ。
広島原爆の犠牲者の大半は延焼によるものだ。
>>
熱線で犠牲者が即死者が出たのは半径1km以内に集中している。
爆風での犠牲者は半径1.5km以内に集中している。
爆心地から半径500m以内は大量の放射能、高温の熱線、凄まじい爆圧で屋外にいたものの大半が即死している。
屋内にいたものも致死量の放射能を既に浴びていたため、大半が死亡。

 

457: 名無し 2007/07/14(土) 16:33:04
西練兵場ってのは中国軍管区司令部の敷地内にあって当時の上空写真を見れば一目瞭然。高射砲連隊もおり、空襲するならこの周辺ってのはすぐ予測がつく。
予告があったのに悠長に本土決戦準備してたのか・・・
高射砲連隊も活躍することもなく葬られたんだな。予告があったのに。
そして最高司令官藤井中将までも官舎内で爆死したわけね。

 

458: 名無し 2007/07/14(土) 17:57:52
>>457
史実よりもし爆心地が2kmずれていれば、その連隊は有力な救助部隊となったわけだ。

 

459: 名無し 2007/07/14(土) 18:46:13
>>458
そうなるが、でもそうはならない
照準点が目視出来ない場合はエノラ・ゲイは小倉に向かっただろうからね

 

461: 名無し 2007/07/14(土) 18:56:33
>>458
ずれることはないな。繁華街とあれだけ軍事施設が密集している箇所はない。

 

460: 名無し 2007/07/14(土) 18:48:02
第二総軍司令官の畑元帥は無傷だったが、一体どこにいたんだ?

 

461: 名無し 2007/07/14(土) 18:56:33
>>460
畑元帥は無傷ではないよ。軽傷を負っている。
被爆場所は二葉の里の官舎。第二総軍司令部の近所だよ。

 

463: 名無し 2007/07/14(土) 18:59:57
なるほど、元帥は防空壕にでももぐっていたのかな。

 

466: 名無し 2007/07/14(土) 19:04:56
>>463
二葉の里という官舎の場所が良かっただけ。
二葉の里は爆心地より2km以上離れてるから熱線がこない。

 

467: 名無し 2007/07/14(土) 19:07:14

>>463
二葉の里というのはちょうど広島駅の裏辺りにある。
そして東練兵場や第二総軍司令部が置かれていた。
第二総軍司令部は牛田だが、木造家屋は爆風で倒壊。
100名くらいが即死している。

あと第二総軍司令部のナンバー2の李殿下が通勤途中に爆死している。

 

469: 名無し 2007/07/14(土) 19:09:54
>>463
仮に壕にもぐっていたなら、軽傷を負うこともなかっただろうな。
それに新型爆弾の存在を知っていればすぐに広島を離れただろう。
科学者にはそれが原爆ってのはちょっとして分かったんだから。
それでも畑元帥は広島にいて、終戦日も中国軍管区司令部跡に現れている。

 

464: 名無し 2007/07/14(土) 19:00:02
照準点の相生橋と、実際の投下地点の島外科駐車場じゃ
270メートルぐらい離れてるだろ。

 

466: 名無し 2007/07/14(土) 19:04:56
>>464
風で少し南東にずれたらしい。けど2kmずれることはない。
長崎のように適当にレーダー投下したならともかく。
長崎は行き当たりで適当に落としたとパイロットも証言していた。

 

465: 名無し 2007/07/14(土) 19:02:48

中国軍管区司令部司令長官藤井中将、広島地区連隊司令官小谷少将は原爆で死亡。
憲兵隊を擁していた司令が両方とも死んだんだけどな。

あと広島の藤井中将は親米派で東條英機と仲が悪かったみたいだ。
対米戦争にも反対していたらしい。
予告ビラがあったとしたら、それを黙殺するような命令を下すタイプではなかったと思われる。

 

468: 名無し 2007/07/14(土) 19:08:21
牛田は爆心地から離れているが、第二総軍司令部は牛田の中でも市内に近い場所にあったからやられたんだろうな。

 

476: 名無し 2007/07/14(土) 21:32:23
畑元帥も被爆してたのか。
それなのにA級戦犯として10年くらい服役して、釈放後もなお何年も生きてたなんて、どれだけ頑健なんだ。

 

478: 名無し 2007/07/15(日) 02:04:02
>>476
畑元帥は終戦時に中国軍管区司令部が解散(解散後は復興団体へ)するときに将兵に優しく声をかけたという。実は温厚な人物だったんだよな。畑元帥。
ちなみに藤井司令官は本人のみならず家族も全員死亡してるよ。
アメリカを好きだった彼が、東條英機と対立したために左遷され、最後は広島。
そして自分の好きだったアメリカに残虐な爆弾で家族もろとも殺される。
実に皮肉なことだ。
もっとも東條英機も最終的には対米戦には反対だったんだけどな。

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